Dボウイの息子が語る映画、父

ダンカン・ジョーンズ監督『月に囚われた男』インタビュー

Dボウイの息子が語る映画、父

ダンカン・ジョーンズついて語るとき、彼の有名な父親(デヴィッド・ボウイ)ばかりを取り上げるのはそろそろ止めるべきだ。ジョーンズの鮮烈な監督デビュー作となったSFサスペンス『月に囚われた男』は、英国では公開と同時に多くの批評家たちを唸らせ、瞬く間に熱狂的なファン層の支持を獲得した。2009年6月に開催されたエジンバラ国際映画祭では、名誉あるマイケル・パウェル賞を受賞。古き良き70年代のSF映画のような一流のセットと考え抜かれた物語性を取り入れ、主役のサム・ロックウェルが宇宙一孤独な男を演じきった作品そのものがきちんと話題になるべきだ。

作品の舞台は、増大する地球のエネルギー需要を満たすため、ミネラル豊富な月の鉱石を採掘する月面基地。3年間の契約でたったひとり、月へと派遣されたサムの唯一の話し相手は、施設内のロボット、ガーティ(『2001年宇宙の旅』のHAL9000を彷彿とさせる、ケヴィン・スペイシーによる完璧な声の出演)だけだ。契約が満期に近づき、ロボット相手の毎日も限界になりつつあったサムの前に、もうひとりの自分が現れる。

心配ご無用。ここまでは予告編にも出ているエピソードなので、ネタバレにはなっていない。ジョーンズ自身、脚本を書くにあたって一番重要だったことは、「ひとりの俳優を斬新なペアで演出することだった」と各所で語っている(一緒に脚本を担当したネイサンは、偶然にもアラン・パーカーの息子だ)。ジョーンズは、ファッションブランド『フレンチ・コネクション』の「Fashion v Style」キャンペーンの映像制作などを筆頭に商業的成功をおさめた後、ぼんやりと長編映画を作ることを考えていた。スタート地点で頭にあったのは、ロックウェルに出演してほしいことと、低予算で作らなければいけないことだけだった。

ジョーンズは「サムとは、『サイレント・ランニング』や『アウトランド』、リドリー・スコットの『エイリアン』の時代のSF映画についてよく話し合った。これらの映画に出てくるのは労働者階級のごく普通の男たちで、彼らが宇宙で起こる様々な事件に立ち向かっていくというストーリーなんだ。だからサムを主役にして、そういう脚本を書くことは自然なことに思えた」と語る。エジンバラで行われたこのインタビューの数日後、彼の初監督作品は国際映画祭で最高賞を受賞する。「サムに出演してもらうにために、役者にとって魅力的で、出演したくなる役を作らないといけなかった。だから彼が複数の役を演じる脚本を思いついた。自己に出会うこと、自分を知ることについて、純粋な哲学的レベルで考え方を刺激するように。金銭的な問題のおかげでクリエイティブにならなきゃいけなくて、このシナリオを考えついた。最初は本当にいろんなことをあれこれと考えたよ」

“サム1”や“サム2”のキャラクターを考えることも大切だが、500万ドルの予算の有効活用も重要だった。月面基地や機器が必要なセット作りも、この予算でやりくりしなければならない。 「実際の撮影では、サムはリラックスした環境で、演技にある程度の自由度を希望していた。だから技術的な制約はもちろんあったけど、演技に自由な要素を含ませた」とジョーンズは説明する。「一週間のリハーサル期間で、どのキャラクターがどのシーンで中心になるかを話し合った。撮影が始まると、セットのどこにいるか、どのタイミングで入るかは全てサムに任せた。そうやって撮影して、後から僕たちが一番気に入ったシーンを選んで編集した」

「サムが楽屋で次のシーンの用意をするときに確認できるよう、編集素材をiPodに入れておいて、それを聞きながら次のシーンはどこから入れるかのリズムを作ってもらったんだ。タイミングさえ掴めば彼はすっと演技に入ることが出来ていた。あとはイヤフォンを付けて、マスターテイクからの音源が常に聞こえるようにも工夫した。正直に言うとはじめの一週間はかなりタフだった。サムはまったくの初心者監督と組み、おまけにひとりで演技しなければならないから大変だったと思う。ちょっとストレスフルな環境が続いていた。そんなとき、特殊効果のチームが映像を編集したラフカットを見せてくれたんだ。 それを見てサムも納得してくれて、撮影がスムーズに進むようになった。あれが本当にターニングポイントだったよ」

全体的な撮影費用は、いくつかのシーンで使われた“影武者”役の投入や、巧妙な編集作業によって抑えられたが、ジョーンズが「全身のインタラクション」と呼ぶ、2人のサムが対峙するシーンでは、クロネンバーグの『戦慄の絆』や、スパイク・ジョーンズの『アダプテーション』よりもさらなる工夫がなされ、労力を費やしている。しかし、もっと注目に値するのは、模型セットデザインの活用のされ方だ。この映画が影響を受けた70年代映画の雰囲気を、上手く醸しだしている。「実際のセットから作り出すビジュアルには、特殊効果やCGIでは超えられない深みがある。誰も考えないようなディテールが全てなんだ。セットや小道具の製作には、老舗映画撮影所シェパートン・スタジオのベテランチームに協力してもらった。R2-D2のオリジナルの製作にも関わったことがある、その時代のとても愛すべきスタッフたちも参加してくれた。映像はカメラ撮影した素材にポストプロダクションの作業をして現代的に作るが、セットや小道具は受け継がれるべき職人技に頼るものだ。だけど、最近では技術者の仕事は減少し、ノウハウが消え絶えつつある。もし同じことを将来やろうとしたら、たくさんの技術を学び直さなければならない」とジョーンズは語る。

