2011年02月10日 (木) 掲載
麻尋えりかのキュートな笑顔と、女性らしくやわらかい存在感を目にすると、彼女が宝塚の“男役”だったことを誰もが驚くだろう。だが、かつて彼女は“男役”としてトップスターへの道を着実に歩んでいた。新人公演でオスカルを演じ、誰の目から見ても出世街道をひた走っていた麻尋えりかは、家族をはじめ周囲が反対する中、入団7年という異例の早さで退団した。理由は「女性を表現する女優になりたい」からだった。
麻尋えりかは中学卒業後の2000年に宝塚音楽学校へと入学、2002年には宝塚歌劇団に入団した。星組『プラハの春』で初舞台をふみ、新人公演では『ベルサイユの薔薇』でオスカルを演じ、その高い演技力と歌唱力が評価され、若手男役ホープとしてのラインに乗っていた。そして、2009年に入団7年にして、惜しまれつつ退団。以来、女優としてTBS系連続ドラマ『おひとりさま』を初め、舞台『ディートリッヒ』や、テレビ、CM、舞台と幅広く活躍している。現在、赤坂レッドシアターで上演中のスーパーエキセントリックシアターの舞台『ベイビーベイビー』では、地方から上京し保育士を目指して勉強中の身でありながら、ちょっとちゃらんぽらんな俳優の浮気相手になってしまうというウブでピュアな女の子を演じている。周りを固めるのは小劇場のベテランたちが多く、コメディーを演じることに長けた役者ばかり。ひとくせもふたくせもあるキャラクターの中で、ひたすらにまっすぐ演じる彼女の姿は、その一途さとマジメさが妙におかしく、笑いを誘い、コメディエンヌとしての新境地を見せている。24歳で退団してから2年を経て、女優として新しい道を歩んでいる彼女に、改めて大きな転進を決意した理由を聞いた。
「宝塚でも早めの退団をされる方はいらっしゃいますが、もっと早い段階でされますね。私の場合は7年いて、新人公演もさせていただき、いいお役もいただいた上での退団なので、早いとも遅いともいえない、ある意味一番中途半端な時期というか、異例の退団時期だとは言われます。7年間、とっても楽しく舞台に立っていました。でも宝塚の舞台って、豪華な衣裳をきて、メークもして、仮面を被った状態で舞台に立っていたので、素の自分だったらどこまで勝負できるんだろうっていつも考えていたんです。本当はそんなこと考えちゃいけないんですけど、“女”としての芝居もしてみたいという欲求が段々、ふつふつとこみあげてきちゃったんです。それで外の世界で挑戦してみようと思いました。
決断するのは、すごく勇気のいることでした。このままいけば、きっとありがたいお役もいただけるだろうし、男役としても、もっと成長できるんだろうなとは思いましたし、宝塚に残って成長させていただいたほうが将来の可能性は大きかったとは思います。やめちゃって、何にも残らないかもしれないという不安はあったけど、ここまで思ってるのに何もせずに終わるのって、私は耐えられない性格なんです。一度思ったら、曲げられない性格なんです。色々葛藤があり、すごく反対されましたし、家族に相談しても“ここまできて何で”って反対されました。でも思い切って退団して今の世界に入りました」
宝塚音楽学校の受験者は、たとえば親子二代に渡って宝塚ファンであるなど、とにかく「宝塚に入りたい」という想いの人が多い。その中で、麻尋えりかは少し事情が違ったようだ。
「小さい時からバレエとピアノはずっと習っていました。宝塚は、漠然と華やかなところというイメージがあったくらいで、本当に何も知りませんでした。音楽学校の受験時に、まわりの人はみなさん宝塚どっぷりで、私ひとりが宝塚を何も知らなかった。スタート時点からすごく遅れていたんです。入って初めて宝塚の舞台を観て、ちゃんと知ったんです。なかなかいないタイプだとは思います。ただ、宝塚に入る前から、通っていたバレエ教室でミュージカルもやっていたので、踊るだけじゃなくて舞台の上でセリフと歌があるのがすごい楽しい!って、小さい頃から思っていたから、それができるのが宝塚、ということで受けたんです」
晴れて合格、入団してからはオスカルを演じるなど“よい役”をもらい、男役の大型新人として注目され、実力も付けてゆく。言ってみれば、将来が約束されていたのだ。生活も保障される立場で、脚光も浴び、7年もいた場所を突然やめるには、大きな勇気が必要だったことだろう。彼女の背中を押したのは何だったのか。
「24歳で若くて怖いもの知らずだったというのが一番大きかったかもしれません。もしその時28、9歳だったら、自分の安定を優先していたと思いますが、まだ24だし、30になるまであと6年間ある、6年間苦労する覚悟はできていたんです。アルバイトをしてでも、何をしてでも、花が咲かなくてもいいから、宝塚を辞めて一から“女優”としてやっていきたいって本当に思ったんです」
実は彼女は、娘役志望で宝塚音楽学校に入学した。当初は163センチとぎりぎり娘役の身長だったが、予科生の時にぐんぐんと背が伸び、167センチと男役の身長になった。その時、劇団の教師から「男役であなたみたいなベビーフェイスも少ないから、むしろいいんじゃない?」と言われ、「本当は娘役になりたいんだけど……」と思いながら男役になった、という経緯がある。娘役をやりたかったのに、男役に決まり、男として舞台に立つことを麻尋はどう感じていたのだろう。
「宝塚にいるときに、周囲から“男役の要素よりも娘役の要素の方が多いよね”とずっと言われていたんです。顔も男役顔ではないし…。それでも一生懸命、少しでも男を表現しようと努力していく中で、自分の中で女っぽい顔っていうのがコンプレックスになっていきました。歌も好きだし、男役も好きでしたが、それでも宝塚以外で舞台もたくさんあるし、自分が女っぽい顔っていうのも自覚していたから、そんなに“女性らしい”ってことを皆さんに言われるんだったら、むしろ女性を表現する方が自分に合っているんじゃないかっていう心の葛藤がすごくありました」
