劇団四季のスターたちの新しい演劇

『オフ・オフ・ブロードウェイ』でチャレンジしたいことは何か

劇団四季のスターたちの新しい演劇

人を許せるかどうか。のっぴきならない状態に陥り、他者への怒りや憎しみが心の中に生まれたときに、人間に突きつけられる命題。それが舞台『Twelve トゥエルブ』のテーマだ。キャストは、劇団四季のトップで活躍していたミュージカル界でよく名を知られた面々。脚本・演出を手がけ、舞台を実現させたのは、2008年10月、20代最後の日に劇団四季を退団した望月龍平。『CATS』をはじめ、『ユタと不思議な仲間たち』のユタ役、『コンタクト』、『マンマ・ミーア』のペッパー役、『美女と野獣』、『ライオン・キング』など、劇団四季の主要作品に出演し、演技指導なども行い、劇団内での将来を嘱望された望月龍平が、退団後のイギリス舞台修行を経て『東京フィルムセンター映画・俳優専門学校』という教育の現場を拠点に立ち上げたのが『オフ・オフ・ブロードウェー・ジャパン』という新しいカンパニー。その処女作品が、今回の『Twelve(トゥエルブ)』だ。「仲間が本気でクリエイティブに参加できる現場 - 21世紀型真感覚ストレートプレー」を実現したいという、望月のカンパニー旗揚げの趣旨に賛同し馳せ参じたのは、柳瀬大輔、谷内愛、栗原英雄、光枝明彦、吉沢梨絵、高橋卓爾、石塚智子、羽根渕章洋、沓沢周一郎という、劇団四季で主要な役を演じてきたミュージカル界のスターたちだ。彼らは、それぞれに「今までのミュージカル俳優としての壁の向こう側へ行けたら」という想いでこの新しい舞台に臨む。ストーリーは『12人の怒れる男』という名戯曲をベースにし、19歳の在日の少年が、父親にナイフを突き立てた事件について12人の陪審員たちが有罪か無罪かの表決を取る議論の場を中心に展開される。基本的にはストレートプレーだが、そこはミュージカル俳優たちが集っているということもあり、マイムやダンス、歌が効果的に挿入されてゆく。“ミュージカル”という壁をミュージカル俳優自身が破り、新しい演劇の可能性を提示したいという熱い情熱によって実現される『Twelve』について、カンパニーを率い、脚本・演出を手がける望月龍平に話を聞いた。

「僕の父が若い頃から崔洋一さんと友人だった影響で、“在日”という要素を話のエッセンスとして入れられないか、と考えたんです。日本って人種差別は無さそうに思えて、案外アジア圏の人に対して根底で持っているのではないかと感じるんです。白人に対しては無くても、たとえば中国人に対して(人種差別が)何となくあるのではないかと。日本人は、アメリカ人と比べると、陰湿というとよくないかもしれないですが、目に見えない部分の差別が結構あったりするんじゃないかと思います。崔さんと親交があったことで、“在日”に対する印象がすりこまれたのかもしれません。この作品は『12人の怒れる男』という戯曲を日本に置き換えて、今までに無い手法の見せ方で面白い表現ができないかと思っていました。作品の根底にあるのは“人種”、“偏見”という問題、あるいは今インターネットなどで情報がとにかく早いのですが、そういった情報って“本当なの?”という問題意識がすごくあるんです。たとえば満員電車で人がよくイラついたりしますが、その人たちって友達同士で飲んで帰ったら、足を踏んだりしても“あ、ごめん”で済むはずのところをお互い知らない者同士だからケンカに発展してしまったり、目に見えないところで、2ちゃんねるなどで、言葉の暴力の残虐性が、直接的な暴力ではなくとも蔓延しているのではないか、と思った時に、そういうものと『Twelve』で槍玉に挙げられる19歳の少年が重なるんです。(社会で起きる暴力的な事件に対して)私たちはメディアを通してのことしか知りえないし、本当のことは実際に事件を起こした少年と父親、目撃した人にしか分からない。メディアで取り上げられる事件に対して、大衆が扇動されてしまうことの怖さ、今の日本の社会にはびこっている問題、現状を提示したいと思っているんです。また、僕自身が父を最近亡くしたのですが、その時に色々なものをもらったんです。ケンカばっかりしていたんですが。癌で、1年半くらい前に他界したんですが、闘病している間も対立したり……その父が亡くなったことで僕が得たものって一杯あるんです。明け方5時くらいに危篤になって、病院から家族へと連絡があって、僕は家にいなかったんですが、急いで病院に向かって7時前くらいに着いたんです。5時半くらいに姉が最初について、父は片肺が動かない状態で半ば無意識だったんですが姉が“みんなくるまで待って”と言って、待っててくれたんだと思いますが。僕が着くと、ものの5分で息を引き取ったんです。すごいな、と思いました。息子に死に様を見せることがすごいな、と。親父かっこいいな、と思った。僕はあんまり父親とうまくいってない息子だったんですが、年を重ねて行くと自分も“やっぱり親父と似てるんだな”と思ったりするようになって。その時にこの作品も準備し始めていたんですが、今回“ファン待望のキャスティング”とうたっているように、お客様のためにこういう舞台を打つ、それを継続して行くのが僕のやりたかったことだし、仲間が本気でやれるクリエイティブな現場を創りたいということでカンパニーを立ち上げたんですが、もうひとつ今回は親父に向けてやっているというのが僕の中にあります。一方で(教鞭を執っている専門学校の)一年生のための舞台の脚本も手がけ、この作品も書き、個人的に出る舞台もあり、親父のこともありと色々なことが重なってすごく忙しい中で無我夢中にやっていて、いま冷静になって稽古を見ていると、だからこそ無意識に親父に伝えたいのはこういうことだったのかな、親父にこういうことを言って欲しかったのかな、と感じます。そういう、人を許したりとか、皆の中にあることなのかなと思うし、この作品で感じていただけたらと思っています」

