東京バレエ団初演“ロックなバレエ”

モーリスと彼の愛した東京バレエ団による、刺激的なコラボレーション

東京バレエ団初演“ロックなバレエ”

Kiyonori Hasegawa

デニムとTシャツだけ、バレエとしては型破りな衣裳のダンサーが、ピエール・アンリ作曲によるサイケ・ロックサウンドにのって躍動する。「これがバレエ?」と多くの人が驚くだろう。まるでロック・ミュージカルを観ているかのようだが、じっくりと観ていくと、すべての動きに人間の身体に向けられた深い洞察が徹底して行き渡っていることがわかる。ロックであっても、あくまで“バレエ”。モーリス・ベジャールという振付家が、バレエの観点から、1967年というベトナム戦争が世界に暗い影を落としていた時代を見つめた作品である『現在のためのミサ』は、その誕生から44年を経た2011年の今、改めてその“新しさ”を実感させるおそるべき作品だ。

Kiyonori Hasegawa


この『現在のためのミサ』の他に、『舞楽』、『未来のためのミサ』、『ヘリオガバル』、『バロッコ・ベルカント』、『M』、『火の鳥』という7つのベジャール作品の抜粋を、木村和夫演じる“進行役”という新しい役を誕生させることによってコラージュさせた東京バレエ団による新しいレパートリー『ダンス・イン・ザ・ミラー』と、後藤晴雄、高岸直樹、上野水香の3人が日替わりで『メロディー』を踊る『ボレロ』の2作品が、2010年2月4日(金)、5日(土)、6日(日)にゆうぽうとホールにて初演される。演出を担当したのは、ベジャール亡き今、偉大な振付家の世界観を伝える唯一無二の存在と言ってよいジル・ロマンだ。ロマンは『ダンス・イン・ザ・ミラー』を次のように位置づけている。

「モーリスのバレエがいつもそうであったように、私はこの『ダンス・イン・ザ・ミラー』を一つの旅のように仕立てたいと思った。東京バレエ団が、モーリスの歩んだ道程を改めて知る旅……過去のダンスが現在のダンサーたちに反映しながらも、ダンサーたちは過去とは異なるやり方で踊る。つまり、今存在する身体と精神が過去のダンスを映し出す鏡となる。『ダンス・イン・ザ・ミラー』はモーリスと彼の愛した東京バレエ団による、刺激的なコラボレーションになると直感した」(プログラムノートより)

ベジャールが愛した日本のバレエ団に振付の指導をするのは、現在30歳とまだ若いモーリス・ベジャール・バレエ団の那須野圭右だ。16歳の時にベジャールが設立したバレエ学校であるルードラ・バレエスクールで薫陶を受けて以来、現在もベジャール・バレエ団で活躍する現役のダンサーである那須野は、最近では振付指導にもあたっている。今回も、膨大なベジャール作品群から『ダンス・イン・ザ・ミラー』の趣旨にあった作品を選び出す作業とキャスティングにも参加し、ジル・ロマンが来日するまでの間、東京バレエ団のダンサーたちに“ベジャール・イズム”を徹底させる重役を担う。フランス語で“Keisuke”を呼びやすくするために付けられた“Keke”というニックネームで呼ばれ、生粋のベジャールっ子として愛されている日本人ダンサー、那須野圭右に、踊る側から指導する側に立ってみて、どのような発見があったのかをたずねた。

「鏡の前に立って踊って、ベジャールさんやジル・ロマンに指導される立場では、“そんなことできるわけない”だとか(笑)色々な疑問がありました。逆の立場になってみて“ああ、そういうことだったのか”とわかるところがたくさんあります。細かいところの重要性がわかってきますね。教えていると“もうちょっと足上げて”だとか、色々言いますよね。たとえば『火の鳥』では“鳥”を表現するのですが、腕だけを動かせばいいわけではない。だから腕の動きを指導するときも、“胸から動かしてください”ということを強調します。だから、逆に自分自身が舞台に立ったときにそれができていないとダメだな、と思うところもあります(笑)。また、音に合った動きができて、振りができてたとしても、僕がよくベジャールさんに言われたのは“味が無い、香が無い”、要するに“雰囲気が無い”ということでした。それが大事なんです」

