2015年02月05日 (木) 掲載
西武新宿駅から本川越駅までを結ぶ、西武新宿線。黄色い電車が各駅停車する、新井薬師前、沼袋、野方の駅前は、その3駅から程近いJR中央線の中野や高円寺駅前と比べて知名度も低く、のどかな雰囲気が漂う。そんな「用事がなければ降りない駅」とまで言われがちな場所だが、降りてみれば西武新宿線の谷根千的存在と言っても過言ではないほど、味わい深い街だ。今では数少なくなった銭湯や卓球場が地元の人で賑わう沼袋、野方の商店街は活気に溢れ、新井薬師前には有名な梅照院から非常に個性的な公園まである。そして、どの駅前もグルメスポットとして、主に飲ん兵衛たちから、厚い支持を得ているのだ。勝手ながら、タイムアウト東京はこの取材を機に、新井薬師前、沼袋、野方を、西武新宿線の新沼野(あらぬまの)と命名した。知られざる西武新宿線ワールドにどっぷりと浸かってみてほしい。
新井薬師前駅周辺は、見た目の点では新沼野一帯の中でも比較的地味に感じられるかもしれない。その実、かなりエッジの効いた場所が駅周辺に潜んでいるのだ。駅前に存在するにしては一筋縄でいかないような店が、控えめな佇まいで点在する奥ゆかしい様には、きっと興味をそそられるだろう。さらに、有名な梅照院や個性的な公園、哲学堂公園などのスポットも見逃せない。新井薬師前の底知れなさを味わう大人の散歩は、看板のない洋食店のランチから始めよう。
沼袋駅近くにある洋食店。大きな看板が出ていないため、思わず通り過ぎてしまいそうな佇まいの店だ。同店1番の人気は、土曜日限定30食の『和牛ローストビーフ』だが、レギュラーで提供されている看板メニュー『ビーフシチュー』もおすすめ。シチューに入った大きな牛肉は、フォークで切ることができる柔らかさ。大きめの野菜がごろごろ入っているのも嬉しい。上品でありながらどこか懐かしい味付けで、少し特別な日に食べたくなるような逸品。
ランチがすんだら買い物だ。ここでは新井薬師前の虜になってもらうべく、大人のための3軒をピックアップ。大人だけが知ることのできる、その魅力を紹介しよう。
駅の南口を出るとすぐ目の前に現れる文林堂書店は、1916年創業の老舗古本屋。店の前まで溢れている古本と、ドアに貼られた「本の無いところ 暴力が生まれる。電子メディア時代と人間性の崩壊」という文字から、同店が只ものではない様子が察せられる。店内には小説や専門書、漫画本などジャンルを問わず様々な本が天井まで積み上がっているが、中でも突出しているのがポルノ雑誌やグラビア写真集。その種類はSM系から同性愛ポルノまで多岐に渡り、駅前の古本屋とは思えない品揃えだ。
店を訪れると一見、駄菓子屋かと見まがうが、ぎふ屋は1949年創業のたばこ屋。駄菓子やフィギュア、漫画、LPレコードなど、昭和を生きた大人たちにとってはたまらない懐かしのアイテムが、所狭しと並んでいる。カウンターでは巻きたばこも含む多くの銘柄のたばこを販売。子どもから大人まで誰もが楽しむことのできる、新井薬師前の憩いの場となっている。
駅から徒歩8分程の少し離れた場所にある味ノマチダヤは、日本酒や焼酎、梅酒や泡盛など、豊富な種類の酒を取り揃える酒屋。店内にはぎっしりと酒が陳列されており、どれを選んだら良いのか迷ってしまうほど。海外への輸出なども行っており、正月ともなれば600人ほどの客が列をなすというから驚きだ。商品の中でも、特にカップ酒の品揃えは圧巻。飲んだことのないカップ酒を購入して、近くの梅照院や哲学堂公園で地元民に混ざりつつ1杯やってみてはいかがだろうか。
ここまでで古本に駄菓子、ついでにカップ酒まで購入したあなたは、渋い中高年男性スタイルに染まってきたところかと思う。次は、新井薬師前の憩いのスポットを2つほど紹介しよう。カップ酒を飲むのは哲学堂公園に着いてから、大人の古本は外では広げず、チラ見する程度にとどめよう。
眼病平癒のお守りが有名な同所には、この地に訪れたなら必ず立ち寄りたい。絵馬は『めめ絵馬』と呼ばれ、「め」と、逆さ文字になった「め」の2つが描かれている可愛らしいもの。また、病気平癒の願いを込めた巾着型の『巾着御守』も人気が高い。本尊は、弘法大師作と言われているが、戦乱のさなかに消失。ところがその後、行春という僧が、新井の里の梅の木の穴から尊像を発見、新たに堂を建てたのが梅照院の始まりとされている。
哲学者の井上圓了が、哲学的論理を物質的な形で表現したいと考え造ったという、日本でも類を見ない個性的な公園。公園の中には異なった教えを象徴するものが77箇所もあり、例えば鬼神窟という場所には、「髑髏庵から復活廊を通り、この屋に至れば精神は俗界を離れて霊化するとして、この名が与えられ、その内室を接神室、桜上を靈明閣と呼ぶ」という教えが記されている。丘の上には、明治時代に建てられた6つの建築物が点在しており、花見のシーズンと10月の休日と週末には一般公開されている。公園で哲学に耽るのも良いが、カップ酒片手に将棋を指す、地元民達の姿を眺めるのもまた味わい深い。
参拝と散策が済んだら、そろそろ店で飲み始めよう。新沼野は肉の街でもあるので、野方、沼袋と同様に、新井薬師前も肉料理を出す居酒屋が充実している。さらに、中央線沿線界隈に住む飲ん兵衛なら誰もが1度は訪れたことがあるであろう、四文屋の本店も新井薬師前にあるのだ。
まずは、仕事帰りに立ち寄りたくなる定番の本店詣から始めよう。西武線沿線やJR中央線沿線に多数の店舗を展開する四文屋の本店は、新井薬師前駅南口のそばに店を構えている。「焼とん 焼とり」と書かれた黄色い屋根が目立つが、馬刺や牛レアステーキなども出していて、焼きとんや焼き鳥は1串100円から、ハイボールが350円の値段設定も嬉しい。
駅の北側すぐのところにあるイラン居酒屋。「おつかれさん」という店名や店の外観から、日本の居酒屋やスナックのような印象を受けるが、枝豆や冷や奴といった居酒屋の定番に紛れて、『クビデ』や『オリビエサラダ』などの異国情緒漂うメニュー名が並ぶ。写真は、『マヒチェ』(1,700円)というペルシャ料理。濃厚なトマトソースで長時間煮込んだ羊肉はトロトロだ。同店は羊肉を使った料理が多いが、毛嫌いせずにぜひ一口挑戦してみてほしい。爽やかなミントやトマトとともに少しクセのある羊肉を頬張れば、口の中で絶妙なハーモニーが広がる。遠いペルシャに想いを馳せて、日頃の疲れを癒そう。
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