白鳥の湖/The Australian Ballet Swan Lake Photo Jeff Busby
2010年09月16日 (木) 掲載
クラシック音楽にのせて妖精が舞い、魔女が暗躍するようなファンタジックな世界。興味を持ちながらも、そんなクラシックバレエの世界観を前に二の足を踏んでいる人も少なくない。そんな人にぜひ見てもらいたいのが、オーストラリア・バレエ団によるマーフィー版『白鳥の湖』と『くるみ割り人形-クララの物語』だ。『白鳥の湖』と『くるみ割り人形』は、いわば直球のクラシックバレエの演目と言えるが、オーストラリア・バレエ団がレパートリーとしているこの2作品は、これまでのものとはまったく違う。
『白鳥の湖』は、故ダイアナ王妃をめぐっておきた一連の出来事を物語の土台にしている。『くるみ割り人形』では、オーストラリアにやってきたバレエ・リュスの踊り子たちまでその起源をたどることができる、オーストラリアでのバレエの歴史そのものが、一大叙事詩となって語られる。バレエの中心地である欧米から遠く離れたオーストラリアという土地だからこそ育むことができた、自由で斬新なスタイル。どちらの作品にも、同時代の観客に対して伝えていきたい“ノンフィクション”の要素がある。それが、音楽とダンサーの身体がどこまでも優雅に融合するクラシックバレエの踊りを通して表現されてゆく。
バレエとしてはあまりに有名な2作品のイメージを尊重しながら、原曲の優雅さ、雄大さを損なうことなく、新しい振付と演出でクラシックを生まれ変わらせる。そんな稀有な才能を持つグレアム・マーフィーとオーストラリア・バレエ団の出会いは、とても幸福なものだ。カンパニーの個性と振付家の個性がぴったりと合ったからこそ、同バレエ団の存在を世界的に知らしめるレパートリーとなった。
その個性の中でも“フィジカル”は大きな要素だ。マーフィーの振付は大胆で、ドラマチック。よくこれほど長時間バランスを保てるなと感心するアラベスクや、花が開いていくような錯覚を覚えさせるほどの群舞による高い位置でのリフトの連続。高度な技術としなやかな身体という基礎があってこそ可能な踊り。ダンサーはどう感じているのか、『白鳥の湖』のオデット役、マドレーヌ・イーストーに聞いた。
「マーフィー版の『白鳥の湖』は、私がこれまで踊ってきたクラシックバレエの中で、もっとも身体的に要求されるものが多い作品です。マーフィーの振付は、クラシックバレエの動きを基礎としていますが、そこに独特のひねりというか、おどろくほど感情を力強く伝えるマーフィー固有のリフトや、体の動きが加わっているので、とても難しいんです。最後は、もうくたくたに疲れ果てています(笑)。でも全身全霊で踊らないと、この作品の場合、ストーリーを観客に伝えきれないのです。感情と動きが深いところで連動していますから。喜びから絶望、様々な感情がほとばしり、マーフィーはそれを伝える独自のステップがあって、一幕からオデットはかなり感情的に激しく揺れ動くので、それと同時に動きも激しくなります。また、これほど感情の強度を持つ役を踊るには、私自身の殻を打ち破ってオデットを理解する作業が必要でした。もちろん彼女のように恋愛によって心を破壊されてしまうわけにはいきませんが(笑)、街を歩いている時など、いつでも人々を観察するようになりました。バスが来なくてイライラしている人、恋人を待ってウキウキしている人。実は私たちの日常は“感情”であふれていて、実にたくさんの人々の“こころ”が交錯しているんです」
王子と、王子の愛人、そして新妻であるオデットの間で繰り広げられる三角関係の心のひだを深く描いてゆく作品をジークフリート王子役のアダム・ブルはどう捉えているのだろう。
「観客の心に深く響く作品なのは、これが本当の、生きた人間の物語だからだと思います。いわゆるクラシックバレエの、妖精の物語も、現実からよい意味で逃避するにはいいかもしれませんが、バレエの舞台で真の“人間の物語”はあまりありません。だから、生々しい、現代人の心が表現をされているのを前にすると、ぐいぐいと引っ張られるのではないでしょうか。このとってもエモーショナルな、3人の人間たちの“旅路”に見る人も参加し、そして様々な“気持ち”を共に体験することができるので、観客が個人的に強い結びつきを感じてくれる作品に成長してきたのだと思います」
オーストラリア・バレエ団によるマーフィー版『白鳥の湖』と『くるみ割り人形』に出てくるのは、白鳥でも妖精でもなく、どうしようもなく運命に流されてしまい、多くの過ちを犯してしまう、いわば“普通の人間”たちだ。私たちが日常で直面する多くの矛盾、困難な状況におかれた時に、心は引き裂かれ、千々に乱れてしまう。それは、避けられる時もあれば、避けられないこともある。現実の人生とはそういうものだと、私たちは知っている。また、そこで味わった苦しみは、その苦しみ自体にとことん向き合わないと乗り越えることはできないことも。それは生易しいものではないが、オーストラリア・バレエ団の舞台では、ダンサーたちが全存在をかけてその苦しみと取っ組み合い、絡み合い、のたうち回る。だが、そのすべては息を呑むほど美しい。悲しみと苦しみが“美”に消化されてゆく瞬間、あなたの中に変化のきっかけが生まれるかもしれない。
マーフィー版『白鳥の湖』
日程:2010年10月9日(土)、10日(日)、11日(月・祝)
マーフィー版『くるみ割り人形ークララの物語』
日程:2010年10月15日(金)、16日(土)、17日(日)
場所:東京文化会館(地図などの詳細はこちら)
料金:S席1万6000円、A席1万4000円、B席1万2000円、C席9000円、D席4000円、E席5000円
予約:NBSチケットセンター 03-3791-8888、nbs.or.jp/
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