2010年06月03日 (木) 掲載
『エビビモPro.』と『インパラプレパラート』という2つの劇団が合同で作り上げたファンタジー・ミュージカル『エビパラビモパラート』が、池袋の東京芸術劇場で上演される。この『エビパラビモパラート』という公演タイトルについて、脚本・音楽を担当した『エビビモPro.』を主催する矢ヶ部哲(25)と、演出・脚本を担当した『インパラプレパラート』の大矢場智之(28)は、「何の意味も無い。ただ、“かみそうな、言いにくい”ってことだけで」と声をそろえる。
今回の公演を主催する2つの劇団はどちらも“小劇場シーン”と呼ばれる、日本の“オフ/オフ・オフ・ブロードウェイ”に相当する演劇シーンの、インディペンデントなユニットだ。この小劇場シーンでは、台詞のみで展開されるストレートプレイ、それもどちらかと言えば閉じられた空間で役者が心理劇を演じる、静的な演劇が主流だ。その中で、大きな声を出し、音楽もダンスもある動的な舞台を展開する『エビビモPro.』や『インパラプレパラート』のような劇団は異色の存在だ。『エビビモPro.』で音楽と脚本を担当する矢ヶ部哲に、「なぜミュージカルなのか」を聞いた。
「大劇場で、大規模な興行として上演されるミュージカルと、小劇場の芝居をすりあわせたものをやってみたい、というのが根本にあります。僕はミュージカルも小劇場も、どちらも好きなんですが、実はその中間点が無い。ミュージカルの客層と、小劇場の客層は今、完全に分かれてしまっていますが、それはお互いの世界を狭めてしまう。でも、機会さえあれば、ミュージカル・ファンも小劇場の芝居を観にいったら面白いと思えるだろうし、小劇場を好きな人だってミュージカルを楽しめるかもしれないですよね。僕はその橋渡し役をできればいいな、と思っています」
出演者の技術力、脚本の構成力、そして演出力が試されるミュージカルを、インディペンデントな、20代が中心の劇団が合同制作することに、一抹の不安を覚えるかもしれない。だが通し稽古を観ると、役者の発声方法から演出の細部にいたるまで、その完成度は非常に高い。その秘密は、脚本家2人を含む出演者の多くが『舞台芸術学院』の出身者であるからだ。この日本で唯一、舞台芸術の専門課程のみを設置した学校は、60年の伝統を持ち、役所広司や市村正親などの演劇人を輩出している。
ここでストーリーを簡単に紹介しよう。物語の舞台となるのは音楽が存在しない島国、アシバ。国王の死後、王権をめぐる争いが起きるが、跡継ぎであるヒナタ姫は“ひきこもり”のリストカッターで、ゲームに明け暮れている。閉塞感が国を覆いはじめるが、やっかい者扱いされていた“働かない若者たち(ニート)”が、聖域である『カミナキ山』にのぼり、そこで音楽を発見する。音楽を知らない世界にニートたちが音楽を持ち込んだことで、やがて人々の心が動き出す。
“ひきこもり”や“ニート”という社会問題がモチーフとして扱われることの背景には、『エビパラビモパラート』に関わる者の多くが「自分もひきこもりだ」という、当事者意識を抱いていることがある。だがステージを作り上げることで、そのような孤立した状態から抜け出し、「社会に関わって行きたい」という強い意志を具現化している。矢ヶ部は、特に同世代に向けて伝えたいことがあると言う。「大きな声を出した方が楽しいってことを、ひきこもっている人にも見てもらって、感じてもらえたらいいなと思っています。僕もゲームが大好きなんで、ネットオタク系の世代を一気に舞台の場に引っ張ってこられたらいいな、とも思っていて、『ニコニコ動画』などでもアピールしています。僕自身、ひきこもりで、人前に出るのがもともと苦手だから、そういうコンプレックスを持った自分の姿を自分自身の反面教師にして、人前に出ることによって、自分を奮い立たせているんです。だから、同世代の人、観客の方に元気になってもらいたいんです」
自称ひきこもりの若者たちはしかし、舞台を縦横無尽に飛び回る。キレのいいステップを踏み、その朗々とした歌声は響きわたる。彼らは生命力にあふれている。それはもしかすると、ステージに上がる勇気を出すことによって、閉じられた個の殻を打ち破ったから、社会と気持ちを通い合わせようすることが、彼らの生きる糧になっているからなのではないか。命を賭けた“手作り”のミュージカルはきっと、あなたの胸を打つはずだ。
日程:2010年6月3日(木)から6日(日)まで
場所:東京芸術劇場 小ホール2
料金:前売り3000円、当日3500円、学生前売り・当日2500円
企画・制作:Habanera
主催:インパラプレパラート エビビモPro.
電話:03-5391-2111(Habanera)
ウェブ:www.geigeki.jp/
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