“今”を表現する演出家、鴻上尚史

今、一番必要な時に辞めてどうする?辞めることのほうがわからない

“今”を表現する演出家、鴻上尚史

photo by:Yuki Sugiura

若手メンバーを中心に構成された虚構の劇団の公演を、東日本大震災発生直後にも公演し、2011年は、8月のロンドン公演11月の第三舞台復活と、精力的に活動する、作家・演出家の鴻上尚史。エンターテインメントは、「今こそやるべき」と語る鴻上に、話を聞いた。

震災直後も、舞台をおやりになっていましたよね。エンターテインメント系は自粛、公演を中止するものも多かったですが、なぜ鴻上さんは延期、中止にしなかったのですか?

鴻上:こういう時にこそやるのが、我々の存在の意味だと思っていますから。こういう時に自粛することの方が良くわからないというか。自粛って、誰も得をしない解決方法ですよね。だって、芸術でもエンターテインメントでも、そういうものが生まれた理由って人を勇気づけたり、人を安心させたり、人を慰めるためで、今、一番必要な時期に辞めてどうする?第一、演劇なんかで使う電力量って、笑っちゃうくらい。来てくださったお客さんが、それぞれの家でテレビを観る電力より、劇場の方が少ないはずで、辞めることの方がわからないんですよ。だから、やるべきだと思いました。

地震の後に、ご自身の演出や、書くものに変化はありましたか?

鴻上:地震の最中に、虚構の劇団『アンダー・ザ・ロウズ』の台本を書いていて、そのまま舞台が上演されたんですが、東日本大震災のエピソードも登場しました。もともと、阪神淡路大震災と、オウムサリン事件で、この国は少し変わったんだ、ということがテーマだったので、ストーリーにうまくはまった、というのもありますね。

9・11の時も、ブロードウェイは自粛せずにずっと公演を続けていましたものね。

鴻上:そう。あの時の市長が、どんどん外食しようって言ってね。やっぱり、出ていかないと何も始まらないと思います。

この後は、ロンドンの公演があるんですよね?

鴻上:6月の終わりに1度、ロンドンへ行って、オーディションと稽古をして、8月も稽古をして、下旬に芝居をやります。

ロンドンは、留学されていたこともあって、馴染み深い場所だと思いますが…

鴻上:そうですね。ロンドンで芝居するのも、2回目なんですよ。2007年に『トランス』というのをブッシュシアターという定評のある劇場でやりました。今回はリバーサイドスタジオという、同じように定評のある場所でやります。8月23日から、4週間ですね。**

著書の『ロンドン・デイズ』の中で、日本人でも、イギリスの人でも、演劇を志す人の本質は変わらないとお書きになっていましたが、鴻上さんの作る舞台そのものも、日本とイギリスで、変わりはないですか?

鴻上:変わらないですね。本当に、英語になる、っていうことだけで。面倒くささとか、混乱さも、変わりません。日本のプロデュース公演で、面倒くさい俳優に出会った時の方が、大変かもしれない(笑)。古今東西、面倒くさい俳優はいるし、不安な俳優もいるし、すごくご機嫌で素敵な俳優もいる。結局、同じだな、って思うんですよ。あとは、出会うか出会わないかだけなんですよ。困難ではあるけれど、想像を超える困難さではないですよ。

ユーモアとか、文化が違ってわかりにくい部分もあると思いますが、そういう差はどう対処するんですか?

鴻上:例えば、8月に上演する『ハルシオンデイズ』で言うと、ネットで出会った人が心中をする話で、書いたのは2006年なんだけど、イギリスでは、ちょうど最近そういう事件がおこったばかりなの。また、登場人物の一人で中年のおやじが、ネット上ではドラミって名乗っているんだけど、イギリスでは、ハローキティに、かえました。どう文化の山を超えるか、という翻訳のトライアルはたくさんしていますね。

だけど、台本になったものに関しては、皆で本読みをして、おもしろいかおもしろくないかを言ってくれるので、そんなに難しい話じゃないと思います。あとはやっぱり、ハリウッド映画も、イギリスの映画も観て、おかしいことはおかしいので、そんなに感性の違いもないと思うんです。

一番、しんどかったのは、ちょっとセリフが湿っているから、もう少し乾いてくれない?とかそういうこと。これが一番やっかい。セリフがウエット?いや、ウエットは言わないなぁ、とか。でも、泣いているわけじゃないし。日本語で言う、ちょっと話が湿っぽい、というのが、もう少し突き放してドライにしてくれない?というのが難しかった。細かいニュアンスを伝えるのが難しいですね。ただ、台本は、英語をわかっている人に訳してもらうけど、稽古の時に、これはどういうこと?って聞かれて、日本のギャグを直訳した方がおもしろい、ということも『トランス』の時にはあったから、どう、置き換えていくのか、一行一行、細かくつき合わせていくしかないですね。

鴻上さん自身、英語はどれくらいできるのでしょうか?

