“脅威”のダンサー森山開次の世界

NYタイムズが“脅威”と評するダンサー、“踊る”とは“生きる”

Read this in English
“脅威”のダンサー森山開次の世界

「ダンスとは生きること」そう語るダンサーがいる。森山開次、36歳。彼がダンスを始めたのは、なんと21歳になってから。クラシックバレエなどに比べれば、年齢が高くなってから始める者も多いコンテンポラリーダンスの世界にあっても、それは遅い出会いといえる。しかも森山は幼少時から、人前で体を使って表現することが苦手だったという。だがひとたびダンスと出会ってからは、数年の内に成果を出す。2001年、エジンバラフェスティバルでは「今年最も才能あるダンサーの一人」と絶賛、2005年にニューヨークで発表した『KATANA』はニューヨークタイムズ紙に「脅威のダンサーによる驚くべきダンス」と評され、ソロ公演を開催するごとにチケットが完売する、人気・実力・評価ともに、世界でも一流のダンサーとなった。

2010年6月26日(土)には、ウィリアム・バトラー・イエーツが日本の能に触発されて書いた『鷹の井戸』という作品に出演。共演者は、2004年のタイム誌アジア版で「アジアの英雄20人」にも選ばれ、サンフランシスコ・バレエ団のプリンシパルとして15年活躍しつづけているヤンヤン・タン、そして能楽師の梅若玄祥だ。また7月には、2001年に初のソロ公演を行ってから10年目であることを記念し、日本の民話『鶴の恩返し』を題材にした『翼 TSUBASAT』が再演される。こちらは新進ファッション・デザイナーやジャズ・ミュージシャンが参加する舞台となる。そして8月には、佐渡で薪能の舞台に参加する。新しいものと古いものの間を自在に飛び回って行くような、誰にも真似のできない独自のダンス表現を持つ森山だが、その源泉はどこにあるのか、本人に尋ねた。

「21歳の時に初めてミュージカルの舞台を観に行って、これだ!と思ったんです。それまでは、自分の中で表現したいものをどうやって形にすればいいかわからず、どちらかと言えば自分の中に閉じこもっている人間でした。それから、劇団に入りミュージカルに必要なダンス、バレエ、ジャズ、などをすべて同時に習い始めたんです。その時に、それぞれのジャンルのダンスにおける身体表現について、何でバレエはこういう動きになるんだろう?というように疑問を持ち、自分の身体が欲している動きと合わないところを照らし合わせるのが面白くなっていったんです。ミュージカルよりも“踊り”に自分の表現したいものを見出したんですね。僕はこうしたい、という想いが出てきて、自分が創らないと、その想いは伝えられないということで、自分の創作ダンスを始めたんです」

ダンサーに話を聞く時は、そのダンサーがどんな規律(ディシプリン)に則って訓練をしてきたのか、どのコンクールで評価され、どのカンパニーに所属したのかに目がいきがちだ。だが、人の心を動かす踊りにライセンスは要らない。どの世界にもフリーランサーがいるように、伝統的なダンスの体系から自由となった森山にしかできない表現がある。

「21歳という年齢でスタートしたその時点で、留学やコンクールという選択肢は無かった。一から基礎を学ばないといけなかったのだろうけれど、その時間が無かったというのが現実でした。この世界でやっていくと決め、どうやったら自分の表現の場を持てるか、ということを試行錯誤してきた結果、他の人とは違うダンスの道を歩んでいる、と見られるようになったのかもしれません。小さい頃からダンスをやっていなかったことがむしろ、今に活きているところがあります。小さい頃は人前に出るのが恥ずかしくて、赤面症でした。でもその分、自分のことを表現したいという思いは人一倍あった。そういう思いが、ダンスと遅くして出会ったことで、噴出しているのでしょう」。

体を音楽に合わせて動かすことはおろか、自分の感情を伝えることも苦手だった青年は、ダンスに出会い、「嬉しくって、迷い無くのめりこんで行った」という。誰よりも“新しい”ダンスを提供してきた森山だが、一方で、日本の“伝統”とも縁が深い。日本人なら誰もが知っているであろう民話を主題とした『翼 TSUBASA』、そして能などの伝統芸能とのコラボレーションも多い森山は、“日本”と“伝統”をどう考えているのだろうか。そのキーワードは“不在”にあるようだ。

