映画『ムーンライズ・キングダム』レビュー

異色レベル十分。ファンが待ちこがれたウェス・アンダーソン監督の新作

映画『ムーンライズ・キングダム』レビュー

(c) 2012 MOONRISE LLC. All Rights Reserved. 配給:ファントム・フィルム

『ムーンライズ・キングダム』タイムアウトレビュー

ウェス・アンダーソンのおもちゃ箱が再び開いた。評価が極端に分かれる『ザ・ロイヤル・テネンバウムズ』や『ダージリン急行』といった異色作品を次々と送り出してきた、小粋な映画監督の最新作だ。めくるめく驚きと、まばゆいばかりの思春期の恋愛が、まるでドールハウスのようなセッティングで見事に描かれる。舞台は1965年で、ミニチュアの椅子や楕円形のラグが完璧なまでに再現、配置され(むしろやりすぎなくらい)、ロバート・D・イェーマンのカメラワークは、いつも通り、スムーズに全てを映し出し、ロケット工学的な精密軸に沿って動き回る。ファンにとってはまさに待ちこがれた、中傷者たちにとっては痛烈なしっぺ返しとなる作品だ。監督であり作家でもあるアンダーソン(今回の脚本はロマン・コッポラと共作だ)は、自分の作品への期待を熟知しているかのように、冒頭からまるで靴箱に作られたかのようなセットのジオラマ的映像美をふんだんに見せつける。観客が十分に堪能したところで、物語の世界が一気に扉を開く。

スージー・ビジョップ(カーラ・ヘイワード)は、悲しいアライグマの目をした陰気な女の子。いつも図書館から無断で借りてきた本を読み、ベンジャミン・ブリテンの曲を聴き、双眼鏡からもの寂しそうに遠くを見つめている。不幸な結婚生活をおくる弁護士の両親(ビル・マーレィとフランシス・マクドーマンド)と幼い弟たちとともに、ニューイングランドのニューペンザンス島の小さな町で暮らしている(ロケ地はロードアイランド)。ボブ・バラバンの多弁なナレーションによると、この島にはあと3日で破壊的な台風が直撃するらしい。

だがスージーはそんなことにはおかまいなしだ。彼女の心の中にはすでに反乱の嵐が巻き起こっているからだ。変わり者扱いされているサム・シャカスキー(ジャレッド・ギルマン)も、同じだった。彼らはほどなくして、教会で開かれたブリテンの聖書オペラ『ノアの洪水』の楽屋で出会う。そこでサムは未来の恋人を指差して「君はなんの鳥なんだい?」と尋ねるのだ。二人は一年におよぶ文通の後、森の中へと駆け落ちする。

映画の前半は、ペンザンス島の入江を目指す二人の恋の逃避行が描かれる。うだつのあがらない地元の警部(ブルース・ウィルス)と無能なボーイスカウトのリーダー(エドワード・ノートン)とサムを追う武装した追っ手たちが後を追う。アンダーソンの得意とする技法がここでも期待できる。物語のような深緑の青々とした森林の中の魅力をたっぷりと描きつつも、身に迫る危機感が常にそこにあるのだ。スージーとサムがハーディポップソングにあわせて不格好なダンスを踊る、田園詩風の美しいシーンにも、肉体かつ精神的な暴力性の影がときどき姿を現す。深紅に染まったハサミのすばらしいショットは、アンダーソン作品が類似監督の追随を許さないことを知らしめてくれる。実際に、彼の作品には血が流れるのだ。

やがて若い恋人たちは大人たちによって捕らえられてしまう。ここから残念なことに物語にいろいろな要素が一気に増えるが、気を削がされるまではいかない。ティルダ・スウィントン扮するアニメキャラのような福祉局の悪役、こそこそと動き回るボーイスカウト軍団は、『ファンタスティック Mr. Fox』の脱獄クライマックスのアニメを彷彿させる。だが、この映画に溢れるアンダーソン精神はそこだけじゃない。若いヘイワードとギルマンのフレッシュさ(彼らの不器用な演技は、ナイーブな初恋そのものだ)をサポートする、マーレィ、マクドーマンド、ノートンやウィルスといった熟練俳優陣。彼らのばかばかしい台詞の行間や、指の動きひとつひとつが、人生の傷を深く魅せるのだ。

フランシス・トリュフォーの『トリュフォーの思春期』やルイ・マルの『地下鉄のザジ』からの影響が明らかにわかるように、ムーンライズ・キングダムは、熟した大人の視点からみた、子供時代の追憶だ。もし普通の映画だったら、2人の早熟な主人公を大人の道へと誘導するか、もしくは彼らの未熟な思考こそ大人が失ったものだと言及するに終わるだろう。だが、最後の激しいフィナーレ(絵本作家ドクター・スースのメトロポリタンの教会の尖塔なみの鋭い分析を想像してみてほしい)から察するに、アンダーソンのロマンティックな理想郷は、もっと複雑で核心をついている。若さゆえの希望と大人になることの諦め。それらの新しいバランスが、ここに生み落とされたのだ。

原文へ(Time Out New York)


『ムーンライズ・キングダム』

監督・脚本・製作:ウェス・アンダーソン
共同脚本:ロマン・コッポラ
キャスト:ブルース・ウィリス、エドワード・ノーン、ビル・マーレイ、 フランシス・マクドーマンド、ティルダ・スウィントン、ジェイソン・シュワルツマン、ボブ・バラバン ほか

ウェブ:http://moonrisekingdom.jp/
2013年2月8日(金)TOHOシネマズシャンテほか全国公開


翻訳 佐藤環
テキスト キース・ウーリッチ
※掲載されている情報は公開当時のものです。

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