鴻上:喫茶店に行って欲しいものは頼めるけど、店員のお姉ちゃんはくどけない(笑)。それまでも何度も行ってるし、ひとりで旅行もしているけど、なかなか込み入った話はできない。

ロンドンに行くと、必ず行く場所や、好きな場所はありますか?

鴻上:レスター・スクエアっていう、劇場の当日券を半額で売っている場所があって、そこにいつも行って、時間があれば、半額のものを買って、観ています。

だいたい当日券で観るんですか?

鴻上:そうですね。ものすごい話題作で、当日券が手に入らないもの以外は、半額券を買いますね。イギリスの場合は、よっぽどじゃない限り、だいたい、当日券が買えるんです。あと、テムズ川沿いのナショナルシアターも、話題作をやっているので、そこの公演は、前日にネットで予約して行くかな。

思い出に残っている作品はありますか?

鴻上:ミュージカルで言うと、最近では、ビリーエリオットに度肝をぬかれましたね。ナショナルシアターの方は、ニーハイシアターという、ものすごいフィジカルに遊んでいる劇団の上演を見て、とてもおもしろかったですね。

東京で良く行く場所はどこですか?

鴻上:東京も、ほとんど劇場中心にしか行かないけど、紀伊國屋ホールとかね。思い出の場所って言われると、早稲田の大隈講堂の裏かな。ずっと芝居をやっていた場所でね、自分の中では一番素敵な場所かな。今は、滅多に行かないですけどね。

早稲田の大隈講堂といえば、今年は、10年ぶりに第三舞台が復活しますね。

鴻上:2011年に封印解除ですね。僕は、大隈講堂の裏で、22歳で劇団を作ったわけですが、その当時、皆20歳前後だったのが、今、4、50代になった時に、何を考えているかを作品にしたかったし、作品とする意味があると思ったんですよね。僕らが、20代で作った表現があり、30代の表現があり、そして今、50前後になった時の表現がどうなるのか、作品を作る意味がある。何を上演するのかまだ発表はしていないけど、ぼちぼち、発表していきます。

期待の声が高いです!

鴻上:高すぎるのよ(笑)。期待しちゃいけない、って言っているの。本当に、つまんないよ!って。10年分の期待を背負ってきたら、どんな作品を作っても、成立するはずがない。だから、つまんない、つまんない、って。全然ダメ、と思ってきてもらわないと、困るのよ(笑)。

でも、やっぱり期待しちゃいますよね(笑)。10年ぶりに…というのが、鴻上さんがこの春、出された小説、『八月の犬は二度吠える』につながるというか。小説では、浪人時代をともに過ごした学生たちが、24年後に再び集合するんですよね。

鴻上:第三舞台をずっと観てくれていた人に、まず読んでもらいたいと思って書いたから。やっぱ、年齢を重ねてきた人にまず読んでほしいと思ったんだよね。時間を重ねて生きてきたことで起こることを描こうかな、と。もちろん、若い人にも読んで欲しいんだけど(笑)。

1982年の戌(いぬ)年に、「今年だけは、“大文字”の送り火を“犬文字”にしても、京都の人は許してくれるんじゃないだろうか」という大胆不敵なことを考えるわけだけど…もともとはね、僕が京都で浪人していた時代に、実際にこれを計画したやつの話をもらったので。そいつらの話がすっごいおもしろいと思って、小説に書かせてもらったの。

小説も書いて、舞台の演出もして、ラジオにも出られて、アイデアの源はどこにあるんですか?

鴻上:言語化できないけど、おもしろさとは何だろうということを、一生探しているような気がしますね。これはおもしろい、おもしろくない、その差は何だろうって。だけど、そう簡単に、おもしろいものが見つかるわけがないんだから、色んな角度から探すしかないんですよね。

時間をかけないと出てこないんですよ。どれだけ、ひとつのアイデアを、色々な角度から考えたかとか、煮詰めたかとか、ひねったかとかしながら、その中から、何かがぽろっと見えてくるのが大事だと思うんですよ。ひとつのことを考えて考えて考えて、行き詰まりかけて、気分転換なんかをしていると、パッと浮かぶこともありますよ。まぁ、簡単に予想がつくものはおもしろくないし、予想を裏切りながら、期待に答えていくということだと思いますけどね。


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『第三舞台復活公演』の詳しい情報はこちら

テキスト 東谷彰子
※掲載されている情報は公開当時のものです。

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