「小さい頃から、人の陰に隠れていたいタイプだったので、気配を消すのが得意なんです。“ここに自分がいる”というよりも“いない”ということを表現する踊りに興味があるんです。そこが、日本の古典文学、や能に惹かれてゆくことと繋がっていると思います。能の作品の多くはお化けが主人公。そこにいないはずの人が“顕れる”舞台。そういう存在のあり方は日本独特のもの。『鷹の井戸』も、そんな日本的感覚に惹かれたイエーツが書いたもので、人の想念が本来存在しないものを立ち顕させるような物語です。日本という文化が揺れ動いてきている中で、何が“日本”なのかわかりにくくなっているけれど、それでも今まで培ってきた日本という伝統は生きていると信じているから、伝統と新しいものを融合させていきたいと考えています。自分にできるのは“今”の日本の文化を創っていくこと。だから今を見つめないといけないし、今まで受け継がれてきた伝統もちゃんと踏まえた上でものを作っていきたい」

もし、森山開次が室町時代に生まれていたら、『能』という新しい芸能を作り出した一員となっていたかもしれない。そして彼のような人々が“文化”を創ってきたのだろう、そんな気持ちにさせられる。森山は、より広い視点で“文化”の一翼を担う“ダンス”を考えており、児童教育に携わる人のためのダンス・ワークショップの講師をつとめるなど、その活動の幅を広げている。

「コンテンポラリーダンスというと、高尚なものを表現するとか、宇宙がどうとか、そんな風に、難しく構えてしまいがちだけど、僕の場合は“かっこつけて踊る”ということが原点にあるんだと思います。それは動物にとってすごく根源的なこと。孔雀などの動物は求愛する時に踊ります。だから、言い方を変えれば、“かっこよくありたい”ということは“求愛の想い”、つまり愛のはじまりにあること。そして今、ダンスという言葉は自分にとって“からだ”という言葉と同義語になって来ています。だから、ダンサーだけがダンスをしているわけではない。誰もが“からだ”を持っているのだから、誰もが踊っているんです。ダンスの本当の魅力は、長い年月をかけて“生きる”ことにあるのではないでしょうか。最近亡くなった母は、体が動かしにくくなる病気でした。お茶ひとついれるのも痛々しいくらいだったけれど、一生懸命に表現し、もてなそうとする。それはダンスだったんです。日本人はもともと踊りが大好きな人たちです。昔は、祭りなど、日常的に踊る場があった。現代では、人が集まって舞台を観る場として、ステージがその役回りを担っている。ステージでは僕は体を投げ出して踊るので、ぜひ劇場に足を運んで観に来ていただきたいと思っています」

表現することを知らずに、表現することへの飢餓感を抱えて生きてきた森山開次。必死に自分の踊りを模索しつづけて来た彼は、今、別の地平で“踊り”と向き合うようになった。生きることを問いかける彼の踊りを見れば、あなたの中で眠ってきた“踊ること”への欲求が覚醒するかもしれない。

森山開次 ソロダンスツアー2010『翼 TSUBASA』

場所:世田谷パブリックシアター(地図などの詳細はこちら
日時:2010年7月23日(金)19時30分
7月24日(土)14時00分、19時00分
7月25日(日)14時00分
演出・振付・美術・出演:森山開次
料金:S席5500円(当日6000円)、A席4000円(当日4500円)
劇場チケットセンター:03-5432-1515
劇場オンラインチケット:setagaya-pt.jp/ticket_buy/
チケットぴあ:0570-02-9999

佐渡薪能

日程:2010年8月18日(水)、19日(木)
問い合わせ:佐渡観光協会 0259-27-5000
ウェブ:www.kodo.or.jp/ec/event/relation2_ja.html

森山開次展(ダンスを含めた映像作品)

日程:2010年11月11日(木)から12月22日(水)まで
場所:ギャラリーA4(東京・竹中工務店本社ビル内)

テキスト 七尾藍佳
※掲載されている情報は公開当時のものです。

この記事へのつぶやき

コメント

Copyright © 2014 Time Out Tokyo