観客演劇『パブリック・ドメイン』

100%参加型演劇、池袋で“あなた”と“みんな”の物語が生まれる

観客演劇『パブリック・ドメイン』

東京の街全体が舞台芸術によっておおいつくされる幸せな1カ月が、10月30日(土)からはじまる。トーキョー発、舞台芸術の祭典『フェスティバル/トーキョー』だ。都内の劇場、そして街中でパフォーマンスが繰り広げられる。中国、アルゼンチン、ドイツ、スペインなど、世界中のアーティストが東京に集い、演劇、ダンス、音楽や映像とフィジカルな表現が融合したものなど、ジャンルを超え多くの作品が上演される。なかでも、フェスティバル/トーキョー期間中の毎週末、池袋の西口公園で(願わくば)秋晴れの空の下で開催される『パブリック・ドメイン』は、これまでの“演劇”の枠組みを超えてゆくユニークなパフォーマンスだ。

スペインを拠点に活動する演劇人、ロジェ・ベルナットによる『パブリック・ドメイン』には、いわゆる“出演者”はひとりもいない。2000円を払って、チケットを買った150人の観客が池袋西口公園に集う。観客は与えられたヘッドホンから聞こえる指示や質問にしたがって、指定された場所へと移動をくりかえす。質問や指示は合計250ある。ヘッドホンからの声にしたがって移動してゆくうちに、観客はいつのまにか、ある物語の中に組み込まれていることを知る。つまり、『パブリック・ドメイン』の出演者は“観客”そのものなのだ。

“観客参加型”や、観客と舞台の間を往来するような“双方向”をうたったパフォーマンスは、そう珍しいものではない。だが『パブリック・ドメイン』は“観客”だけ。観客どうしが、観る側と観られる側になってゆく。観客が、物語を生み出す。そして、観客の心理の中には、その人にしかわからない物語が生まれる。この“100%参加型演劇”を仕掛けるロジェ・ベルナットに『パブリック・ドメイン』で目指すものを聞いた。

「このパフォーマンスの目指すもの、それは他のどの演劇とも変わりません。演劇は現実を反映しようとします。この作品では、都市における社会的な構成、パターンを捉えようとしています。250の質問を投げかけ、最初は大きなひとまとまりの集団だった観客が、少しずつグループに細分化されてゆく過程で、その都市の社会的なグループがたち現れてゆくのです」

鍵を握るのは、与えられたヘッドホンから聞こえてくる質問や指示だ。なかには、答えることや正直に動くことをためらうものもある。たとえば「あなたは愛する人を裏切ったことがありますか?」。あなたが実際に“愛する人”と『パブリック・ドメイン』に参加していたら、どの様に行動するだろうか。とてつもなくパーソナルな事柄が、あなたの物理的な“動き”によって公的領域=パブリック・ドメインの目にさらされてしまう。だが、人前にさらけだされているようでいて、実はパーソナルな部分は守られるのだとベルナットは語る。

「大都会では、公共の場で自分の個人的な部分はあまり見せません。家に帰って、パソコンを立ち上げ、見知らぬ人にBlogやFacebookなどでとても個人的なことをさらけだしたりする。何が“公共”で何が“プライベート”なものか、あらかじめ決められてしまっているのです。ところが、この作品に参加すると、あなた自身が“どこまでがあなたの人生においての公共領域=パブリック・ドメインか”、そして“何が個人的な領域=パーソナル・ドメインか”を決めることができるのです。頭にはめたヘッドホンから質問が聞こえてくることが、不思議な作用を及ぼします。ヘッドホンから聞こえる声と、自分自身の思考が一緒になっていくという感覚が生まれるのです。あなた自身の手で、自分のための物語を作り始めます。たとえば、“あなたのおじいさんのキッチンの匂いを覚えていますか?”という問いが聞こえます。すると、あなたの中におじいさんの家の思い出が広がり、その場所に思考が飛ぶでしょう。そうして、物語を作り出しはじめるのです。他の観客と共有するのは、あなたの個人的な物語のごく一部です。そのようにして、観客は守られているので、この作品に参加することが可能になるのです」

はじめはおずおずと、笑ったり、驚いたりしながら、250ある質問に答えていくうちに、あなたの思考の中には、あなただけの物語が生まれる。同時に、参加者全体がひとつの大きな物語に参加してゆくことになる。それは、ハリウッド映画のような追跡劇で、そのうち“追われる側=犯人”と“追う側=警察”の役を担う人が生まれてゆく。その過程で、参加者は“公”と“個”の関係性について意識を向けるようになる。

