梶芽衣子 『修羅雪姫』 1973年
2011年05月10日 (火) 掲載
この記事に何か問題があったとしても驚かないでほしい。“問題”といっても、この記事の為に、何十時間もかけて作品を見たことや、リサーチが大変だったとか、そういうことではない……。実は本当に大変だったのは、リストを20に絞ることだ。言わずもがな、我々の中でも議論はあった。最終的には、シンプルな前提に辿りついた。それは、その俳優に“真のセクシーさ”がある、もしくはあったかどうかだ。本当にエロティックなシーンがある作品から選んだので、自動的に綾瀬はるかと、キムタクは登場しないことが決まった。結果、“生“のセックスアピールで、スクリーンを常に熱くする俳優たちが残った。
ちなみに、順番は関係ない。タイムアウト流に並べただけだ。しかし、選んでいたら熱くなってきた。誰か、近くに頭を冷やす場所を知らないだろうか。
1952年の映画デビュー後すぐに、溝口健二監督などに認められ、『祇園囃子』(1953年)や『赤線地帯』(1956年)に出演した。増村保造監督作品には、主演女優として数多く登場したが、2人の関係は“簡単”なものではなかったようだ。増村監督は、後に、若尾のことを「自分中心的なところがあって、計算高い」と、表現している。チャーミングだ。
やはり増村と若尾のコンビ作品が、激しくセクシーだろう。『刺青』(1966年)で演じた魔性の女しかり、赤い天使(1966年)で演じた戦場看護婦しかりだ。偏愛を巧みに描いた作品、『卍』(1964年)での、光子役は次点だ。
日本の素晴らしいカルトスターと言えるだろう。彼女は、女性の暴走族グループを描いた野良猫ロックシリーズで、“族”のリーダー役を演じ、名を上げた。しかし、彼女を“レジェンド”に押し上げたのは、女囚さそりシリーズで演じた松島“さそり”ナミ役だろう。クエンティン・タランティーノは、『キル・ビル』でルーシー・リューが演じた役を、梶をモデルに設定していた程、熱狂的なファンだ。
梶が、『女囚701号/さそり』(1972年)や『修羅雪姫』(1973年)で演じたほど、力強く復習に燃えた殺し屋をゴージャスに表現できる女優は他には、いないだろう。ヤクザの愛人を演じた、『やくざの墓場 くちなしの花』(1976年)では、弱みを見せる演技もいい。
風変わりな作品として2004年にヒットした『下妻物語』で映画デビュー。自分と正反対の女の子との友情を築きあげていく、ろくでなしのヤンキーを演じた。“トラブルメーカー”的なイメージの役は、次作の『さくらん』(2007年)でも、引き継がれ、うまく役にはまっていた。彼女はインタビューなどでは、“ぶっちゃけ”トークが多く、どちらかというと、セクシーでキュートというよりは、けんかっ早い印象だ。時に、その生意気さが隠れた時に、彼女は格段にセクシーになる。同世代の女優たちが狙っても出せない、セクシーさだ。
さくらんのきよ葉役だ。さくらんは、安野モヨコの漫画を原作に、色鮮やかに、現代的に江戸・吉原の人間模様を描いた作品。彼女は、遊女を演じた。ほかに言うべき事があるだろうか?
日本におけるグラマー女優のオリジネーターだ。1950年代に、その豊満な体を武器にスクリーンデビュー、『女真珠王の復讐』(1956年)では、日本映画史上初めてのオールヌードで登場し、人々を興奮させた。しかし、誰もが自由ではなかった時代、ドラマ『金比羅利生剣』の監督からの“スカートの裾をまくる”という演技注文に反発したのをきっかけに、業界から追放され、以後、数十年もの間、目立たない存在になっていた。
『女真珠王の復讐』の有名なオールヌードシーンは、実はとてもピュアだ。つまり、彼女の実際の演技より、丸みを帯びた彼女の体に重きが置かれていたとういうことだろう。
いわゆるピンク映画の中でも、芸術的作品と、ポルノ的作品の境界線ははっきりしていると言えるだろう。杉本は、花と蛇シリーズで国際的に知られている。彼女は、決して、平坦なキャリアを歩んできたわけではない。映画以外では、“エロスの伝道師”としても知られ、セックスレスを告白し、2003年に離婚、豊胸サプリのコマーシャルにも登場、PETAの毛皮反対キャンペーンでヌードモデルも務めた。しかも、彼女はJ-POPシンガーでもある。一度聴いてみるといい。
『花と蛇』(2004年)での遠山静子役は間違いなく、エロティックだ。なにか、引っかかる感じもないが、見やすいという映画でもない。この種の映画にしては、珍しいかもしれない。
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