史上最強の“ガールズトーク”

日本の演劇シーンのトップ女優が勢揃い『トップ・ガールズ』が始まる

史上最強の“ガールズトーク”

隣のテーブルに座っている女子の会話に、ついつい耳をそばだててしまった経験は誰しもあるだろう。“ガールズトーク”は、とにかく面白い。女性同士の間にある牽制、強がり、見栄、そして赤裸々な本音。舞台『トップ・ガールズ』は、最も贅沢で、スケールの大きいガールズトークを楽しめる作品だ。タイトルの通り、登場人物は古今東西、歴史に名を残した“トップ・ガールズ”で、演じるのは、寺島しのぶ、小泉今日子、渡辺えり、鈴木杏、池谷のぶえ、神野美鈴、そして麻実れい、という、名実ともに日本の演劇シーンのトップ女優たちだ。

舞台は、寺島しのぶが演じるロンドンのキャリアウーマン、マーリーンが男性との熾烈な競争に勝ち抜き、重要なポストについた昇進祝いパーティーから始まる。このパーティーの来客者の面々が強烈なのだ。ウェイトレスに案内されて着席するのは絵画や文学作品の中に登場し、歴史に名を残したヒロインたち。彼女たちは、パーティーの目的であるマーリーンの昇進祝いそっちのけで、自らの人生に起こった数々のドラマ、関わってきた男たち、成し遂げたことなどを怒とうの勢いで話し始める。歴史上最も有名な女たちが一堂に会するわけだから、史上最強のガールズトークが繰り広げられることになる。

キャストの中でも一番若手の鈴木杏は、映画、テレビドラマ、舞台にと幅広く活躍する女優だ。現在23才、1999年にはハリウッド映画『ヒマラヤ杉に降る雪』に出演、世界的にも知られており、愛らしさと強さを併せ持った、さわやかな存在感が魅力の彼女に、今回の舞台について聞いた。

「場面によって時空も時間軸も変わる舞台です。一幕一場ごとに何世紀も、国籍も超えて色々な年代の、絵の中や小説の中に登場する女性たち、“トップガールズ”たちが集まって一つのレストランでパーティーをしているところから始まります。書かれたのは1980年代なので、その時代の人材派遣会社の話に飛んだり、マーリーンという寺島しのぶさんが演じる女性の家の話になったりと、時間軸もばらばらなので、観に来てくださる方はちょっとこんがらがっちゃうかもしれません(笑)。でも、女性がどうやって各々の時代に生き抜いてきたか、犠牲にしたもの、それによって獲得したものであったり、精神的な強さであったり、そういうものを、全体を通して観ることができると思います」

1980年代のイギリスを時代背景にした『トップ・ガールズ』は、“鉄の女”と呼ばれたサッチャー首相が活躍し、女性たちが社会の前面に出始めると同時に、性差別などの女性をめぐる様々な問題が噴出した。女性が男性と同じく社会で活躍することができるようになりつつあった1980年代に、過去の時代に生きた女性たちの生き様がオーバーラップしてゆく。やはり気になるのは、強烈な個性を放つ日本を代表する女優たちがそれぞれ、どんな“トップガールズ”を演じるか、である。鈴木杏自身と、共演者の演じる“女性たち”について聞いた。

「たとえば渡辺えりさんは、一幕一場ではブリューゲルの絵に出てくる悪女フリートという地獄に乗り込んでいった人。私が演じるグリゼルダは、チョーサーやペトラルカが書いている『カンタベリー物語』や『デカメロン』に出てくる、公爵様のお妃になって、ひたすら愛し、忍耐力を試されつづけ、服従を続ける女性です。小泉今日子さんは、二条という帝の側室で、最終的には尼になって国中を歩き続ける人。麻実れいさんはイザベラ・バードという日本も訪れたことのあるイギリスの旅行家。神野美鈴さんが演じるヨハンナは勉強がしたいために男装し女性であることを隠していたら、本当に頭が良かったばかりに、女性であることを気づかれずに法王になってしまった人など、各々ばらばらな女性たちが一幕一場で出てきます。寺島しのぶさんは、マーリーンという人材派遣会社の専務になったキャラクターでずっと全編通します。他の役者は私を含めて二役から三役を回します」

時代もめまぐるしく移り変わり、一人何役もこなさいといけない『トップ・ガールズ』は、俳優に高いレベルの演技力を要求する作品だ。

「私にとって三役をやるのはこれが初めてなんです。頭の中がバタバタしてます(笑)。普通の舞台だったらひとつの役に取り組むから、その役のどの部分について考えようっていう姿勢ですが、慣れるまでは、まず“誰のことを考えればいいのか”というのが分からない状況になって(笑)。最近はだいぶ体にセリフも動きも入ってきて、キャラクターも入ってきたので、あんまりこんがらがることもなくなりましたが……最初の内はどこから手をつけたらいいのか分からない!みたいな感じでした。だから、それぞれのキャラクターに対してそれぞれの課題があるし、そうですね(この作品は)手ごわいです、なかなか(笑)」

たしかに、女優のラインナップを見ても、日本演劇界のトップ女優たちが名前を連ねている。その重層的な構造からしても、彼女たちでなければ成立しない作品だろう。演出家も、キャストもすべて女性という『トップ・ガールズ』は、鈴木杏にとって女優として、また一人の女性として、大きく成長する契機となっているようだ。

