新生『マシューボーンの白鳥の湖』

伝統と向き合う真摯な姿勢から生まれる“新しさ”

新生『マシューボーンの白鳥の湖』

バレエにそれほど興味がなくとも、マシュー・ボーンという演出家の名前を耳にしたことがある人はいるはずだ。彼の名前を世界に知らしめたのは、『マシュー・ボーンの白鳥の湖』。男性が“白鳥”を踊る、という演出で、バレエ界のみならず、 ミュージカルの本場、アメリカのブロードウェイをもあっと言わせた。1995年にロンドンで初演されると、バレエ史上初の4ヶ月公演というロングラン記録を達成し、ブロードウェイに進出。現代バレエ作品がブロードウェイに進出すること自体異例であるのに、1999年度トニー賞で最優秀ミュージカル賞、振付賞、衣裳デザイン賞の三冠に輝いた。このとき、「果たしてこれはミュージカルなのか、あるいはバレエなのか」という議論を呼んだという。しかしショービジネスのアカデミーとして知られるトニー賞で『最優秀ミュージカル賞』を受賞しているのだから、少なくともブロードウェイはミュージカルと受け止めたのだ。ロンドンの初演時に4ヶ月ものロングランとなったのも、従来のバレエ・ファン層以外の舞台好きの心を捉える魅力がこの作品にはあったから。要するに、バレエ/ミュージカル/演劇というカテゴリの枠を飛び越えたステージなのだ。

「台詞も歌もないミュージカル」と考えると、ストーリーテリングはダンサーの表現力に依るところが大きくなる。今回の日本公演でザ・スワンならびにザ・ストレンジャーを演じるジョナサン・オリヴィエは、初演時、まだバレエ学校の生徒 だった。今、憧れの舞台に立つオリヴィエは、“白鳥”の表現に関してこう語る。「白鳥は、動きがとてもパワフルです。純粋に身体表現だけで白鳥という存在になり、感情を表現しなくてはいけないのです」。

マシュー・ボーンは最初に、「白鳥は動物なのだから、“表情”があってはならない」、と決めたという。そのため演劇的な要素は抑制されているが、それにも関わらず、白鳥たちが観る者の心に訴えかけるのは、役を演じることよりも、ダンサーが自己を掘り下げることに重点をおく現代バレエならではのことだ。

15年前、「男性がチャイコフスキーの白鳥を踊る」という、企画段階のウワサを耳にした舞台関係者の中には「冗談だろう、ただのパロディに終わるだろう」という声が多く上がった。だが、もしこの作品が“ただのパロディ”に過ぎないのであったなら、初来日公演でチケットを完売し、そして今またリバイバル公演を果たすほどのステージにはならなかったはずだ。現代バレエの古典とも言われる不動の地位を勝ち得たのは、マシュー・ボーンとカンパニーが、バレエとして、演劇として、そして音楽面からも真面目に、そして真摯に、チャイコフスキーと「愛と喪失と裏切り」という普遍的なテーマに取り組んできたからである。

母親の愛を知らずに育った王子が、生命力の塊のように自由に踊る白鳥たちに出会い、心を取り戻して行く物語。基本的なストーリーは変わらないが、マシュー・ボーンいわく、「ゼロから創りはじめるように作品と向き合う」ため、リバイバルされる度に公演はパワーアップしている。初演時に王子役をつとめて以来、マシュー・ボーンに最も愛されるダンサーの一人であり続け、演出家としても頭角を現し、今回は『執事』役と、アソシエイト・ディレクターもつとめるスコット・アンブラーに話を聞いた。「(人気の秘密は)僕らが物語と真剣に向き合ってきたことにあると思います。ユーモアもありますが、最大のテーマは、愛と喪失、裏切り、そして間違った時・場所 で、恋に落ちてはいけない人と恋に落ちてしまう、という普遍的なもの。観る人の誰もが、人生のどこかで経験することです。15年前は、僕らが『白鳥の湖』の“笑える”バージョンを創るのだと思われました。でも、僕らはすべてにおいて真剣勝負をしたのです。音楽に関して も、チャイコフスキーの音楽と改めて向き合ってみた。それは例えば、チャイコフスキーが作曲時に精神的に不安定だった第4幕に出ています。作曲家の狂気が音楽にあらわれているため、演出家はこれまで扱いに困ってきた部分です。でも、この舞台では、王子が精神的に最も苦しむところが第4幕に当たる。とても美しい、胸を打つ音楽だと考えを改めることができる。初演時の音楽監督が、チャイコフスキーに関して該博な知識を持っていたために、オリジナルの曲順のスコアを見つけるなどの努力をしました。だから、音楽が好きな方は、この舞台でチャイコフスキーの『白鳥の湖』の新たな一面に出会える。音楽、ダンス、演劇、そして映画、どのジャンルのアートが好きな人に対しても、この舞台は何らかの“気づき”を提供することができる。だからこそ、これほどの人気を得られるのだと思います。何かしらの心ひかれるもの、あなたを巻き込むものを見つけることができるでしょう」

チャイコフスキーが『白鳥の湖』を作曲したその“原点”に立ち返るあたり、クラシック・バレエと比べ、より生々しく“伝統”と向き 合っているとも言える『マシュー・ボーンの白鳥の湖』。人気を博してきた作品だからこそ、再演にあたり、一層厳しい目で演出にも振り付けにも磨きがかけられた。ストーリーに関しても、15年の間に起きた社会の変化も考慮、“ガールフレンド”の人物像に大きな変化が加えられ、女性がより共感できるようになっている。ただの“リバイバル”には終わらない、新生『マシュー・ボーンの白鳥の湖』は、2010年6月27日(日)まで公演中だ。

『マシュー・ボーンの白鳥の湖』日本公演

日程:2010年6月27日(日)まで
場所:青山劇場(地図など詳細はこちら
電話:03-3498-6666(キョードー東京、10時00分から18時00分)
ウェブ:swan2010.jp/

テキスト 七尾藍佳
※掲載されている情報は公開当時のものです。

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