『火の鳥』はベジャールの代表的な振付作品だが、東京バレエ団の木村和夫は23歳のときに初めて踊って以来、実に18年に亘ってこの作品と向き合いつづけてきた。40歳を過ぎた今、木村は『火の鳥』、ひいてはベジャールを踊ることをどのように捉えているのだろうか。

「『火の鳥』は技術的にも難しい作品です。ダンサーとして肉体的にも、その難しさを乗り越えて行くときに、ちょっとずつ自分の中の成長を感じられる作品です。ベジャールさんに“アタックの時は20代、中間部分は30代、最後に衰えてゆくときは50代という風に『火の鳥』を解釈することもできるんだよ”と教えていただきました。若い時は訳も分からず力いっぱい踊って、30代になって肉体・体力が変わってきたときに“抜く”ことを覚えていくというか、全部を力でやるんじゃなくて流れを計算したり、内容のことを考えていくことを覚えて、今は(肉体的に)できなくなったことがある分、足りないものを補っていく何かを見つけて活かして行くことができるようになって行く。僕の中で『火の鳥』を踊れている間は、衰えて行く肉体と反比例して、自分に伸びしろがあるなら伸ばしていくことに取り組む基準になる作品です。それぞれの作品の捉え方は時代ごとに変わっていきます。『白鳥の湖』だって最初からきれいに今の形になっていたわけではないですし、踊るダンサーも変わっていきます。ダンサーと作品が成長して行く……踊りってそういうものだと思います。その中で、変わっていくものと、守っていかなくてはいけない形・スタイルをきちんと見究めるのが大事だと感じています」

モーリス・ベジャール・バレエ団の一員として、一人の偉大な振付家のあとを受け継ぎながら“未来”を見つめていく立場にある那須野圭右も「変わっていくもの、守っていかなくてはいけないもの」を見究めることは何よりも重要だと考えている。

「ベジャールさんご存命の時も、振りも、音の取り方も、上演するごとに作品は変わっていました。踊るダンサー、その時代に合った作品のあり方によっても変わって行きましたし、おそらくベジャールさん自身が変わっていっていたんでしょう。でもベースにある考え方は変わらないんです。今僕たちはベジャールさんが最後に注意した点などを守りながらやっていますけれど、これから新しいダンサーがどんどん出てくるにあたって、踊り方が変わっていく部分はあるだろうと思いますが、やっぱり残していきたいのは“ベース”です。それを伝えることができるのはジル・ロマンとミシェル・ガスカールの2人であって、僕は勉強中。ただ難しいのは、これからベジャールさんに直接学べないダンサーが出てくるわけですが、やっぱり(ベジャールバレエは)動きではなく“意識”が大事で、これはベジャールさんと一緒に仕事をしてみないと分からない。ジルは、今回のようなチャンスを僕にくれて、育ててくれていますが、まだ大分長いことかかるでしょうけれど、早く2人のところまでいって(ベジャールの踊りにある)ベースを残していきたいと思っています」

木村和夫と那須野圭右の話を聞いていると、東京バレエ団が初演する『ダンス・イン・ザ・ミラー』はターニング・ポイントとも言える非常に重要な作品であることがわかる。まず、最近ではあまり目に触れる機会が無かったベジャールの過去の名作を掘り起こしているという歴史的な意義がある。加えて、ベジャールの思想を受け継ぎ、それを未来にむけて託そうとしているモーリス・ベジャール・バレエ団の新たな支柱であるジル・ロマンが作品を選び、演出し、彼ならではの新しい視点が加えられている。しかも、その作業に日本人ダンサー、那須野圭右が加わり、18ものベジャール作品を擁し、“第2のベジャール・カンパニー”とも言われる東京バレエ団のレパートリーとして上演される。日本を愛したベジャール、ベジャールを愛した日本、という幸せな出会いから生まれた物語が、若い世代によって引き継がれ、新たな物語を紡ぎだす幕開け、それが『ダンス・イン・ザ・ミラー』だと言えよう。

Kiyonori Hasegawa


モーリス・ベジャール振付 シル・ロマン演出 東京バレエ団初演
『ダンス・イン・ザ・ミラー』ならびに『ボレロ』の詳しい情報はこちら

テキスト 七尾藍佳
※掲載されている情報は公開当時のものです。

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