2015年02月13日 (金) 掲載
ハイエンド鮨屋の評価はなかなか難しい。それは「親方のキャラ」が、店の印象をトータル的に決めてしまうからだ。仮に、まったく同じ食材、調理法、金額の鮨屋が2軒あるとして、1軒には明石家さんまのようなトークの親方、もう1軒は高倉健のような親方がいるとしたら、あなたはどちらを選ぶだろうか?鮨屋というのは世界でも類を見ない「シェフと食材や調理法の相談をしながら食事をする店」であり、今風の表現をすれば、すべてのハイエンド鮨屋は「シェフズテーブル」なのである。客がその店を気に入るかどうか、究極には相性と言うしかない。
とはいえ、それでは「東京の鮨屋 10選」などいつまでたっても選ぶことはできないので、ここでは次の3点を意識して選んだ。
・超高額店ではないこと
飲み物別で、1人前税込み2万円以上かかる店は「超高額店」と言っていいだろう。1人あたり平均3万円の店と1万の店を並列に語るのは、客単価800円のラーメン店と2,500円の高級中華ランチを比べるようなものである。
・ミシュラン掲載店ではないこと
これはシンプルに、有名店の羅列では情報として面白みがないし、点数や星など、数値的な評価に対するささやかな違和感の表明でもある。
・親方のキャラに個性があること
鮨屋の印象を決めるのは親方のキャラクターである。伝統を重んじるのか、意外性を打ち出すのか。シャリへのこだわりは?飲み物の品揃えは?など、オーナーシェフである場合は、店の場所選びから値付け、サービスにいたるまで、ほぼすべてが親方のキャラだと言っていいだろう。私にとって、鮨屋の楽しみは「親方を楽しむ」ことでもあるのだ。
海外も含めると年間100店以上の鮨屋を訪れる私が、悪い意味で人生で一番ショックを受けた握りは、10年以上前に上海で食べたものだ。それは、酢飯ではなく味がついていない米に魚がのっている「サシミご飯」だった。それ以来、私は鮨におけるシャリの重要性を強く意識するようになった。継ぐ鮨政において、その店名と同じくらい個性的なのは茶色に近い、赤酢のシャリだ。見た目の色に対して、決してシャリの味が濃いわけではないところがポイント。マグロだコハダだとネタの好みが話題になることは多いが、シャリでも自分の好みを探ってほしい。鮨の原点を求めて、滋賀県のなれずし専門店に住み込みで修業したこともあるという親方、周嘉谷正吾のこだわりは、もちろんシャリだけには留まらない。ハイエンド鮨屋には珍しく、一品料理のメニューが約40種類あるという充実ぶりは特筆に値するだろう。つまみには火が入っているモノも多く、生物が苦手な外国人を連れて行くのにも好適。
おまかせコース:1万円〜
18時00分〜24時30分(最終入店)
休み:日曜日
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一部のマグロの種が、国際自然保護連合の指定する「絶滅危惧種」であるという事実は、日本より海外で実感することが多い。ロンドンの日本食店では「マグロは使いません。理由は……」という説明が、テーブル上のメニューに詳しく書かれていたし、パリのビストロでは「絶滅危惧ではない」という但し書きのマグロがオンメニューされていた。そんな時代にあって、マグロを思い切り、しかも超高額ではなく食べたいというのであれば、私がすすめるのは奥沢にある入船しかない。赤身、中トロ、大トロ、大トロ炙りなどマグロの握り12カンと、巻き物にタマゴをのせた『鮪づくしにぎり』セットが16,200円。『究極の鮪づくし丼』が10,800円など、素材のレベルから考えれば非常に良心的な価格で食べることができる。「自分の趣味はマグロ」と言い切る親方の本多克己は1968年の開店から40数年の間、ほとんど店を休まず、今でも1年365日オープン、ランチと夜の間の一時閉店もないというワークスタイルには驚嘆せざるを得ない。ちなみに、個人的な私のおすすめは、予約時に確認を取ってから好みの赤ワインを持参し、大トロの炙りと合わせることである(テーブル席のみ)。
おまかせ鮨:10,800円(マグロ以外も含むセット)
11時00分~22時00分
休み:なし
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ここ数年の東京のハイエンド鮨屋を語る上で欠かせないのが、四ツ谷「すし匠」系である。チェーンではなく「のれん分け」となるので経営は別。店それぞれに個性があるのだが、突き出しの海ぶどう、つまみと握りを交互に出す、白シャリ、赤シャリの両方を使い分けることなどほぼ共通したスタイルが、都内の鮨好きにとって安定のブランドになっていると言っていいだろう。一番町 てる也の飯田照也は、ニューヨーク在住だった高校生時代に和食店でアルバイトを始め、その縁で鮨屋を目指すことになったという。つまみ、握りを交互に小さいサイズのものを20種くらい、というのは「すし匠」系共通だが、細かいスパイス使いやデザートに親方のキャラを感じた。取材時に飯田がふと漏らした「すし屋で『おまかせ』というのに、お客さまも店側も慣れすぎているかもしれない。自分が最近行くのは『お好み』で注文できる店」という言葉が印象に残った。
