“ぼっちゃん”落語家、林家木久蔵

父、林家木久扇から受け継ぐポジティブさ、“ごきげん”のDNA

“ぼっちゃん”落語家、林家木久蔵

『ぼっちゃん5(ファイブ)』という、インパクトあるタイトルの落語会が開催される。落語家の家に生まれた二世、三世の、文字通り“ぼっちゃん”噺家5人が集う会だ。メンバーは林家三平、桂春蝶、林家木久蔵、月亭八光、三遊亭王楽。今回は、その中の二代目林家木久蔵に話を聞いた。林家木久蔵は現在35歳、1995年に父である当時の林家木久蔵門下入門、林家きくおとして活躍し、2007年9月に真打昇進、と同時に二代目木久蔵を襲名した。父の林家木久扇(元林家木久蔵)は、42年にわたり日本テレビの人気落語番組『笑点』に出演し続けており、親しみのあるとぼけたキャラクターが愛されている、日本で最も人気のある落語家のひとりだ。息子である林家木久蔵は、風貌もさることながら、能天気な雰囲気が父の芸風を踏襲しており、「親子そろってバカだと評判です」と自ら言ってのけるその突き抜けた明るさが支持を集め、現在人気急上昇中の落語家である。まずは『ぼっちゃん5』という落語会はどういった催しなのかを聞いた。

「今、二世、三世の噺家が増えているんですが、一緒にライブをやったことが無かったんです。でも、みんな境遇も似てるし、ノリもいいので、じゃあやってみよう、ということになって始まったんです。本格的なのは今回からです。参加しているメンバーはみんな所属している協会が違いますし、上方落語から2人参加していますが(ある時期は異なる協会の間に対立があったけれども)、僕らの世代ではわだかまりは無いのでまったく問題無いです。今になって二世、三世が増えていますが、落語はもともと世襲では無かったからなんです。だって、昔は落語家になるって言ったら親に勘当されるのが普通でしたから。親父の代までは噺家になるなんて胸張って言えたものではなくて、家出同然で師匠に入門するようなものでした。二世、三世が増えているのは、落語が芸術として認められるようになってきて、落語を見る目が変わってきたからだと思います。伝統芸能だけれども、大衆芸能という面もあるので(他の伝統芸能より)現代でも広く一般の皆さんに受け入れられているのだと思います」

落語家の息子に生まれて落語家になったのだから、きっと小さい時から落語を学んでいたのだろうと思われがちだが、林家木久蔵が落語を始めたのは20歳の時と以外なほど遅い。落語家を目指すことを決めた時期が遅かった理由が、これまた落語のオチのような話である。

「僕は小さい時から、将来は絶対プロ野球選手になるって思ってたんです。というのも、僕の親父はやるって言ったことを全部実現させてきた人だから、親父が言うことは絶対現実になるって小さい頃から思っていたところがあるんです。だから僕がプロ野球選手になりたいって言ったら親父が“なれるんじゃない”って言うから、なれるんだと思って(笑)。で、小学生の時に、社会人野球の選手の方に聞いたら、肩は消耗品だから、才能ある人は高校からやってもなれるから、中学校の間は陸上やって体作ってても大丈夫だよ、って言われて。で、言われたとおりに中学の間は陸上部で、高校入っても1年生は球拾いをやんなきゃいけないんだけど、僕はプロ野球選手になる人間だから球拾いなんかやってられないって思ったので、それで高校2年生の時に野球部に入部したんです。ところが、入ってみたらお話にならなくって、“全然センスが無い”ってわかって(笑)。で、プロ野球選手には、到底なれないと知り、そこから初めて父親の商売をのぞいてみようって思ったんです。それと、父親がテレビに出ていることが、小学校の途中くらいからいじめの対象になって、からかわれるのが嫌だったんですよね。だって、毎週日曜日に親父がテレビに出て、変なこと言うもんだから、月曜日にはかならずいじられるんですよ、“お前の親父また変なこと言ってたぞ”って(笑)。それが嫌で、噺家になる可能性には蓋をしていたというのもあるんです。また、うちの家は、基本的に普通に育てるというのが子育てのテーマだったのもあって。だから実際に落語を始めたのは大学3年、20歳の時からです。でも、生まれた時からお弟子さんの動きを見て育ってるんで、その辺りは違うかなと思いますよ。今思うと、柳家花緑兄さんみたいに小さい時からやってればよかったかなって思ったこともありますけど、でも今の自分は嫌いじゃないんで、自分は自分でいいのかなと」

