2010年12月17日 (金) 掲載
冷やかなテーマを元に描かれた前2作、『ブロークバック・マウンテン(Brokeback Mountain)』と『ラスト、コーション(Lust, Caution)』とは違い、アン・リーは本作において、正に身の丈に合った陽気さと穏やかさを伴いながら、かの歴史的舞台の裏側を表現している。この作品はとても軽いタッチでヒッピーを描いたコメディー作品でもあり、もう一方では愛嬌のある温かな自分探しの物語でもある。
ゲイで、ユダヤ人、そして目標も見つからず途方に暮れていたエリオット・タイバー(ディミトリ・マーティン)は、両親が経営する破産寸前のモーテルを助けるために、ニューヨークでの自由の暮らしを終え、田舎へと戻る羽目に。しかし、とある有名なロックフェスティバルが開催地を探していると耳にしたエリオットは、モーテルへの客足を増やすために自身の地元への誘致、そして地元商工会に所属することになった。
ヒッピー神話に対して、ほんの少しでも懐疑心を持つ人は、『ウッドストックがやってくる!』の内容に不満を覚えるかもしれない。夢想的で、それでも魅力溢れる本作には、ジョニ・ミッチェルでさえ頬を赤らめる事だろう。しかしそれらの先入観は、自宅、あるいは映画館のドアに置き去りにして、映画を存分に楽しんでほしい。初の主役となったスタンダップコメディースターのマーティンは、存在感たっぷりだった。そして共演者たちにも恵まれた。特に、イメルダ・スタウントン演じるメル・ブルックスは、エリオットをいつも悩ませているし、ナチスに取りつかれた母親や、英国人劇場やテレビで活躍するヘンリー・グッドマンも、“付け込まれた父親役”を見事に演じきっている。
中でも、一番褒め称えられるべきは、リーの監督力だろう。グーシング・ゴダードのシーンにおいては、叙事詩的に画面を裸体で駆け回る人々で埋め尽くしてみたり、フェスティバルの臨場感やそのスケールを、エリオットがLSDで幻覚状態に陥るまでわざと抑えて見せたりと、本作品はマイナーと呼ばれるかもしれないが、メジャーとして公開したとしても、全く引け目を感じない才能を感じる作品でもあるのは確かだ。
タイムアウトロンドンレビュー原文(http://www.timeout.com/film/reviews/87174/taking-woodstock.html Time Out London Issue 2047: November 12-18, 2009)
アン・リーの最新作、『ウッドストックがやってくる!』は比較的、突っ込みどころがない。高尚な賞を狙ったような作品『ブロークバック・マウンテン』や、陰鬱な雰囲気で滅入ってしまうような作品『アイスストーム』を目指して制作しない限り、彼の作品は輝きを増すばかりだ。また、1969年の『愛と平和』コンサートの主催者のひとりでもあったエリオット・タイバーの自伝を元に制作したことによって、本作はより素晴らしい出来となっている。本作の中心を担うシーンでもある、主人公のエリオット・タイバー(マーティン)が2人のヒッピー(ポール・ダノーとケリー・ガーナー)とLSDによる幻覚体験をする場面は、美しくも譫妄的な殺戮シーンを描いている『ラスト、コーション』、そして『ハルク』における風吹き荒れる砂漠のシーンと通じるものがある。しかしこれらの表現手法から深く感じ取ることのできる今後の可能性や期待と共に、後悔の念までも呼び起こされる。本作品においてはリーと脚本家のジェームス・シェーマスは、過去の作品手法を振り返りながら製作しているように感じられない。
この映画の最悪なシーンは、私たちの普段の生活意識に潜むとあるヒトコマを元に描かれている。脇役のひとりが、人々はわざわざ水に料金を支払っていることに疑問を呈すのだ。また、コンサート主催者であるマイケル・ラング(グロフ)は、その存在を示すため、ローリング・ストーンズのコンサート用に会場を枠線で囲んだ。このように、否応なしに事実談を加える事によって、時代物の映画であるということを否定、今まであまり語り継がれず省略されてきたエピソードによって、より興味がわいてくる。エリオットが実際にストーンウォール暴動において得た経験や名言を、生意気で銃を携帯した性転換者(シュレベール)に代弁させるのもありとしよう。リーとシェーマスは歴史を穏やかに描ききっている。それもまるで当時の人々の時間と記憶を抜き取り、そのまま作品に反映させているかのように感じられてしまうのだ。
タイムアウトニューヨーク原文(newyork.timeout.com/arts-culture/film/47004/taking-woodstock)
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