自身が父を亡くしたという経験から感じたことが作品に込められていることもあるが、望月龍平とその仲間たちの稽古のやり取りは、すべてが真剣勝負で、何が“本当か”を追求することに全力を挙げているのがわかる。稽古では、ひとつのシーンを何度も繰り返し練りこんでゆく丁寧な創り方をしている。脚本にあるセリフについて、俳優一人一人が本当に納得が行くまで、心に浮かんだ印象を言葉にしてコミュニケーションを取ってゆく『レベテーション』というメソッドを使って、それぞれが自分が演じる役の深層心理を掘り下げてゆく。寸分の嘘あるいは“わかった振り”も許されない。「その時あなたはどう思ったんですか!?」と、たとえ脚本になくとも俳優に迫る演出方法取る望月龍平に、そのような舞台の創り方を実践する場として自身が立ち上げたカンパニー『オフ・オフ・ブロードウェー・ジャパン』が目指す“演劇”はどのようなものかを聞いた。

「レペテーションもひとつの方法です。でもそれにこだわっている訳ではなくて、やはり劇団四季で学んだことも今すごく生きているんです。ただ、今回は“21世紀型真感覚ストレートプレー”なんていう仰々しいサブタイトルですが、“予定調和”が僕は嫌いで“裏切り”、“驚き”が好きなんです。ストレートプレーってこう、ミュージカルって、芝居ってこう、っていう常識みたいなものって、誰が決めたの、って僕自身がまずリセットして創作していかないといけない、と思い、そういうことをやれる場を持ちたいというのがあったんです。今回の作品の稽古のやり方もそうですし、(東京フィルムセンター映画・俳優専門学校という)学校で一年生のワークショップでやらせてもらったのが、生徒が面白いと思うものを出し合って、オムニバスにして舞台を作るというもの。(舞台の勉強に行った)イギリスから帰って、半年くらい生徒と触れ合う中で、何もないところから舞台を作れるか、ということでやってみたら、ちゃんとできたんです。それがいいなと思ったのがひとつにはあります。また劇団四季のメンバーって良くも悪くもキャリアも実力もあって、なおかつ四季で育った人間だからマジメに稽古するんです。だから、どこかで予定調和のようなものが生まれやすい人たちでもあるから、それだけの実力をもっている人たちが、今までの価値観を壊せて、その壁を取り外せたら、すごいモノができる、と僕は信じています。子供が一人で遊びを発想するような感覚で稽古場が発想の発信基地みたいにできたら、面白いことができるんじゃないかと。イギリスに行ってみて、日本人はすごく感性が優れていると思ったんです。推して量る、わびさび、など、あえて言わないけれど相手の機微を読むのが日本の人たちなので、アンテナが敏感だから、欧米人に無い表現の深みが生まれるんじゃないかなと思います。でも、教育のあり方が“答え”を与えられてしまう環境にあって、自分で答えを見つけて発信してゆくという教育を受けてないから、どこかで与えられるのを待ってしまうところがある。そういうのを壊してける場を『オフ・オフ・ブロードウェージャパン』でやっていきたいと考えています」

これからの演劇界と、自らの目指す方向を考えた時に、自分自身の手で演出を手がけたいと考え、11年半在籍した劇団四季を飛び出した望月龍平。彼は「俳優、スタッフ、観客も含めて日本の演劇界を変えてゆくのが自分の役割」だと強く感じ、自分の道を歩み始めることを決意した。演出家、俳優、スタッフの間に上下関係が無く、対等に創作し、一人一人が自立したアーティストが集う場所を作るには、通常の劇団ではなく“プロデュース・カンパニー”である必要があるということから創設された『オフ・オフ・ブロードウェー・ジャパン』。実際に、彼らの創作の現場では、脚本家であり演出家である望月龍平に対して、出演者から矢継ぎ早にストーリー、それぞれの役の心理について質問が投げかけられる。本当に腑に落ちるまで、とことん議論を交わす。「あなたは本当にその時どう思ったんですか」と真剣勝負で問いかけ合うその様子は、まさに生に起きている『12人の怒れる男たち』、現代日本版だ。それが最終的に舞台にかけられる時にどのような姿になるのか、楽しみでたまらない。『Twelve トゥエルブ』は、“これからの日本の演劇”を占う作品となるだろう。

テキスト 七尾藍佳
※掲載されている情報は公開当時のものです。

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