ジェスパー・ヘインズNYを語る

最終日前にすべりこみ、ジェスパー・ヘインズ写真展

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ジェスパー・ヘインズNYを語る

ニューヨーク、ストックホルム、バンコク、そして東京を舞台に展示を行っている写真家、ジェスパー・ヘインズの写真展『LifeとArtの曖昧な線 ~St. Marks 1986-2006~』がタイムアウトカフェ&ダイナーのギャラリースペースで開催中だが、明日で最終日となる。

展示されている写真は、1980年代から20年間にわり、ヘインズがニューヨーク・イーストヴィレッジに暮らしたアパートの一室に訪れる友人や恋人、すれ違う人など、世界中から集まった人々のありのままのライフスタイルを記録したもの。写真は額縁には入れず、生のプリントのまま壁にテープではられ、ギャラリーの床一面には写真のネガのコピーが敷き詰められている。この展示のアイディアは、どのようにして生まれたのか、来日中のジェスパー・ヘインズにインタビューした。

ニューヨークに住み始めたのはいつですか?

ジェスパー:一番始めにニューヨークに行ったのは1978年、僕が16歳の時。テキサスにいる祖父母の家に行くはずで、両親はニューヨークに寄ることになるなど思ってもみなかったと思う。でも、マンハッタンへ向かうタクシーに乗っている時、家にいるような気持ちになった。この街に住みたい、と思ったんだ。

それ以前は、ニューヨークはあなたにとってどんな街でしたか?

ジェスパー:映画で観る世界でしかなかった。『タクシードライバー』とかね。だけど、いつもニューヨークに行ってみたいと思っていた。アンディー・ウォーホルの大ファンだったことも理由のひとつかもしれない。実は僕、1978年の春に生まれ故郷のスウェーデンでアンディー・ウォーホルに会って、僕の写真を見せたことがある。そしたら彼は、ニューヨークに来ることがあったら、連絡して寄ってほしいと言ってくれた。だからその同じ年にニューヨークに行った。2ヶ月間だけだったけど、刺激的だった。僕の人生の中で最高の夏だった。学校を卒業するためにスウェーデンに戻って、その後もニューヨークと行ったり来たりしながら、1982年に本格的に移動した。

16歳の時にすでに写真家だったんですか?

ジェスパー:写真は10歳くらいから撮り始めていたよ。『タンタン(TIN TIN)』っていうコミックを知ってる?主人公がジャーナリストで、いつも首からカメラをさげているんだけど、世界中を旅していた。だから、僕も同じことをしたかった。しかも、彼が仕事をしているところを一度も見たことがなかったから、パーフェクトだと思ったよ。

今回の展示にあるような写真はいつ頃から撮り始めたんですか?

ジェスパー:僕は小さな子供だった頃からいつでも写真を撮っているから、具体的にいつから、とは言えないけれど、ニューヨークのイーストヴィレッジ、St.Marksのアパートに住み始めて、毎日毎日写真を撮り続けていたら、作品展ができるくらいになっていた。テーマはね、ライフスタイルというより、僕の住んでいたアパートの部屋だね。たくさんの人の住みかとなったよ。それは、イーストヴィレッジそのもののよう。世界中の人がニューヨークに集まってホームにしているみたいにね。

住んでいた20年でニューヨークの街は大きく変化したと思いますが、どのように定義づけますか?

ジェスパー:僕が住んでいた1986年から2006年は、ニューヨークがもっとも面白い時代だった。キース・ヘリングみたいなアーティストが街でうろうろしていて、80年代は、アートが、クラブで過ごすような夜の生活にとけこんでいた。90年代も面白かったけど、変わり始めていた。イーストヴィレッジが人気の街になってしまって、2000年には、もう僕の知っている街じゃなくなっていた。まったく刺激のない街になってしまった。

今回の写真展では、2006年までの写真を展示していますが、2006年以降はニューヨークを出てしまったんですか?

ジェスパー:変わってしまったし、ジョージ・ブッシュのアメリカに住むのは嫌だった。だから1年の旅に出た。バンコクや東京を旅して、でも、結局ウィリアムスバーグにアパートを見つけて住んでいるよ。イーストヴィレッジが面白かった頃の方が、街全体がコミュニティで結ばれていたし、もっといろんな場所からいろんな人が集まっていた。ウィリアムスバーグにはアメリカ人が多いよ。僕は、街にいろんな人種がミックスされている方が好きだ。

作品を見てもらうのは好きですか?

