“変化”の歌舞伎

中村勘三郎十周年記念歌舞伎を観る

“変化”の歌舞伎

押しも押されもせぬ歌舞伎役者、中村勘三郎の『文京シビックホール十周年記念歌舞伎』が開催される。『中村勘三郎』といえば、400年を超す歴史の歌舞伎の中で、実に18代目を数える由緒ある名前。家制度の中で代々受け継がれる歌舞伎役者の名前は『名跡』と呼ばれており、キャリアを重ねるにつれより大きな、伝統のある名前を継ぐ=襲名していく。そんな由緒のある中村勘三郎の18代目が、10周年を迎える文京シビックホールの名誉館長に就任した。これを記念して開催される特別公演なのだから、内容も古典的なものを想像するかもしれない。だが現代日本における歌舞伎と、そして中村勘三郎に共通するキーワードは“新しさ”と“変化”なのだ。

というのも、今回上演される『仇ゆめ』という作品自体がそもそも、比較的新しい、いわゆる新作歌舞伎と呼ばれるもので、1966年に当時の演劇界を代表する劇作家・北條秀司が、先代の勘三郎のために書き下ろしたもの。役者の個性が活きるよう、役者に合わせて脚本が書かれることを“アテ書き”というが、この『仇ゆめ』もアテ書きなのだ。踊りに関しても、先代の勘三郎がコミカルな動きが得意だったことから、西川鯉三郎がその個性を活かして振り付けを行ったが、稽古の過程で役者自身も振り付けに参加し、インプロビゼーションをしながら作りあげられた。

『仇ゆめ』のストーリーは、狸が人間の女性、花魁の『深雪太夫』に恋をし、深雪太夫の踊りの師匠に化ける、というもの。踊りを中心に物語が展開される舞踊劇なので、クライマックスとなるシーンは、囃子方、西洋でいうオーケストラの役割を担う人々も加わり、音楽と踊り、語りと謡のすべてが力を合わせてひとつの表現となってゆく。登場人物たちの心の内が、実に鮮やかに伝わってくる。

舞台本番前の稽古を見ていると、ところどころで勘三郎が囃子方に自分の好みのペースを伝え、そして細かな演出が加えられ、すこしずつ変化してゆく様子がわかる。つまり、演じる役者の個性、演奏者の個性が加味されるため、決して先代の演じた『仇ゆめ』がそのままに再現されるわけではないのだ。一般的には「古くからあって変わらないもの」という印象を持たれがちの歌舞伎だが、その本質は“ライブ”な“パフォーマティブ・アーツ”であるため、変化は自然なことであることに気づかされる。

共演者の中村扇雀は「古いものを守ろうとするベースはあるけれど、でも我々もプロの役者なのだから、やっぱり先輩よりもっと上手くなりたい、名人といわれた人を超え、自分こそが名人になるんだ、という気概を持っている。だから自分の味付け、自分なりの演出をどんどん加えていきます。囃子方も、稽古や本番、その時々に役者の状態をよく観察して、間合いなどを調節してゆくし、基本的な振りは決まっているけれど、でもアドリブで新しい振りが入ることもある。音もライブで、その日その日でノリが違っても役者も演奏者もついていかないといけない。演奏する人も、その日のノリを見て、どの役者さんの調子がいい、といったことを考えてやる。歌舞伎にはそういった“生”の面白さがあるのです」と語る。

中村勘三郎は映画や歌舞伎以外の舞台出演も多いため、コメディアンから音楽家まで幅広い人脈を持ち、歌舞伎界に新しい風を吹かせる“変革者”として知られている。2009年には、現代日本の若者に絶大な人気を誇る脚本家の宮藤官九郎が作・演出し、スタイリストの伊賀大介が衣装を担当するという、それこそ“革新的”な新作歌舞伎が上演され、勘三郎と扇雀も出演した。

ファッション業界のクリエイターが『歌舞伎』に参加したことに世間は驚かされたが、実は、それは歌舞伎の歴史において常に当たり前のように行われてきたものだと扇雀は言う。「テレビも映画もない時代だから、当時の文化に携わる人、劇作家をはじめとしたクリエイターが全部歌舞伎に集中したのです。たとえば日本画でも最高の画家が自分の作品を大衆に見てもらうために大道具の絵を描く。小道具・大道具の技術も、日本中の才能が歌舞伎に集まってきた。だから歌舞伎は飛躍的に発展しました。しかも、ただの演劇ではなく、踊りも歌も、悲劇も喜劇もある。これだけすべてのジャンルをひとつの演劇集団が一手に担うものは日本の歌舞伎しかない。今だって、現代日本で一番人気のある脚本家や音楽家をまったく異なるジャンルから招き、新しいことにチャレンジし続けています。“伝統は革新から生まれる”と言いますが、歌舞伎はそれを400年続けてきたのです。だから、アメリカのブロードウェーで上演すると、アメリカの観客にびっくりされます。それこそ歌舞伎の持つ400年という歴史の底力なのです。鎖国をしていた日本で生まれ、400年の間にいろいろなものを吸収し、今また新しく生まれ変わり続け散る歌舞伎を観続けてゆくと、いろいろな発見があると思います」。

『仇ゆめ』で勘三郎が踊る狸の振り付けは、まるでマイケル・ジャクソンのスリラーを彷彿とさせるような軽やかなステップを踏み、勘三郎の実の姉である女優の波乃久里子が演じる花魁は、日本舞踊の名手である彼女の魅力をあますところなく発揮している。伝統芸能初心者でも大いに笑い、楽しむことができる『仇ゆめ』は残念ながらチケットが完売してしまったが、中村勘三郎の舞台は都度開催されるので、ぜひ足を運んでほしい。

中村勘三郎十周年記念歌舞伎

日程:2010年5月6日(木)、5月7日(金)
場所:文京シビックホール
作・演出:北條秀司『仇ゆめ』
出演者:中村勘三郎、波乃久里子、中村鶴松、中村扇雀、中村虎之介

渋谷・コクーン歌舞伎 第十一弾 佐倉義民傳

日程:2010年6月3日(木)から27日(日)
場所:Bunkamuraシアターコクーン
料金:1等平場席 1万3500円/1等椅子席 1万3500円/2等席 9000円/3等席 5000円
出演者:中村勘三郎、中村橋之助、中村七之助、笹野高史、片岡亀蔵、坂東彌十郎、中村扇雀

赤坂大歌舞伎

日程:2010年7月12日(月)から29日(木)
場所:赤坂ACTシアター
料金:S席 1万3500円/A席 8000円/B席 5000円
出演者:中村勘三郎ほか
ウェブ:www.fernwood.jp/

テキスト 七尾藍佳
※掲載されている情報は公開当時のものです。

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