ジャーナリスティックな“講談”

一番ホットでデンジャラスでコンテンポラリーな伝統芸能

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ジャーナリスティックな“講談”

日本の伝統芸能に興味はあっても、“講談”を体験したことがないという人は多いのではないだろうか。だが講談師が語って聞かせるこの話芸、実は伝統芸能の中でも最もわかりやすく、コンテンポラリーで面白い芸能だ。日本史に出てくる英雄にからめ、倫理的な教育を趣旨とする話が多いことから、「なんとなくかたくるしいもの」という印象を抱きがちだが、神田陽司の講談を聞けば、実に気楽に楽しめて、かつ勉強にもなるものだということがわかるだろう。

彼の扱う“ネタ”をいくつか挙げるだけで、それは一目瞭然だ。『講談ビル・ゲイツ』、『講談ジャイアントロボ』、『講談インターネット』、『チャップリン』、『黒澤明~生きる』、『エヂソン~20世紀を発明した男』、『講釈・パレスチナ』、『修羅場・阪神タイガース』、『講談・みずほ銀行』、『ベニスの商人・改』などなど。西洋文学から日本のアニメ、スポーツから経済にいたるまで、実に幅広い。『惑星探査機はやぶさ』がニュースになればすぐさま講談にし、そして本の代わりにiPadを使うなど、実に最先端であり、伝統芸能としての講談へのイメージを根底から覆してくれる。まずは神田陽司に、講談とは何かを聞いた。

「ふつうに言えば、ストーリーテリングです。一人芝居でもありますが、リズムがあり、歌い口調のものもあってメロディアスなので、詩の朗読に近い部分もあります。講談の起源は、一般的に言われているのは、“太平記読み”です。文学が成立したのが500年以上前で、それを読み聞かせるのが講談のもとになったと言われています。神道の説教という教育的なものから、御伽噺を聞かせる大衆芸能としての流れなど、色々な流れがあり、どこからが講談か、と言うとはっきりとはいいづらいところがあります。芸能として成立したのは江戸期で、隆盛を極めたのは江戸後期。また明治になっても“講釈場”という専門の小屋がたくさんでき、栄えていました。それが関東大震災で、数十件あった講釈場が消失してしまい、ラジオが台頭してきたので、壊滅的な打撃を受けたと言われています。話の内容はとてもバラエティに富んでいます。江戸時代の講談では徳川家のお話と戦ものが多いですね。戦中に戦意高揚のために講談が使われたところもあって、盛り上がった時期がありますが、戦後、弾圧されました。やはりあだ討ちものが多いので、時代に合わないということだったのでしょう」

早稲田大学第一文学部哲学科を卒業している神田は、やや異色の経歴を持つ講談師だ。今では演者として取材される側だが、かつては『シティロード』というエンターテインメント誌で、舞台芸術を取材する側だった。その彼がなぜ講談師になったのだろうか。もともと、大学在学中に演劇に没頭し、劇団青年座研究所の専科で本格的に演劇を学んではいる。だが、演劇の道には進まず、編集者となった。ところが、編集者として大学時代の演劇仲間を取材する経験などを経て、自分もまた舞台に立ちたいという想いを強くする。そして選んだのが講談師。なぜ演劇ではなく、講談だったのだろうか。

「演劇だと、大勢の人数が関わりますから、制作期間が必要で、今日あったことを明日舞台にかけられません。でも講談だと即日的にできます。芝居がもともと好きな人間なので、一人でできて、かつジャーナリスティックでもあるのが講談だと思ったんです」

雑誌編集者としてのジャーナリスティックな経験と、人前に立って演じたいという欲求が、うまく合致したのが講談だった。1990年に2代目・神田山陽に入門し、5年間の前座、8年間の二つ目を経て、2003年に“真打”に昇進する。もともと、オリジナル作品を書きたいという希望を強く持っていた神田だが、前座の間は創作ものは一切やらない。そしてはじめて高座にかけた創作もののネタが、“阪神淡路大震災”。自身の出身地である尼崎が震災の被害を受け、その現実を自分の目で見て、耳で聞いてきたものを講談にした。神田陽司の創作講談の原点は“ジャーナリズム”にあるとも言える。もちろん、古典作品もやるが、そこには常に神田ならではの“同時代性”の視点がある。

「株式相場から相対性理論まで、をうたって、ネタのジャンルも形式も問わない、ということで色々やってきました。自分が感動したこと、物理的に涙が出た話を基本的には講談にしたいと思っています。そして、司馬遷(中国の歴史家)をやっても、江戸時代の話をやっても、やはり現代のお客様が相手ですから、過去のお話に常に“現代”を仮託して表現したいと考えています。iPadも使いました、世界で最初に講談でiPadを使ったことになります(笑)。今の講談では暗記が中心で、本をおいてやってはいけないというような風潮がありますが、本があれば、時事的な話題をすぐ高座にかけることができます。だから私は“有本”の講談を復活させたいんです。たとえば “探査衛星はやぶさの最後”という作品は、はやぶさが帰ってきてすぐにやりました。本の代わりにiPadをおいて、最後に『はやぶさ』が地球に帰ってくるNASAのムービーをスクリーンでお客さんに見せる、という形にしました。iPad講談はこれから色々やっていこうと考えています」

