『ツーリスト』クロスレビュー

豪華メンバーを揃えながら、なぜ退屈なロマンス・スリラーになったか

『ツーリスト』クロスレビュー

タイムアウトロンドンレビュー

この映画には豪華なメンバーがそろった。監督は、『善き人のためのソナタ(原題:The Lives of Others)』でオスカーを獲得した、かの有名なフロリアン・ヘンケル・フォン・ドナースマルク。そして、脚本もオスカーを獲得した2人。ジュリアン・フェロウズ(オスカー受賞作品『ゴスフォード・パーク(原題:Gosford Park)』)とクリストファー・マッカリー(オスカー受賞作品『ユージュアル・サスペクツ(原題:The Usual Suspects)』)だ。しかも、主演のアンジェリーナ・ジョリーとジョニー・デップが、人を魅了してやまないパリとベニスを舞台にミステリーを魅せる。ここまでくると間違いない一本のようである。だが、『ツーリスト』の本当に素晴らしいところは、才能の宝庫ともいえる人材を揃えながらも、バカらしさから退屈までの全ての要素を含んだ愉快な国際強盗犯映画に成り下がってしまったことである。そして、最初から最後まで、正直説明しようのない独りよがりな自己満足感がちりばめられている。懐かしいロンドンの赤いバスと、アジアンなアイメイクをしたシャーリー・マクレーン、そして女々しいディゾルブとカクテルタイムの音楽。これを見るのなら、1960年代の駄作の方がましである。

アンジェリーナ・ジョリーは、この映画の魅力的な女性主人公。このキャスティングは理解し難いが、彼女はイギリス人女性として登場する。そして彼女の恋人(ああ、あくびがでる)が、スティーヴン・バーコフ扮する収税吏を騙し、イギリス警察に追われている逃亡中の横領犯。その横領犯が、あの手この手を使ってパリにいる愛しい彼女に指示を出し、ベニス行きの電車に乗らせたり、関係のない男性を自分の身代わりとしたりと、警察を惑わせる。そこに登場するのがジョニー・デップである。クシャクシャ頭で電気タバコをふかすジョニー・デップは、どんな役作りをしたのか疑問だが、地方学校の数学講師という設定である。気がつけば、彼は魅惑的なアンジェリーナ・ジョリーと高級ホテルへ。これが、ロシアなまりの悪党に追い立てられ、ベニスの建物の屋根を逃走するはめとなるプレリュードとなってしまう。こんな中、ロマンスのかけらは探せるものなのだろうか。

確かに、昏睡状態からの目覚めであればロマンスは生まれるのかもしれない。この作品は単純な娯楽映画であるにもかかわらず、監督は、全てのシーンを慎重に、そしてまじめな姿勢で演出してしまっている。もはや、連結トラックの運転を練習中の人が、特別難しい三点方向転換をしているかのようだ。せめてプロを感じさせるような演技や台詞が飛び出せば、このけだるい空気も吹き飛ぶのに、気の利いたジョークはどこにもでてこない。ジョニー・デップの演技は、あまりにも力が抜けていて、リハーサルシーンを見ているのではないかと疑ってしまう。そしてアンジェリーナ・ジョリーはジュリー・アンドリュース張りのイギリス英語を使うのに気をとられすぎて、役の見せ所であるミステリアスな女性を演じることへの情熱が全く見られない。この2大スターの間に、化学反応のかけらさえ感じられないため、映画の他の要素がやたらと型にはまったものに見える。特に、アクションの山場と思われるシーン(もし本当にボートチェイスが見たいのなら、1971年にアムステルダムを舞台にした娯楽映画『デンジャー・ポイント (原題:Puppet on a Chain)』を見るべきだ)の失敗と、ポール・ベタニー扮するロンドン警視庁警察官がもはやオースティン・パワーズに出てくる、報われないバジル・エクスポジションのようで、見ていて痛い。その上、この“予想を裏切る”結末はあまりにもバカげていて、観客を侮辱しているかのようである。映画のレベルの低さは言うまでもない。

まさしく、この映画は安っぽい一作だが、そんな駄作を見た経験は誰もがある。ただ、この映画がひどく腹立たしいのは、自己満足で完結しているところだ。観客は、お色気たっぷりのドレスに身を包んだ”お美しい”アンジェリーナ・ジョリーを崇め、ベニスの高級ホテル『ダニエリ』の中を覗くことができ、監督らが用意したいくつものどんでん返しの驚きにぞくぞくするだろう、と想定されているかのようだ。この映画の理想的な観客は人里離れたところに身を置き、『探偵ハート&ハート(原題:Hart to Hart)』や『 レミントン・スティール(原題:Remington Steele)』などのテレビシリーズの再放送を永遠と見てきたかわいそうな人かもしれない。もしそんな観客像が自分に当てはまると思うのなら、この映画を楽しめるだろう。ただ、それでも過度な期待は禁物だ。

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タイムアウトニューヨークレビュー

ヨーロッパを舞台にした、つまらないロマンス・スリラー。メンバーはすごいがそのほかに評価できるものはなし。

アンジェリーナ・ジョリーとジョニー・デップがベニスでロマンス?こんなコンセプトを聞くと、誰もがベニスに行く準備をしたくなるだろう。ただ、そのベニス行きのゴンドラは、ものすごいスピードで沈んでいくかのようである。アンジェリーナ・ジョリーは、ギャングに追われている横領犯を恋人に持つミステリアスな女性に扮し、お決まりの笑顔を振りまいている。ジョニー・デップは、まんまとアンジェリーナ・ジョリーの恋人の替え玉にされた間抜けなウィスコンシン州人に扮し、彼女の周りをうろちょろしているだけだが、それはそれで魅力もある。そして脚本は、『ゴスフォード・パーク(原題:Gosford Park)』のジュリアン・フェロウズと『ユージュアル・サスペクツ(原題:The Usual Suspects)』のひねくれ者のクリストファー・マッカリーが書いている。となると、この映画の何が悪いのだろうか。

この作品のできの悪さは、監督のフロリアン・ヘンケル・フォン・ドナースマルクに責任があるのかもしれない。彼は『善き人のためのソナタ(原題:The Lives of Others)』で、東ドイツの秘密警察・諜報機関の罪を負った精神を映し出すことには長けていたが、『シャレード(原題:Charade)』のような面白く、ナンセンスな国際的サスペンスを見たことがなかったのかもしれない。カメラ割りは大げさで、屋根を逃走するシーンやボートチェイスは何日も続きそうなくらいだらだらしている。そして、不可解にも、ポール・ベタニーは怒りに満ちたイギリス警視庁警察官という設定であるにもかかわらず、影の喜劇的な息抜きとしてストーリーに組み込まれている。この映画はスクリーン上で死ぬ。『ツーリスト』は、ハリウッド作品の中で、イタリアのすばらしさを最も魅せられなかった一作かもしれない。

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2011年3月5日(土)日劇ほか全国ロードショー

タイムアウトロンドン原文 Trevor Johnston
タイムアウトニューヨーク原文 ジョシュア・ロスコフ
翻訳 タイムアウト東京編集部
※掲載されている情報は公開当時のものです。

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