舞台『アジア・ミーツ・アジア』

遠く、知らなかった“アジア”に出会える場所

舞台『アジア・ミーツ・アジア』

“アジア”に関する話題をメディアで目にしない日は無い。経済・軍事・政治、ニュースでは“数字”などの文字情報がメインに伝えられている。中国の経済成長率、GDP、そしてバクダッドやカブールで起きた爆弾テロで命を落とした人の“人数”。だがその向こうに、“現実に生きる人々の物語”を想像するのは、簡単にできることではない。自らの足で出向いて、一日5ドル以下の収入で生活する人々のリアリティがどのようなものかを実際に肌で感じることができれば、きっとアジアのどの国よりも恵まれた環境にあるここ日本で暮らす私たちの視点は、大きく変わるだろう。しかし、それができるのはごく限られた人々だ。マスメディアから伝えられる情報に対しては、受け身になるのが一般的だ。

そうした中で、実際にアジアの諸地域の人々が、自国の現実を肉声と肉体で伝えられる“演劇”の力は大きい。いままであなたが知らなかったアジアに出会える舞台がある。2010年10月20日(水)から24日(日)にかけて開催される『アジア・ミーツ・アジア 2010』だ。ここでは、シリア、イラク、アフガニスタン、インド、香港、上海、台湾、そして日本の演劇人が出会い、語り合いながら、作品を提供する。高田馬場にある劇場『プロト・シアター』を拠点に、1997年から続けられている。『アジア・ミーツ・アジア』は、劇場ならびに劇団DA・M主宰の大橋宏が、「アジアという地域への注目度は高まる一方であるのに対して、アジアの人々は西洋のことはよく知っているけれど、アジアのこと、つまりお互いのことはあまり知らない」という問題意識を抱き、「アジアの現代演劇が出会う場所を創造したい」という想いからはじめたものだ。

今回は、シリアの劇団『アル=ハリーフ』による『独房(英語タイトルは”Solitary”)』という2人芝居と、これまで『アジア・ミーツ・アジア』に参加してきた演劇人による国境を越えたコラボレーション作品である『タエラレナイユメ5~帰還』の2作品、そしてそれらの作品に携わった者同士が意見を交わすクロス・トークによって構成されている。『アル=ハリーフ』は、シリアのインディペンデント劇団で、設立は2006年とまだ若い劇団ではあるものの、中近東をはじめヨーロッパ、北米各国で公演をし、多くの賞を受けている。大橋宏は、この作品について次のように語る。

「独房という閉じられた空間で、2人の男が向き合っている。1人は看守で、1人は囚人。囚人には“革命”のために捕まっているという立場がある。看守には、これから子供が生まれてくる父親という立場があって、平和のために頑張っている。ところが、現実に直面した中で、それぞれの理想が、だんだんと崩れて行く。囚人は“自分の革命という理想は何なのか”、看守は“自分が思い描く理想は何なのか”ということに、それぞれが向き合って行く。アラブ世界の中で、それは彼らが日々感じていることです。シリアという国で、日常的に戦争や、革命と向き合っている中で、平和を願う気持ちと、革命を願う気持ちがどちらも矛盾を来すという現実がある。その現実の中で、2人の男が将来に向き合っていく姿を描いています」

東京の劇場でも、アジアの演劇を観る機会はある。だが、韓国・中国の東アジア、そして東南アジアという比較的“日本に近いアジア”の演劇に触れるチャンスはあっても、中央アジア~西アジア~中東という、より日本から遠い国々の演劇が紹介される場は少ない。大橋宏が1997年に『アジア・ミーツ・アジア』を始めた時は、香港と韓国の劇団を招聘することから始まったが、回を重ねるごとに、中央アジアから西アジアへと、少しずつに「西に、より私たちが知らないアジアへ」と向かっていった。そして今回、アジアの中でももっとも軍事的緊張が高い地域と言える西アジアと、中近東からは、シリアの劇団と、現在ロンドンに住むイラク人女性Ishtar Al-Mafraji、タリバンから逃れてアメリカに 渡ったアフガニスタン人のMahmood Salimi、そして戦争只中のアフガニスタンからはAhmad Zia Muradが参加する。彼らと、そして香港・上海・台北・東京の演劇人がともに創り上げるコラボレーション作品『タエラレナイユメ5~帰還』(英語タイトル“Collaboration Project “Unbearable Dreams5~Return”)について、大橋に聞いた。