月面車などの懐かしいデザインに思わず笑顔になる観客もいるだろう。だが、月面での日常の作業場をよりリアルに表現できるかどうかは、セットのすべての要素にかかっている。使用されて痛んでいる壁や、ポストイットといったディテールまでもだ。ジョーンズの描く近未来は、ロン・コブ(エイリアンの原画作家)や、シド・ミード(ブレード・ランナーの美術デザイン)、他にも有名どころで“2001”や“ソラリス”の描く世界が、インスピレーションの源になっているようだ。

過去の映画を複写することは、作品自体のオリジナル性を失う危険性もあるのではないか?そう質問すると、ジョーンズは痛いところをつかれたようなジェスチャーをしてこう答えた。「たしかにそうだね。特定のジャンルや時代へのオマージュを中心に映画を作るのは、危険なやり方だ。でも『月に囚われた男』に関していえば、脚本にはユニークかつとても個人的な男の物語が描かれている。それ以外のことは人工的で、単純に表面的なことだよ。そこにひとりの男とロボットが登場する。でも本当の物語は、遠距離恋愛についてなんだ。僕自身が経験したことだよ。そして、様々な自己と向き合うこと。人生に混乱して何をすればよいのか分からない若い自分、時間を重ねるうちに自分の居場所を見つけられた年老いた自分にね。だから、これは個人的な体験の物語なんだ。あなたの言わんとすることもわかるけれど、レトロな手法を選んでも、自分の独特の解釈で満たすことができれば、それ自体が確立した存在になれると思っている」

クラシックなSFのデザイン、脚本のテーマ性と、感情の脆弱性。こういった『月に囚われた男』を説明する要素のコンビネーションが、夏休みに公開されるような大型ハリウッド映画とは明らかに違った存在に仕上げている。博士号を持っている映画監督はそう多くはない。ジョーンズ“博士”が「哲学的」と言うとき、彼はもちろんそれを理解している。テネシー州ナッシュビルのバンダービルト大学で人工知能と機械における感情の研究で博士号を得たのだ。『月に囚われた男』の特徴的なインテリアデザイン、孤独によって少しずつ狂っていく男、辛すぎるほど遠く離れた地球の生活は、大学院での彼の経験そのものだ。韓国にいたガールフレンドとの遠距離恋愛のほか、テキサスでの大学生活にも自己のキャラクターを形成する痛みがあったようだ。

ジョーンズはこう語る。「大学での勉強や生活はそれなりに楽しかったけど、自分が何をしたいかわからなかった。人生の進路も決まってない上に、恋愛に没頭していた。当時付き合っていたガールフレンドを追いかけてバンダービルト大学院に入学したど、彼女とは数ヶ月後に別れてしまった。3年間の博士課程を終了させたあの頃は惨めでいつも孤独だった。子供の頃から引っ越しが多かったせいで、繋がりやルーツを追い求めてしまう。今つけているのは、古いケルトのチェーンアクセサリで父がくれたものだ。とても大事なものだ。海を漂っているような気持ちが少なくなって、僕を安心させてくれるんだ」

インタビュー中、ジョーンズ家の父と息子の強い絆がしばし垣間見えた。ダンカンがまだゾウィと呼ばれていた幼少期(幸運なことに後に改名した)、父と息子はスーパーエイトで静止画のショートムービーを一緒に作った。当時まだスイスでは公開前だった『スター・ウォーズ』の海賊版をUマチックのカセットビデオで父は入手し、息子は小学校の同級生たちに自慢して“おたく王”としてあがめられた。父親が出演していた、ジム・ヘンソン監督の『ラビリンス/魔王の迷宮』の巨大セットを訪れたことが、映画の世界に魅了されるきっかけになった。映画監督として実力を認められた今、ジョーンズはこれまでの自分への態度にもオープンだ。「もちろん恵まれた環境にいたと思う。でも世間の僕に対する見方は厳しいものだよ。期待はもっと高い。親と同じではなく、越えることを期待されるからね」

「だから今までは十分に気をつけてきた。僕は先月38歳になった。世に出るのに時間をかけた方だと思う。できるだけ自分の力でやりたかったんだ。自分が誰かというだけで、すぐに話を進めようとする人もいるけれど、僕はもう中年だ。20歳の人間のようなやり方で腹を立てたりはしないよ。父は僕が自分の力で成功させたことを喜んでいるし、僕もそれが嬉しい」

『月に囚われた男』は、2010年4月10日(土)、恵比寿ガーデンシネマほか全国ロードショー。

公式サイト: moon-otoko.jp/

原文へ(Time Out London / Jul, 2009 掲載)

翻訳 佐藤環
原文 トレヴァー•ジョンストン
※掲載されている情報は公開当時のものです。

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