2015年01月17日 (土) 掲載
小説やエッセイを読んだ際、さりげなく登場する料理の名前や描写が、読後にまでも深く印象を残していることはないだろうか。作品に叙情的な厚みを加え、強烈なイメージとなって脳裏に焼き付く料理は、作家が思い入れや意図を持って配置した、作品の重要なエッセンスとも言えるだろう。実際、食に強いこだわりを持つ作家は多く、彼らの著作に贔屓の料理店の名前が繰り返し出てくるのもよくあることである。ここでは、明治~現代までの文豪と関係深い料理店を10軒選び、紹介したい。下町の洋食店や老舗の和食店など、いずれも文豪が活躍した当時から営業を続ける老舗揃い。往時に想いを馳せながら、長きにわたって受け継がれてきた味を堪能してほしい。
1907創業の洋食店、松榮亭の看板メニューとなっている『洋風かきあげ』は、夏目漱石に深い関わりを持つメニュー。初代店主が、東京帝国大学で教鞭を取っていたドイツ人の哲学教授フォン・ケーベルの専属料理人を務めていた際、ケーベル邸を訪れた漱石に「何か、めずらしいものを、すぐにこしらえて出してください」とリクエストされて作ったのが始まりと言われている。豚肉、玉ねぎ、卵、小麦粉のみを使用したシンプルなレシピは今も守られており、当時を偲ばせる素朴な味を楽しむことができる。写真:『洋風かきあげ』(950円)
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1866年に創業した鰻料理店の竹葉亭。永井荷風の『断腸亭日乗』に銀座店がしばしば登場するほか、夏目漱石、泉鏡花、林芙美子らの作品にも登場しており、明治より誰もが知る人気店であったことが想像できる。同店で息子の見合いを行ったという歌人の斉藤茂吉も、常連の1人だ。名物は、ふっくらとした食感の鰻が乗った『うなぎ丼』。震災、戦火も乗り越え、100年以上にわたって継ぎ足されてきたタレが塗られた鰻からは、甘く芳ばしい香りが立ちのぼり、食欲を刺激する。写真:『うなぎ丼』(3,240円)
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西洋料理店の草分けとして知られる資生堂パーラーは、前身の「ソーダファウンテン」時代より、永井荷風、谷崎潤一郎など多くの文人が通った名店だ。食通として有名な池波正太郎も、この店を愛した1人。著書『散歩のとき何か食べたくなって』では、「戦前の銀座が、いまも尚、味に残っている」として、少年時代に初めて訪れた際の感動と、洗練された料理への想いを語っている。『ミートクロケット』や『チキンライス』など、池波も食した伝統的メニューを味わいつつ、銀座の今昔に想いを馳せてみては。写真:『ミートクロケット』(2,470円)
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浅草という土地柄もあり、国内外からの客でいつも賑わう風流お好み焼き 染太郎。天井の低い座敷や木枠のガラス戸、長年の煙で煤けた壁が醸し出す風情は、昭和初期にタイムスリップしたかのような錯覚を覚えさせる。奥の部屋に飾られているのは、江戸川乱歩、開高健、荒木経惟ら、同店を愛した著名人の色紙。多くの文化人が通った店として知られているが、中でも、屋号の名付け親である高見順と、亡くなる前前日まで訪れていた坂口安吾は常連中の常連。彼らの作品の中にも染太郎は登場しており、その愛着が伺える。写真:『染太郎焼』(900円)
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三島由紀夫が最後の晩餐として選んだ鳥割烹の店。創業は1909年。三島は、同店の伝統的な鳥料理を愛し、足繁く通っていたという。決起前夜に食した軍鶏鍋は、現在も夜の『わ』コースで味わうことが可能。料金は8,640円からで、全6品〜9品までの4種類のコースを揃える。気軽に訪れやすい昼時は、ひき肉を使用した親子丼の『かま定食』を提供。奥久滋軍鶏、東京軍鶏、地養鶏、合鴨をブレンドしたひき肉は甘くしっとりと味付けられ、懐かしい味わいだ。写真:『かま定食』( 1,080円)
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川端康成や三島由紀夫らが通った、1962年創業のとんかつ専門店。古木や無垢材を使った店内には、骨董や書、拓本などが飾られ、歴史ある古民家のような雰囲気が流れる。自慢のとんかつに使用する肉は、あえて銘柄などを限定せずその時期ベストなものをセレクト。揚げ油にはコーン油とごま油をブレンドしており、低温で煮るようにじっくりと揚げ、肉の旨みを最大限に引き出している。定食では、白米と青しそご飯が選択できるのも嬉しい。写真:『国産銘柄豚ひれかつ定食』(150g/2,400円)
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洋食の老舗である煉瓦亭も、多くの文化人が愛した店として知られている。『楡家の人びと』や『どくとるマンボウ』シリーズで知られる作家、北杜夫もその1人。『マンボウ哀愁のヨーロッパ再訪記』では、「ほどよく冷えたビールの小ビンに、カリッと揚げたての上カツレツとピカピカのライス、そしてアツアツのコーヒー。まさしく銀座の昼食バンザイ!と叫びたくなってしまう美味しさ」と紹介している。北も絶賛した、サクサクと衣を噛む音が頭の中に響きわたるほどの揚げたて食感は、ぜひ一度体験してほしい。写真:『上カツレツ』(1,900円)
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1950年創業の広東料理店。落ち着いた濃い茶系のトーンで統一された店内は、高級すぎずカジュアルすぎない居心地の良さがあり、著名人にもファンが多い。特に常連として良く知られていたのは、昭和の小説家、吉行淳之介。よく注文していたという『蠔油牛炒麺(カキ油牛肉ヤキソバ)は、広東風のややコシのある焼きそばにレタス、キクラゲ、牛肉が豪快に盛られた一皿。濃いめの味付けで、ボリュームも満点だ。写真:『蠔油牛炒麺(カキ油牛肉ヤキソバ)』(1,080円)
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店構え、店内ともに純和風の民家のような雰囲気を漂わせる芳味亭は、1933年創業の洋食店。戦後を代表する脚本家であり、小説家、エッセイストでもあった向田邦子は、47歳にして人形町を初めて訪れ、以来たびたび同店にも足を運んだという。三和土の玄関、畳の小上がりなど、昭和情緒たっぷりの店内では、『スチュー』や『オールドオーブル』など、昔懐かしい味の定番洋食を提供。初めて訪ねるなら、コロッケやハンバーグ、海老フライなどの人気メニューが一度に味わえる『洋食弁当』がおすすめだ。写真:『洋食弁当』(1,550円)
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村上春樹がまだ小説家になる前、ジャズ喫茶の開業資金を稼ぐためにアルバイトをしていた青年時代に、夫人と落ち合ってよく食事したという店。店内はカウンターのみで、メニューは『天ぷら定食』と『えび定食』がメイン。13時からは単品の追加も可能だ。揚げたての天ぷらを安価で味わうことができ、ハルキストならずとも訪れてみる価値あり。近隣には、姉妹店のとんかつ いもや、天丼 いもやもある。写真:『天ぷら定食』(700円)
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