ジェスパー:若い頃は、作品に対して意見されるのが嫌で、展示をするのが好きじゃなかったけど、今はもう気にしない。人が僕の写真を嫌いなら嫌いでいいし、好きなら好きでいい。僕は僕自身のために撮っている。

この展示スタイルはどのようにして思いついたのですか?

ジェスパー:いつもこんな風に床にネガを敷き詰めることにしている。作品を作っている時に、床のあちこちにネガが散らかっていて、僕の日常の仕事風景そのものなんだ。それから、額に入れるのが好きじゃない。

確かに、フレームに入っていない方が、迫力がありますね。

ジェスパー:額に入れると、なんだか神聖なもののように感じられてしまう。

バンコクでも展示をしていますよね?バンコクのアートシーンが賑やかになっていると聞きましたが、どうですか。

ジェスパー:とても面白いよ。だからバンコクで過ごす時間が好きだ。だけど、住むのはニューヨークとバンコクと半々でいい。どちらの街も愛しているけど、12ヶ月住みたいとは思わない。で、2つの都市を移動する合間に、東京に寄ることにしている。

東京は好きですか?

ジェスパー:好きだけど、長くステイしたことはない。だけど、人がいいよね。

ストックホルム、ニューヨーク、バンコク、東京の4ヶ所を写真展の場所に選んだ理由を教えてください。

ジェスパー:食べものの影響はあるよ。僕は日本食が大好きだから。それから、大都市が好き。小さい街は好きじゃない。ニューヨークは大都市だよ。それから、バンコクは、ニューヨークより人口が少ないかもしれないけど、それより大きく感じる。とっても大きな都市に思える。バンコクにいると、毎日新しい発見があるんだ。

ニューヨークとバンコクが似ている点はありますか?

ジェスパー:僕が70年代にはじめてニューヨークへ行った時、本当にめちゃめちゃな街だった。臭くて汚くて、薬にセックスに、ぐちゃぐちゃだったけど、若い僕にはとても刺激的だった。だけど、ニューヨークはゆっくりとそういうものを失っていった。でもバンコクに行ったら、同じように臭くて汚くて、薬もセックスもあふれていて、素晴らしいと思った。バンコクはまるでニューヨークだよ。こんな場所はほかにないと思う。

タイムアウト的な質問ですが、ニューヨークで良く行く場所はどこですか?

ジェスパー:僕はつまらない人間でね、気に入ったところを見つけると、そこにばかり行ってしまう。ニューヨークには2軒あって、両方とも日本料理のレストラン。『なとり』と『横丁』だよ。『横丁』のすぐそばにある『サンライズ』っていう日本食のスーパーマーケットにも良く行くね。

お父さんのジム・ヘインズさんがタイムアウトと関わりがあるって聞きましたが、本当ですか?

ジェスパー:電話して聞いてみたんだけど、父が言うには「タイムアウトは僕のアイディアで、トニーにロンドンについてのマガジンを作るべきだって言ったんだ」って言うんだけど、父は何でもかんでも自分のアイディアだったって言うから取り合わなかった。でも、今回は本当だったみたい。僕がタイムアウトカフェ&ダイナーのギャラリースペースで写真展をすることをとても喜んでくれたよ。

Life と Art の曖昧な線 ~St. Marks 1986-2006~
開催期間:2010年4月15日(木)から4月27日(火)
場所:タイムアウトカフェ&ダイナー ギャラリースペース
時間:13時00分から22時00分

ジェスパー・ヘインズ(Jesper Haynes)略歴
1962年スコットランド、エディンバラ生まれ。ストックホルムで育つ。
1982年、ニューヨークに移住。ラルフ・ギブソン(Ralph Gibson)師事のプリンターとして5年間勤務。
国際的なCMやファッション誌でも活躍し、ストックホルム近代美術館に作品が永久保存されている。

インタビュー 東野台風
テキスト 東谷彰子
※掲載されている情報は公開当時のものです。

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