おまかせコース:19,000円(税込み)
18時00分〜22時30分(最終入店)
休み:月曜日
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鮨屋の印象は親方のキャラで決まる、と書いてきた。そして親方のキャラを客側がどう感じるかは、本人の性格やトークの雰囲気はもちろん、どんな飲食店で修業してきたかというバックグラウンドにも大きく影響されると考えている。早川輝は、鮨、和食だけではなく、串焼き屋でも修業をした幅広いバックグラウンドの持ち主だ。鮨の伝統を尊重しながら、一般的な鮨屋とは違う手法を用いる。季節感を持たせるため、カスゴの昆布締めに桜の香りを移す、キンキの皮を藁で炙り、肝醤油を合わせるといったことだ。また、大トロを炭火で炙った大ぶりの手巻きにトリュフを削って乗せるものは『早川スペシャル』と呼ばれる、定番のシグネチャー鮨。料理以外の部分で「早川」を大きく特徴づけるのは、そのエントランスだ。ビルの外、中、店の入り口のどこにも店名の看板は出ていない。エレベータで5階に降りても、目の前にあるのは鉄扉だけ。腰を落ち着けてしまえばおしゃれで居心地のいい場所なのだが、初めは少し勇気がいるかもしれない。こうしたエントランスのつくりにしているのも、また「親方のキャラ」なのである。
おまかせコース:18,000円(税抜き)
18時00分〜23時00分(最終入店)
休み:なし。ただし日曜日は、鮨 風という名前で2番手のシェフが鮨を握る
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この店にはマグロがない。季節や価格を問わず、仕入れないのだ。その理由は極めてシンプル、親方の廣瀬隆司が「白身や貝、光ものなど、マグロ以外の鮨が好きだから」だという。全国に鮨屋は約3万店あるが、マグロをまったく置かない店はほとんどないのではないだろうか。店のウリは「締めたもの」である。常に30種類程度あるネタの中で、昆布締めだけでも12〜13種類は置いている。取材に行った日でいえば、ヒラメ、ミズダコ、スズキ、ホウボウなど。和食の板前ではあったが、鮨職人としての下積みを経験せずに鮨屋になったという親方のキャリアが、この独自性につながっているのだろう。偏った私見だが、「鮨、寿司、鮓」と複数の表記が可能な「すし」の中で屋号に「鮓」の字を使っている店は、店の個性が強いように思える。
おまかせコース:握りのみ 8,000円〜/つまみ+握り 12,000円〜
18時00分〜23時00分(最終入店)
休み:水曜日
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飲食店に限らず、何かを評価するときには、リファレンスや評価軸が重要だと考える。慣れ親しんだ香りや味を自分なりの基準に置けば、それよりは◯◯だ、△△だ、という位置づけができるからだ。これから、色々な鮨屋を巡って評価してみたいという人は、この店を基準にすると面白いかもしれない。それは、鮨ネタとシャリ、わさび、煮切りなど以外「トッピング」的なことをほとんどしないからだ。その是非は別として「トッピング」は、瞬間的に香りや味を大きく変えてしまう。また、ます田はシャリも特徴的なので、その特徴を自分はどう言葉として基準にするか、食べ手にとって興味深い課題となるだろう。親方、増田励の出身店が特筆されることが多いが、夜は2時間じっくり楽しめること、店内のスタイリッシュさ、ワインやシャンパーニュも常備すること、6席の個室がある使い勝手の幅広さなど、トータルな体験としてはかなり印象が異なるはずだ。
おまかせコース:握り 18,000円〜/つまみ+握り 23,000円〜
昼 11時30分〜14時00分/夜 17時00分、19時00分、21時00分の3回転
休み:日曜日、祝日