「そうですね、これまで舞台をやっていても大勢の女優さんたちと一緒にやらせていただくという経験が今まであまり無かったので。この舞台は、女性だけのお芝居という意味でも、ずっと自分が拝見してきて、大好きだった女優さんたちばかりなので、すごく贅沢な時間を過ごしているなという気がしますね。潔い感じ、真っ向から作品と向き合うかっこよさみたいなものを、彼女たちを観ていてぐっと来ることがあります。役者同士、また演出の鈴木裕美さんなど、みんなでひとつひとつの問題を解決してゆく姿勢なども、はっきりしていてかっこいいなぁ~と思っています。それがとてもいい雰囲気の中でとてもスムーズにそういうことが行われてゆくんです。女性の持っているサバサバしたところ、はっきりしたところが、いい形で出ていて、風通しがいい雰囲気で、面白くて気持ちのいい現場です」

今とは異なる社会に生き、時代の制約に捕らわれる中、多くの苦労をしてきた女性たちの姿を体感する中で、現代に生きる一人の女性である自分と比較した時に、鈴木杏はどのようなことを感じているのだろうか。

「まず”女優”という仕事って、女であることによって、強い言葉になりますがたとえば“虐げられている”、あるいは“女性差別”というものが、普通の仕事よりも少ないと言うか、むしろ逆に(女であることを)逆手に取っているような仕事だと思うんですよ。だから、あまり今まで自分が生きてきた中でそういう差別などは感じたことが無いのですが……やはり現代は女性がとても生きやすくなっている時代だと思いますし、トップガールズたちが生きていた時代の女性たちが、苦労して傷つきながらも切り拓いてきて、今の女性が働きやすい環境にまでなったのかな、ということは、今までそういうことはあんまり考えたことが無かったんですが、今回それを思うようになりました。私が演じるグリゼルダはすごく“姫キャラ”な人物で……自分自身がそうではないんので、最初は単純に高い声を出すってことがちょっと大変だったんですけど(笑)。男性に服従しつづけることも時代によっては生き延びるために必要だったこともたくさんあるだろうし、と感じています」

この舞台を通じて、鈴木杏自身は“女性”をめぐる歴史のパースペクティブの中に自らをおいてみることができるようになっていると語る。それは、今の時代を生きるすべての女性にとって、必要な視点だと言えるだろう。東日本大震災という、これまで体験したことのない大災害という苦難に立ち向かおうとしている今、幾多の困難を強く生き抜いた女性たちの姿を描くこの舞台を観ることによって、観客が得るものは多いのではないだろうか。

「これはものすごくタフで、エネルギッシュな女性たちの話だと思うんです。そういう活力を目の当たりにすると、ちょっと元気になると思うんです。映画でも、舞台でも音楽でも、生き生きしているものを目の当たりにすると、明日からまた頑張ろうという気持ちになったりする。それが届けばいいな、きっとこの舞台はそれをたくさん届けることができる作品だと感じています。舞台や映画というエンターテインメントにとって、日常とはいかに離れたところに、全然違うところにお連れして、そこで楽しんでいただいて、ちょっとリフレッシュして、頑張ろうという気持ちに少しでもなっていただいて帰っていただく、というのが一番の理想だし、一番素敵だし、一番の使命だと思うんです。特に、今はそれが大切なんじゃないかな、と思っています。そんな時間をお届けできればいいな、と思っています」

女性であること、役者であること、ひとつひとつについて深く考えている鈴木杏。彼女が「こうありたい」と考える役者、あるいは自分自身の姿とはどんなものだろう。

「その場その場で臨機応変に、変幻自在になれる役者になりたい、というのは仕事としての理想でありますが、気持ちとして強いのはやっぱり“好きだ”という気持ちを持ち続けていたいということです。役者という仕事が好きだ、でもいいし、舞台が好きだ、映画が好きだでもいいし、本が好きだといった、感受性のような、愛情のようなものを持ちたい。多分役者に限らず、本や音楽、エンターテインメントに携わる人たちはみなさんそれをお持ちだと思うんですけど、やっぱり一番大事なところだし、それを忘れたくないと思っています」

インタビューをしていて、ふと胸を衝かれる瞬間があった。それは鈴木杏の「好きだ、を大事にしたい」という言葉。自分が何を好きなのか。何に生きがいを感じるのか。様々な“事実”や“事情”、あるいは“情報”の洪水に振り回されがちな今、あらためて一人一人が原点を見つめなおすことが大事なのではないだろうか。そうすることによって、碇をおろすことができるかもしれない。世界でも最も恵まれた国のひとつであるここ日本で生活する私たち。かつては男性と対等に働くことが罪とされた社会が歴史上あった。その中でたくましく、強く、朗らかに、感受性豊かに生きた女性たちのが姿を見れば、きっと今の自分にとって“一番大事なこと”を引き寄せる何らかの手がかりが見つかるのではないだろうか。きっとそれを見つることができた人は誰だって『トップ・ガールズ』の仲間入りだ。

『トップ・ガールズ』


日程:2011年4月1日(金)から24日(日)
出演: 寺島しのぶ 小泉今日子 渡辺えり 鈴木杏 池谷のぶえ 神野三鈴 麻実れい

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テキスト 七尾藍佳
※掲載されている情報は公開当時のものです。

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