『ハーブ&ドロシー』 クロスレビュー

生活のすべてをアートに捧げる夫婦のドキュメンタリー

『ハーブ&ドロシー』 クロスレビュー

タイムアウト東京

もし、あなたがアートに興味を持っているとしたら、大好きなミュージシャンのCDや有名なカメラマンの写真集を買ったことくらいはあるはず。でも、展覧会で並んでいるような美術作品となるとどうだろう。一点ものだし、きっと素人に手が出せるような値段じゃない、などと思ってはいないだろうか。美術品の収集なんて、きっと大金持ちの趣味か投資対象……そんな世間の常識を覆したある夫婦を紹介したのが、佐々木芽生監督のドキュメンタリー映画『ハーブ&ドロシー』だ。

夫のハーブは郵便局員、妻のドロシーは図書館の司書。堅実な生活を送る2人の共通の趣味は、現代アートを収集すること。映画で見る限り、ハーブとドロシーはどこにでもいるような品の良い老夫婦といった感じだが、ひとたび展覧会に行くと、2人の眼光は鋭くなり、美術評論家のように厳しい眼差しで作品を批評する。だが、2人はアカデミックな教育を受けたわけではなく、自分たちで本や画集を読み、足繁く美術館や展覧会に通うことで“見る目”を養った。そして、1960年代から2人は美術品を買い始める。そんな2人が作品を買う時のルールは2つ。「自分たちの給料で買える値段のものであること」、「自分たちが住んでいる1LDKのマンションに収まるサイズの作品であること」。つまり、自分たちの身の丈を知りながら、生活のすべてをアートに捧げる。その潔さがハーブとドロシーのコレクターとしての魅力だろう。2人にとってアートの収集は道楽ではなく、生活そのものなのだ。

2人は自分たちのコレクター道の条件を満たすものとして、当時評価が定まっていなかった(つまり、そんなに高くなかった)ミニマル・アートに目を付け、40年間コツコツ集めた作品数は2000点を越えた。レコードや本に埋まった部屋は何度も見てきたが、部屋中にアートが所狭しと飾られている2人のアパートには圧倒される。ゴミ屋敷ならぬアート屋敷、いや、世界で一番小さな美術館ともいえるかもしれない。「2人のアパートが火事になったら、ミニマル・アートの名作のほとんどが灰になってしまう!」などと、ナショナル・ギャラリーの学芸員が不安に駆られたのも仕方のない話だ。そして2人は、ついに部屋から溢れ出したコレクションをアメリカ中の美術館に寄贈することを選ぶ。売れば大金持ちになれたかもしれないのに、そうしなかった理由は「自分たちはお金儲けのためにコレクションしてきたわけではないから」。なんという潔さ。自宅でアートに囲まれて微笑みながら佇んでいる2人の姿を見ると、2人もまたアート作品のようにも見えてくる。収集という行為を通じて、真摯にアートに向き合い続けた2人。クリエイティブに“集める”ことは可能なのか。映画を観た後、モノに溢れた我が家の部屋を振り返って、思わず腕組みしてしまった。


タイムアウトニューヨーク

ニューヨークで暮らすドロシー・ヴォーゲルとハーバート・ヴォーゲル夫妻の人生は、物語の“ネタ”としてとても興味深い。妻は図書館司書、夫は郵便局員としてごく普通に働いてきた2人は、自分たちの稼ぎでアメリカの現代アートをコツコツと買い集め、30年後、遂には世界屈指のコレクションを持つまでになった。日本出身でニューヨーク在住の映像作家である佐々木芽生監督は、ハーバートとドロシー自身の言葉と、彼らが若かりし頃から支援し今や有名になったチャック・クロースやクリストなどのアーティストの話を織り交ぜ、控えめに、ありのままにこの夫婦を描くドキュメンタリー映画『ハーブ&ドロシー』を作った。

ハーバートとドロシーは、1950年後半、あるダンスの会場で出会った。マンハッタン生まれの仕立職人の息子(ハーバート)と、ニューヨーク州郊外出身で図書館学を専攻していた女学生(ドロシー)として出会った2人は、1961年に結婚。一緒に絵画教室に通う。彼らが、はじめて購入したアート作品は、ジョン・チェンバレン作の小さな彫刻だった。数十年後、彼らが買い集めた膨大な数のアート作品がワシントンDCにあるアメリカ国立美術館(ナショナルギャラリー)に寄贈され、注目される。

彼らのコレクションは計り知れない量だった。ヴォーゲル家の1DKのアパートには、底なしの穴があって、そこからドローイング、絵画、彫刻など、作品が溢れ出てくるのではないかと思うぐらいだ。

ハーバートとドロシーは彼らだけでも十分に可愛らしく、魅力的だ。しかし、この夫妻が心から愛して支援してきたアーティストたちの言葉を、佐々木監督が紡ぎ、映像に加えることで、ドキュメンタリー作品としての魅力をさらに高めている。イタリア人画家であるルチオ・ポッツィが、ハーバートはまるでトリュフ犬のように「作品を嗅ぎ分けている」と言っているが、ルチオは決して皮肉で言っているわけではないのだ。

タイムアウトニューヨークレビュー原文へ(Time Out New York / Jun 4–10, 2009)


映画『ハーブ&ドロシー』
11/13(土)よりイメージフォーラムにてロードショー
オフィシャルサイト: http://www.herbanddorothy.com/jp/
ツイッター:http://twitter.com/herb_dorothy

東京レビュー テキスト 村尾泰郎
ニューヨークレビュー 原文 タイムアウトニューヨーク編集部
ニューヨークレビュー 翻訳 タイムアウト東京編集部
※掲載されている情報は公開当時のものです。

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