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今回紹介する10軒の中で一番の老舗であり、世に広く知られる店でもある。それでもあえて取り上げる理由は、多くの客が㐂寿司の魅力と認める「店そのもの」が建て替えられる可能性があるからだ。築60年を超える木造家屋は、当初は置屋として使われており、1952年に別の場所で営業していた㐂寿司が移転し、鮨屋として改装したそうだ。3代目の親方、油井隆一によれば、自身の仕事は「先端ではなく、古い仕事を掘り下げる。いわば『鮨のクラシック』」だという。マグロ、煮ハマグリ、穴子といった一般的な握りに加えて、煮イカの中にかんぴょう、生姜、海苔、シャリを詰めた『イカの印籠詰め』や、酢締めしたコハダを、煮たエビと交互に重ねることで手綱(たづな)のように見える鮨、『手綱巻』など、他店であまり見掛けない品もある。江戸や明治は言うに及ばず、昭和の雰囲気が残る建物さえ次々に消えていく昨今、「東京の無形文化財」ともいえる伝統的な鮨屋体験をするなら、今のうちだ。
おまかせコース:15,000円〜
平日 昼 11時45分〜14時30分/夜 17時00分〜21時30分/土曜日 11時45分〜21時00分の通し営業
休み:日曜日、祝日
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日本食、特に鮨の世界においてクリエイティブであることは、必ずしも歓迎されるとは限らない。サーモンやアボカドを多用した「創作すし」が人気のハイエンド店というのは聞いたことがないし、トロの炙りでさえ、伝統から外れるという理由で否定する店も少なくない。しかし、鮨 くりや川では、伝統的な鮨屋の仕事に加えて、クリエイティブとしか言いようのない料理がいくつか出される。例えば、カニ、酢飯、ウズラの卵を小さな杉板の上に乗せてオーブンで軽く焼いた『焼きずし』。小さな巻き物に椀入れてスープをかける『巻き物茶漬け』などは、この店でしか食せないはずだ。親方の厨川浩一は「素材も味つけも、特殊なものを使うわけではないが、お客さまに『今まで、食べたことがない』と思ってもらうように心掛けている」と言う。自家製のカッテージチーズが使われていたり、くちこが半生だったり、小さな驚きに満ちた料理が夜には握りも含めて25〜27品ほど供される。また、幼児連れでも大人がカウンターでゆっくり料理を楽しめるように、なんと店内にベビーシッターのサービスまで設けているという。無類の子ども好きを自認する親方ならではのアイデアだが、ハイエンド鮨店でこんなサービスがあるのは、おそらく世界でここだけだろう。
おまかせコース:17,000円(税込み)
昼 11時30分〜14時30分(平日は事前予約のみ)/夜 18時00分〜23時00分
休み:月曜日
※ベビーシッターに関しては要問合せ
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鮨 大前はあらゆる意味で個性的だ。入口に「鯖のおいしい店」と大書されているように、鯖、鰯、コハダなどの光物がウリであること。アルコールもソフトドリンクも、持ち込み料なしで持ち込めること。そして、親方である大前守の興が乗ったときのトークは爆笑必至である。新橋駅からほど近い、東海道線のガード下というロケーション。9席のみでかなり狭い店のつくりは好みが分かれるところだが、70代の大前と息子、そして娘という家族経営の雰囲気も良い。料理はおまかせコースのみ。サシミ、焼き物、握り、味噌汁が基本で、季節によって牡蠣が出ることもある。鯖は、産地が異なる2種が刺し身で出され、味の違いを知ることができる。魚の新鮮さを重視するため、素材は朝仕入れたものをその日に使い切る。そのため、土日祝日以外にも築地市場の休みと連動し、水曜日が休みになることもあるので注意を。
おまかせ:6,000円〜
17時30分〜23時30分
土曜日、日曜日、祝日、水曜日(築地市場の休場と同じ)
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東京で築地以外にも魚の卸売市場があることは、ほとんど知られていないのではないだろうか。武寿司は、千住大橋の近くにある足立市場の場内にある鮨屋であり、営業時間は朝8時〜14時まで。鮨の写真をよく見てほしい。親方の塚越利光が選んだ『おすすめの3カン』は、マグロもコハダも穴子もなく、カマスの炙り、白子、煮ハマグリだ。素材の調達に不自由する場所ではないから、これは親方の自信の表れといえるだろう。東京駅から30分以上かかり周辺にも魅力的なスポットがあるわけではないが、築地場内の鮨屋に2時間並ぶ間に、ここならゆっくりと食べて都心と往復できてしまう。価格は築地の人気店の半額。日本酒が常に20種類以上と充実しているのも、早い時間から飲みたい人間には嬉しい。
おまかせ握り:1,100円/上 1,900円/特上 3,000円(税抜き)
8時00分〜14時00分
休み:日曜日、祝日、不定期で水曜日(足立市場の休場と同じ)
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