「質問の中にはとても個人的で、劇的なものもあります。たとえば“年収は2000ユーロ以上ありますか?あるなら右へ行って下さい”などですね。この質問をされたことで、一緒にいる人、隣にいる彼女に対してあなたは“えっ、君そんなに稼いでいるのか!?そんなこと知らなかったよ”と驚いたりする。また、どうでもいいようなことも聞きます。たとえば“あなたは新しい靴をほしいと思っていますか?”すると、80%の人が靴をほしがっていることを知り、誰もが驚きます。同じだと思っていた人との違いを発見する一方で、まったく知りもしない他者だと思っていた人に意外な共通点があることを知ってゆく。とても個人的な事柄に関して、相違点と共通点が明らかになってゆくのです。つまり、大きな都市において、まったく自分と異なる、まったく知らない他者と共存することはどういうことかを問いかけているのです。最初はまったくの他者だと思っていたのに、『パブリック・ドメイン』に参加することによって、“他者”だと思っていた人とは意外なところで共通点が多く、最終的には“他者”と“自分”は対して違わないのだ、ということに気づかされるのです。自分自身に特別の声をもっていたい、声を大にして自分を表現したいという気持ちと、自分の声を殺して、他の人と同じでいたい、このグループの中にいたい、という気持ちの間で揺れ動く緊張感が、『パブリック・ドメイン』ではあらわになります。“社会で生きるとはどういうことか”を議論の土台にのせ、その問いにまつわる感覚的なものを強調してゆく作品なのです」

ステージで上演される演劇を観客として観るとき、ステージの上にはすべてがあり、観客には解釈の幅はあるものの、物語そのものはその手から離れている。だがロジェ・ベルナットのパフォーマンスでは、“演じる”という行為がほとんど存在しない。ある参加者が取った行動には、もしかすると何らかの“演技”が混じっていたかもしれないし、あるいはただの“嘘”かもしれない。さらに、本当の物語は、150人いる観客の心の中で展開される。150通りの『パブリック・ドメイン』が生まれる。ベルナットの演劇は、観客一人一人に“自分で考えてみて。あなたは何者で、何を喜び、何を正しいと思うのか”と問いかける。それは、観客ありきで観客をいかに喜ばせるかを重視する演劇とは180度異なる。なぜそのような方向性を目指すのか、ベルナットに聞いた。

「私は演劇が俳優、演出家、戯曲作家というふうに区分けされる前、“観る側”と“観られる側”との間にはっきりと線が引かれる前の、“前”演劇的なものを実践しようとしているのです。そうすることによって“公”というモノがもつ重さを考えたいのです。世の中のすべてのものは“観客=みんな”のために行われています。公、あるいはみんなのための政治。“観客=みんな”のための演劇。私は、大衆が求めているものこそ“正しい”という考えをやめるべきだと思っています。なぜならば、“みんなのため=公”という図式は、非常に権威主義的になってしまうからです。“大衆”が求めるものばかりを追求しすぎると、ヒステリックになってしまったり、本当に“やるべきもの”や“やりたいもの”をやらなくなってしまい、まったく陳腐なものばかりになってしまう危険性があります。他の人が求めているからやる、ということばかりになってしまうでしょう。だから演劇でも“みんなが求めるもの”の殻を打ち破り、その悪循環を断ち切ることを目指さないといけないと思うのです。理念はどこにもなくなってしまい、すべては顧客、あるいは観客のためになってしまうのは危険なことです。あなた自身は何をやりたいのか、何をやるべきか、我々は何をやるべきなのかを問いたい。結局、私たちは観客が“おそらく求めているだろう”というものばかりをやり、本当にやりたいものをやることに対して恐れを抱いてしまうようになります。みんな、なんて本当は存在しないのです。世界はどうあるべきか、文化はどうあるべきか、イエスかノーかをはっきり言わなくなってしまった。みんなを喜ばせたいと思うがあまり、進むべき道を見失っているのです。大事なのは、“それで、あなたはどうしたいのか?”それなのです」

劇場に足を運べば、アンケートが必ずある。その演目が、観客にどう受け止められたのかを知るのは、ステージを提供する側にとっては大事なことだろう。だが、もともと演劇とは何のためにあるのか、という根源的な問いに立ち返れば、“みんなが求めるもの”だけを提示する場ではなかったはずだ。ベルナットは、“劇場とは、そのコミュニティがお互いの関係性について意識的になる場”だと語る。“わたし”は“みんな”をどう捉え、“みんな”は“わたし”をどう見ているのかを知る場所としての劇場であったはずだ。ベルナットは、劇場に限らず、新聞、テレビ、すべての情報媒体者であるメディアが、そろいもそろって、“わたしを含めたみんな”が求めているだろうと思われるものばかりを提供することに終始してはいないか、という問題提起をしている。それは、個人的な地平に視線を落としてみれば、あなた自身の“生き方”そのものへの問いかけでもある。ヘッドホンをはめれば、あなたは、自分の知らなかった自分に出会うことになるだろう。

『パブリック・ドメイン』

場所:池袋西口公園
日程:2010年10月30(土)、11月6日(土)、11月7日(日)、11月13日(土)、11月14日(日)、11月20日(土)、11月21日(土)、11月27日(土)、11月28日(日)
チケット:一般前売2000円(当日+500円)
問い合わせ:03-5961-5209(F/Tチケットセンター)

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テキスト 七尾藍佳
※掲載されている情報は公開当時のものです。

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