「今回参加するイラクの女性、Ishtar Al-Mafrajiは、2003年に『アジア・ミーツ・アジア』に参加してくれた人です。当時、フセイン政権が倒されて、国が復興への情熱に燃えていた時期だったので、彼女は亡命していたヨーロッパから、祖国であるイラクに帰ろうとしていたんです。ただ、イラクに“帰還”するためには、ヨーロッパにある生活を捨てて、シリアから危険な砂漠地帯を通り、命の危険を冒さなくてはいけない。その中で彼女はアジア・ミーツ・アジアのワークショップの参加者に、“もしあなたが私の立場だったらどうしますか?自分の祖国復興のために、命の危険を冒してでも帰りますか?”と問いかけていた。彼女自身、祖国への帰還という想いを強くしていった時期だった。そのワークショップが印象的だったので、今回“帰還”をテーマにして作品を創ろう、とメールを送ったら、こんな返事がかえってきたんです。“もうあの当時とは自分のおかれた状況は違う。この7年の間に、私の親戚、家族の何人もが拉致され、テロで亡くなった。もうイラクには絶望している。私はもう帰りたくない”と。その過程で僕は“昔あなたを勇気付けたものは何で、今あなたを絶望させているものは何か?”と聞きました。すると彼女は、“どちらもイラク人だ。イラク人が私を勇気付けて来たし、イラク人が私を絶望させた”と言うんです。そういう現実がある。だけど遠くから見ている僕らにとっては、オバマ大統領が2010年の8月31日に『イラクの自由作戦』は終了した、これからはイラク人自身が自由に向かって立ち上がってくれ、と宣言したように、フセイン政権が倒されたことでイラク人は解放されたのかな、と思ってしまうところがあるわけです。でも、やはり(イラク戦争は)すさまじい物理的破壊と精神的破壊をもたらしている。シリアにもたくさんのイラク人難民がいますが、彼らの中には“イラクに絶望している”という声が多い。他国に入って行ってかきまわしてしまうと、イラクは部族社会だから、結果的に暴力が収まりきらなくなり、精神的破壊をもたらしてしまう。今回参加してくれるイラク人女性はこんな風に言ってきました。“日ごろの報道で、今日100人のイラク人が爆弾テロで死亡しました、というニュースを聞いて、数字だけしか知らないけれど、その向こうにはひとつひとつの生があること、私のように家族の命が何人も奪われ、祖国に絶望しているという物語は聞こえてこないでしょう”と。グローバリゼーションの中で、マスメディアが伝えられるものと、伝えられない現実があると思います。僕らは政治を批判するわけでも、アメリカの侵攻を批判するわけでもない。でも、やはりアートは、“あらゆる生”の価値を“等価”に見つめるものです。それをねじ曲げ、蹂躙する勢力・権力・暴力に対しては、やはり反対していきたい。今回の『アジア・ミーツ・アジア』では、そのようなメインストリームのマスメディアが報道することによってむしろ“見えなくしてしまう現実”をアジア人が相互に伝えることができればいいな、という想いが込められています」

1997年から継続して積み重ねてきた“アジア人が知らないアジアに出会える創造的な場所”としての『アジア・ミーツ・アジア』を展開してきた大橋宏は、今後NPO法人化を目指し、インドやキルギスタンなど、各地に演劇の拠点を作り、いつかはバクダッドやカブールで『アジア・ミーツ・アジア』を開催したいという夢を抱いている。それが実現することは、戦乱の地に真の平和と解放の光が差し込むことであり、遠かった“アジア”の人々の間の距離がより近くなることと同じことだ。そのために、あなたにできることがある。まず、ここ東京で出会える“知らなかったアジア”に出会いに『アジア・ミーツ・アジア』に足を運ぶことだ。

『vol.6 Asia meets Asia 2010 アジア・ミーツ・アジア』

日程:2010年10月20日(水)から24(日)
場所:プロト・シアター
チケット問い合わせ:03-3360-6463(アジア・ミーツ・アジア/プロト・シアター)
ウェブ:homepage3.nifty.com/aa/

テキスト 七尾藍佳
※掲載されている情報は公開当時のものです。

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