実際に落語家として入門してから修行が始まるのだが、その内容が興味深い。“お茶を煎れる”という単純な作業が、実はとっても重要なのだ。

「入門の条件は大学をちゃんと卒業することと親から言われたんで、大学の授業が終わってから浅草、池袋、新宿、上野のどれかの寄席で下働きをしてました。何をするかというと、たとえば浅草なら30人くらい噺家が集まるんですが、その一人一人にお茶を出します。ただお茶を出すんじゃなくて、師匠によって濃いお茶、薄いお茶、ぬるいお茶、白湯、お水、それぞれ好みがあるので全部頭にインプットして出すことで、気配り・気遣いのお勉強をするんです。僕らの仕事は初めて会うお客さんを15分くらいの間、ただ喋るだけじゃなくて笑わせないといけないから、気遣いを学ぶことがそのための勉強になるんです。お茶は楽屋に入ってすぐ、着物をきた後、そして楽屋に戻った時と、3回だします。それもタイミングがあって、師匠が楽屋入りしてすぐ出すのは駄目なんです。タバコにしても、くわえる前に灰皿を出しているのでは気配りにならない。くわえた時に灰皿を出して初めて気配りになるように、かゆいところに手が届く気遣いをしないといけないんです」

父親の家業を継いだ場合、父が有名であればあるほど二世が苦労するという話をよく聞くが、林家木久蔵にはそれはまったくあてはまらないようだ。

「落語家ってはっきりものを言いますから、嫌いだったら“俺はお前の親父は大嫌いだ”くらいは平気で言う世界なんですけど、うちの親父はみんなと仲がよくって、敵がいないので、みんなに可愛がられました。僕は親父の息子に生まれたことでマイナスになったことって今のところ無いです。僕にとっては“東大出身”といった肩書きみたいにありがたいものなんです、“ハーバード出身”くらいですよ(笑)」

父親の林家木久扇は、『笑点』の中でも常にからかわれる立場である。日本全国の人が彼がとぼけるのを見て、ほっとしながら日曜の夕方を過ごし、新しい1週間に備える。42年間もその芸風を保ち続ける彼の姿は、すべてを受け入れる、ある種の悟りのようなものすら感じさせる。「息子に生まれたことでマイナスになったことが無い」と言い切ることのできる人物なのだから、プライベートの林家木久蔵もテレビで見せる人柄とあまり違わない、達観した人物のようだ。

「うちの親父は普段からテレビに出ているような感じで、表裏無いですよ。どこか悟っているところがあるんですよ。あれはどこから来るかというと、世の中で起こる問題はすべて何てこと無いって思ってるからなんです。学生の時に試験勉強で追い込まれていたりすると、“そんなの試験が無くなっちゃったら何ともないんじゃない?”って言われる。仕事が忙しくて追い込まれていたりしても“その仕事が無くなったらなんてこと無いじゃない。だったら普通にやればいいじゃない”みたいに。“世の中の人は、本当は大したことないことなのに、さも自分が頑張っているかのように言いたいから大変そうにしてるんでしょ”っていう考え方。そういうことを言われると、すごく気楽になるんですよ。唯一親父がぴりぴりするのは仕事を早く終わらせたい時くらいです(笑)」

そもそも落語というのは、人を笑わせる芸である。だから落語という芸の真髄は、普段から林家木久扇・木久蔵親子のように、すべてを突き抜ける楽観的な姿勢で生活することにあるのかもしれない。

「僕らの世界は、自分が楽しいと思えることを楽しくやるのが正解なんだと思います。基本的には人を笑わせる商売だから、お客さんの5倍から10倍楽しいことをやってないと、面白さは伝えられないと思うし、どれだけ“ごきげん”な状態でいられるか、がポイントなんです。僕は常に嫌なことは排除して、楽しいと思うことしかやらないようにしてます。親父からもらった一番大事なことは、ポジティブさ、楽天的なところです。それに誰も僕に崇高さなんて求めてないですし(笑)、僕が楽しくしてることがみんなの僕に期待するものとマッチしているから楽です。僕に人情話なんて誰も求めてないんです(笑)。周りにとっては僕がいかに能天気に楽しく生きているかがポイントみたいなんで」

林家木久蔵は、ごく自然体で常に上機嫌だ。誰だって、常にいい気分でいたいものだが、そうはうまくいかない。だからこそ、お金をはらってお腹が痛くなるほど笑って、楽しくなるために昔から人々は落語に通ってきたのだろう。「人を笑わせるためには、5倍も10倍も普段から楽しいことをしていないといけない」という彼の言葉は、“笑い”への深い覚悟を感じさせる。“ごきげん”のDNAを受け継ぐ“ぼっちゃん”落語家たちの朗らかな笑いは、どこまでも嫌味がない。林家木久蔵には“ごきげん”の伝道師としてこれからも日本の上空にただようどんよりとした空気を笑い飛ばしていってほしい。



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テキスト 七尾藍佳
※掲載されている情報は公開当時のものです。

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