金融崩壊の内幕『Inside Job

第83回アカデミー賞長編ドキュメンタリー賞受賞作、クロスレビュー

金融崩壊の内幕『Inside Job』

タイムアウトロンドンレビュー

アメリカを舞台にした、見事で荒々しいドキュメンタリー。この映画を見るのなら、頭をクリアにしなくてはならない。本作は直近の金融崩壊劇の根源を探ろうと、20世紀後半以降のアメリカの経済政策を検証している。そして監督のリチャード・ファーガソンは、政治・アカデミア・民間の癒着がこの一連の惨事の原因と結論付けている。

監督は、マサチューセッツ工科大学で博士号を取得したIT企業家。年齢は50代。映画作りを始めたのはここ10数年のことだ。彼の処女作が、イラク戦争を題材にした『ノー・エンド・イン・サイト:ジ・アメリカン・オキュペーション・オブ・イラク(原題)』。彼はこの新作で、42人へのインタビューをまとめている。その面子は、ジョージ・ソロスから金遣いの荒い投資銀行家を相手にしていた娼婦までと幅広い。当然ながら、舞台はハドソン川を見下ろす役員室や書斎などが多いが、監督は、これらのシーンを光沢のある映像やビルの外観、マンハッタンの航空写真、そしてアイスランドの田舎風景で和らげている。膨大な事実の羅列と数字の列挙を受け止めるためにも、これらの“息抜き”映像は必要だ。

この作品は、1980年代にウォール街で起きた規制緩和の動きから、1990年代にこれら規制緩和によってもたらされた災難とそれらの対処ができなかったアメリカ政府の失態、そして2001年に起きたITバブルの崩壊からベア・スターンズのデフォルトまでを紹介している。監督によれば、アメリカ政府はアカデミアからの忠告を無視しており、規制緩和を容認した者は仕事を融通してもらったりしたという。そして、オバマ大統領がティモシー・ガイトナーなど、2008年の金融混乱期にジョージ・W・ブッシュ大統領の取り巻きであった人物に囲まれていることを嘆いている。

監督の手法は、インタビューを受けている人の話にマット・デイモンのナレーションを加えるというもの。ただ、映画の後半にはマイケル・ムーアを思わせるところもある。ジョージ・W・ブッシュ政権の大統領経済諮問委員会議長で現在はコロンビア大学ビジネススクールのグレン・ハバード学長には、アカデミアと政府の馴れ合いについて問い詰めている。非難されることがあまりない学長は「あと3分やる。有効に使うように」と唸った。

原文はこちら www.timeout.com/film/reviews/89698/inside-job.html


タイムアウトニューヨークレビュー

臨場感あふれるこのドキュメンタリーは、世界的な経済危機を素早く理解させ、実態を知ってしまったがゆえに腹立たしくもさせる。

ろくでなしがモジモジするのを見るのは面白い。リチャード・ファーガソン監督のこのインタビューをメインとした“有益情報満載”のドキュメンタリーを見ると、2008年の金融危機の根源はなんだったのかということを辛らつな目で見つめることができる。財政担当者の言い逃れなどは、聞いて笑ってしまう。未だにちゃんと処罰されていない犯罪であるということに我々がどんなに憤慨しても、元米連邦準備制度理事会(FRB)理事のフレデリック・ミシュキンは可能な限りのポーカーフェイスで「けじめをつけるために辞職した」と強調している。なぜ彼らがインタビューに答えることを承諾したのか不思議なくらいだ。

監督は、音楽主導のモンタージュ映像や、すばやいカット割り、そして有名人によるナレーション(本作ではマット・デイモン)など、あらゆる手法を使って、このドキュメンタリー映画を撮っている。『インサイド・ジョブ(内部の犯行)』という題名さえも、惨事を彷彿とさせるような挑発に聞こえる。しかし、この怒りを誘う巧妙さの裏に隠されている問題提議は明確であり、監督は共和党、民主党に関係なくレーガン大統領からオバマ大統領に至るまで、皆が一般消費者をだました資産運用者であることを強調している。また本作はサブプライムローンやデリバティブ、そして投資格付けなど解りにくい金融用語をクリアに説明している。そして確固たる信念をもって金融業界の改革を遊説している。この信念に理解を呼びかけるかのように、住宅バブルで家を失いテント暮らしを余儀なくされている人達の映像を流し、見る者の感情を揺さぶる。あたかも金ぴかの権力をもったところから、悲観的でなおざりにされているところに“天下り”したかのような錯覚に陥る。

政治的な対立が我々を2党派に分けてしまっているが、そのような分裂を超えて、貪欲さがいかに人を墜落させていくかということを監督は見せようとしている。しかし、本作は最初から最後まで、正義の憤りを主張し続けているわけではない。いくつかのあいまいな道徳心や愛国的な態度が印象的だ。自由の女神の映像をバックに、マット・デイモンは含みをもたせた言い方で「立ち向かってでも得るべきものがある」とナレーションする。ただ、我々の怒りは、完結的な解決へと導かれるわけではない。明確な解決がないからこそ、犯罪者は今回も、そしてもしかしたら永遠に逃れられるのかもしれない。

原文はこちら newyork.timeout.com/arts-culture/film/320453/inside-job


5月21日(土)、新宿ピカデリーほか順次全国公開

タイムアウトロンドン原文 デイヴ・カルホン
タイムアウトニューヨーク原文 キース・ウーリッチ
翻訳 タイムアウト東京編集部
※掲載されている情報は公開当時のものです。

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