創作講談では、ニュースや、最新のテクノロジーを題材にしたものも多いが、もうひとつ神田陽司を紹介するにあたって欠かせないのが、日本近代化の立役者の一人であり、国民的英雄として今も絶大な人気を誇る風雲児、坂本龍馬をめぐる、一連の幕末ものである。

「講釈師になってから坂本龍馬にはまりました。なぜなら、龍馬をやることで現代を描けると感じたからです。たとえば、今の日本をとりまくグローバリズムの状況、金融開国の問題にしても、江戸時代にペリーが来航したときの状況と通じるところがある。だから龍馬という人気者の話をしながら、現代を語ることができる。龍馬と薩長同盟に関しても、イラク戦争のことを仮託することだってできます。坂本龍馬という人物がこれほど日本人に人気があるのはなぜかというと、龍馬は別にしんどい思いをして理念をおいかけたのではなく、むしろ“わしゃ海の向こうへ行きたいぜよ”と言いながら正しいことをした、自分が好きなことをやって、結果として世の中を変えていったからだと思います。自分自身の自由な生き方の追求と、世の中を変える、ということが合致した稀有な例だった。理想主義者というよりは、商売をしたかったから、そのためには戦が邪魔だったから、戦を防いだ、というのが私の龍馬感です。中国とどのように向き合っていくかなど、危機的状況が現代の日本で高まれば高まるほど、幕末と龍馬に学べることは増えていくので、これからも幕末ものは書き続けていきます」

パレスチナ問題や、現代日本社会における経済犯罪など、神田陽司は常に“ホット”な話題を選ぶ。そこには、“言葉の持つ力”にかける神田陽司の強い思いがある。

「言葉というのは、一番力のあるメディアだと思っています。探査衛星や、相対性理論にしても、CGで説明するよりも言葉で説明したほうが伝わるのだと考えています。言葉というのはホットなメディアなんです。だからこそ、戦時中は戦意高揚のために使われるという、ある意味で危険なメディアと化してしまったのも、言葉の力が強いからだと思います。政治家の語りにしても、強い説得力をもつ人の演説は講談的です。言葉に説得力がある人物が、今までもずっと世の中を動かしてきたのではないでしょうか。田中角栄や、オバマ大統領しかりです。小泉元総理の語りも講談的です。あの人がなぜあんなに説得力が出たかというと、歌舞伎やオペラなど、ライブのものを聴いていたので、効果的に“引き”の呼吸を使って、ボリュームの最小コントロールができた。映画やテレビはボリュームが一定で、決められている。講談は、リズムに変化をつけます。政治家の演説は説得力があるようで、リズムが一定なので、聞いている人はすぐ飽きてしまいます。講談はそれをいかに飽きさせず、変化をつける方法論が確立されています。結婚式のスピーチをやるとき一番下手なのは、得てして社長など“長のつく人”、トップの人は、雄弁であっても喋りが下手なんです。ふだん自分の話をほめてくれる、観客がいい反応をすることに慣れてしまっている。小泉元総理がうまかったのは、劇場などで、人の“語り”を聞く、という文化的な趣味があったからでしょう。話が上手くなるためには人の話を聞くこと、そして人に“聞かせよう”と思っているかどうかが大事です。相手の反応をみながら話すことです。最近は、みんながモノローグになってきているところがありますね」

人の話を聞き、そして人に話を聞いてもらおうとすること。それはコミュニケーションの基本だが、たしかに最近はそれができていない人が増えているのかもしれない。一方通行で終わってしまう言葉は、誰にも受け止められなければ、発したその人に返ってくることもない。そんな時代に、日本がつちかってきた“伝える言葉の技術”の粋を集めた講談は、話し方のリズムからスピード、そして伝えようとする姿勢など、多くのことを教えてくれる。神田陽司が講談を通して“伝えたいこと”も実に明確だ。

「私は、講談で人間の“可能性”を訴えていきたい。龍馬のような英雄について語るときも、やはりテーマは“人間にできること”であり、虚無主義の否定です。講談は、“人間は凄いことができる”ということを描くもの。志、言葉で世の中を変えていけることを伝えたい」

これからやりたいネタは「チリでおきた鉱山の落盤事故からの救出劇と、ドストエフスキー」と応える神田陽司にとっては、それが古典であろうと、ロシア文学だろうと、現代社会におけるニュースであろうと“ホットな人間のあり方”を伝えたいという確固たる思いがある。そのために、自身が創作した講談の多くをネットで公開している。それは神田陽司が「読んで終わり」なのではなく、ライブで見て感じることこそが、その人に強烈な体験となるという、“生の言葉”によるコミュニケーションを信じているからだ。



神田陽司 公式サイト:www.t3.rim.or.jp/~yoogy

日本講談協会定期公演『講談新宿亭』 神田陽司「坂本龍馬と薩長同盟」ほか

日程:2010年11月10日(水)
場所:新宿永谷ホール
電話:03-3833-1789(永谷商事)

早稲田 講談・落語会 神田陽司「大隈重信」

日程:2010年12月1日(水)
時間:日本橋公会堂
電話:03-3383-0962

テキスト 七尾藍佳
※掲載されている情報は公開当時のものです。

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