女性らしいルックスがコンプレックスになる……そんな悩みが麻尋えりかにはあった。だが、それでも精一杯男役としてよりよくなろうと努力してきた日々が、女優としての今の彼女に役立っていると言う。
「今すごく勉強になっています。男役の時に、相手役の女役さんに自分を引き立ててもらうためにどうしてもらいたいか、という研究をずっとしてきたんです。だから、今“女”になった時にどうしたらいいか、というのが何となくわかるんです。特に今回の『ベイビーベイビー』では弱い立場の女性の役。“弱い女”というのは、男から見て、どうすればそう見えるか、というのが客観的に分かる。そういうのは、男役をやっていて勉強になっていたんだな、って思います」
かつての経験を活かしながら、舞台に立ち、テレビドラマに出演している今、麻尋えりかは女優としての今を心から楽しんでいる。
「24歳でやめて、26になって、初めて男役ではない、宝塚でもない、“女優”としてのまったくの一年生になったんです。テレビドラマも、小劇場も、外の舞台も、全部が初舞台。だから色んなことに興味がわいて本当に楽しいです。六本木のSweet BasilでインストゥルメンタルユニットのMODEAと共演し、はじめて“シンガー”としてもステージに立たせていただいて、素のままの自分で歌を歌って、衣裳を脱ぎ捨てるってこんなに怖いことなんだって勉強になりました。だから宝塚を退団して歩み始めてよかったなって思っています」
ロングヘアで、たおやかで明るい女性の魅力を放つ女優としての彼女を見ると、かつて男役だったとは想像がつかない。よく、宝塚の男役から“女に戻る”のはなかなか難しいと言われるが、彼女の場合はどうだったのだろう。
「男役をやめて女に戻るのは大変でしょってよく言われますが、宝塚時代も女役をやらせていただいたこともあったし、女性らしさはあったから、自分としては違和感は全然無いんです。男役時代は予科の時代も含めると9年間ずっとショートヘアで、スカートもはいていませんでしたが、やめてスカートをはくときに違和感は無かったです。だから、本当に好きじゃないと宝塚ってやっていけない世界で、実際好きで楽しくてやっていたんです。でも宝塚でも、普通の女優でもどっちでも楽しいってことは、やっぱりこの仕事ってファンの方に舞台にいる自分を観て喜んで頂いて、愛されたいっていう思いがあるし、それが好きなんだと思います。皆さんが応援してくださるっていうのが楽しかったから宝塚にいれたし、今も皆さんが舞台を観て喜んでくださるっていうのが嬉しいんです」
そして、“男役”としての麻尋えりかを応援していた宝塚時代のファンは、今も彼女を支えてくれている。
「ありがたいことに宝塚時代のファンが付いてきてくださっていて、本当に嬉しいです。初めはすごく“残念”と言われ、申し訳ないなという気持ちが強かった。もうすぐ2年になりますが、ここにきてファンの方もやっと女に戻った私を見慣れてきて、男役ではないけれど、ひとりの役者として認めてくださってきていて、舞台を楽しんでくださるのが本当にありがたいです。最初は男として好きだったのに、いきなり女になったら、残念!っていうことになるんじゃないかなって心配していたので。この世界は本当にファンの方いてこそですから」
小さい頃からバレエを習い、ダンスで鍛えられた彼女の身体は伸びやかで、安定した歌唱力にも恵まれ、持ち前の明るくてオープンな性格からコメディエンヌもこなす麻尋えりかは、これからどんな女優を目指したいと考えているのだろう。
「初めはとにかく女優になりたい!っていうことだけを考えていました。でも、女優・役者の方で、観客・視聴者がその人のキャラクターに対して抱くイメージを超える演技をする方がいますよね。色々な方と仕事をするうちに、皆に抱かれるイメージをもたれない女優になりたいと思うようになりました。“えっ、この子ってこんな役も演じられるんだ”って衝撃を与えて、興味を持っていただけるような女優になりたいです。人を驚かせるのが好きですし(笑)。舞台、テレビとやらせていただいていますが、これからは機会があれば、映画ももっとやってみたいです。映画って、すごくその人の力量がリアルに分かるメディアですよね。だから挑戦してみたい。ちゃんと一本筋の通った役を演じきれる女優になれたらいいなと思っています」
“女優”というのは確かに“女らしさ”を追求するものでもある。あえてそう言わなくても、女性の役者は“女優”だ。だが宝塚の男役は、そうではない。だからこそ麻尋えりかは“女になる”という言い方をする。どこからみても“女優”の彼女が、“女優”という肩書きを得るために犠牲にしなくてはならなかった多くのこと、決断するために必要だった勇気を考えると、とても自然体に“女優”でいる彼女には大きな人間力が備わっていることが分かる。よく、宝塚の男役は、女性が理想とする男性像の具現化だと言われる。実際の男性よりもかっこいい“男”だった麻尋えりかだからこそ表現できる“女”がある。これからも舞台出演がつづくので、ぜひ“女優”麻尋えりかを観にいってほしい。“男”と“女”、両方を知る稀有な存在として、きっとこれから大きく羽ばたいてゆくことだろう。
『ベイビーベイビー』
日程:2月5日(金)から13日(日)
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『スミレ刑事の花咲く事件簿』
日程:5月2日(月)から7日(土)
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『眠れぬ雪獅子』
日程:10月21日(金)から30日(日)
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