観ていてドキドキする日本舞踊

カッコよくって、ノリのいい日本舞踊、若柳流宗家、若柳吉蔵の会

観ていてドキドキする日本舞踊

若柳流宗家、若柳吉蔵のリサイタルが開催される。伝統ある若柳流宗家の踊りの会だが、今回のリサイタルはやや趣が異なるところがある。日本舞踊の予備知識がそれほどなくても、ひとつの“パフォーマンス”として楽しめるものになっているのだ。特に新作舞踊『祈願(いのり)』は、バレエダンサーのように高い跳躍や、たたみかけてくる太鼓の音に合わせたダイナミックな動きが展開され、観ていてドキドキする。一言で言えば“エンターテインメント性の高い”日本舞踊なのだ。現在40歳である若柳吉蔵の“今”の踊りを見せる今回のリサイタルでは、市山松扇、尾上青楓、など、他流派の踊り手を招き、音楽も新しいものを取り入れるなど、多くの新しい試みが観られ、普通の“流派の踊りの会”とはまったく雰囲気が違うのだ。若柳吉蔵はどんな想いで今回のリサイタルに臨んでいるのだろうか。

「日ごろは同じ流儀の方や、お弟子さんと踊ることが多く、そういう場では踊りたいものがあっても踊れない部分もあるので、やはり今回は“リサイタル”という形にすることによって自分の持ち味を見せる場、今の自分がお客さんに観て頂きたいものを踊りたい、という気持ちが強いです。年々、年を取ってゆくと、自分自身も変わってゆくので、それを観て頂きたいなと思っています」

稽古を見ていると、鍛えられた肉体とその身体能力の高さが若柳吉蔵の“今の踊り”の魅力のひとつだと感じる。日本舞踊、というと、女性らしい雰囲気の踊りという印象を持っている人も多いが、新作舞踊である『祈願(いのり)』では特に、若柳吉蔵をはじめ3人の踊り手がびっくりするほど高く飛び上がり、複雑なステップ(足はこび)を軽やかに踏んでゆく。躍動的で、男らしい振付の『祈願(いのり)』は、若柳吉蔵という踊り手の個性にとてもよく合っている。自身はどのように感じているのだろう。

「学生のころはずっとラグビーをやっていましたし、もともと体を動かして汗をかくことが好きなので、今でも時間があれば一日一時間くらい走っています。日本舞踊というと、華奢な感じの方がされていると思われる方が多いですけど、これは父の考え方も同じだったのですが“体は動かせるときに動かした方がいい”という考えなんです。やはり年を取っていくと、体力が衰えてきますから。静かな踊りを“気持ち”で踊る、といった技術は年を取ってからでも磨くことができますが、とにかく若いうちは、“動くもの”をなるべく踊るように、と諸先輩方からも言われています。今の僕が表現するには、お客様に観て頂くには、やはり”動く”踊りがベストだと思っています」


とにかく『祈願(いのり)』はよく“動く”踊りだ。振付を担当した尾上流の尾上青楓と、市山流の市山松扇も加わり、若柳吉蔵と共に汗を飛ばしながら踊りきる。ここが今回のリサイタルの面白いところだ。若柳流宗家の踊りの会であれば、プログラムは若柳流の踊り手で埋め尽くされるのが通常だ。もちろん若柳流の高弟(ベテラン)も芸を披露し、若柳流ならではの踊りも楽しめる。だが、今回は若柳吉蔵の“自分の今の踊り”を“見せる会”にしたいという強い想いから、若柳流に伝わる伝統的な『三番叟』につづいて、新作舞踊『祈願(いのり)』が組み込まれた。もともと『三番叟』は能の『翁』で狂言方が演じる祝祭の舞で、2つの段で構成されている。特にその中の『三番叟』の軽快さが好まれ、歌舞伎などでも様々な“三番叟もの”が創られてきた。今回は『三番叟二題』と銘打ち、若柳流に伝わる伝統的な『寿式三番叟』という“静”の美しさで魅せる踊りのあとに、がらりと赴きが変わって“動”の『祈願(いのり)』へと入ってゆく。この作品を自身のリサイタルで踊ることになった経緯を聞いた。

「去年、京都で“仏教音楽祭”が開催された時に、笛の藤舎貴生さんからお話をいただき、尾上青楓さんと市山松扇さんと3人で躍らせていただいきました。お稽古の時から夢中になった踊りでした。本番でも舞台が終わってから涙が流れるくらいでした。僕の母は、信心深い人なんですが、その影響で僕自身にも信仰心があって、年に1回はきちんと装束を着て山に登っています。この踊りは、自分の中のそういう聖なるものに惹かれる部分とつながるものがあるんです。山に登るにも、命がけで崖を登っていきますから、体力がいりますし、それが『祈願(いのり)』の踊りには通じるものがあって。今僕が目指している“体を動かす踊り”、“お客様に楽しんでいただく踊り”、更には“祈りに通じる踊り”は、すべて今僕が想っていることがつまった踊りだったんです。“ぜひこれは、また踊らせていただきたい”ということで、今回青楓さんにお願いしたんです。私の父は早くに亡くなったんですが、その父に「お客さんに楽しんでもらえるもの、わかりやすい踊りをしなさい」とずっと言われてきたんで、この踊りはぜひとも!と思ったんです」

若柳流宗家は京都にあり、京都の花街と関わりの深い踊りの流派だ。その若柳流の伝統と、家元である若柳吉蔵自身の目指す踊りとのバランスはどのように捉えているのだろう。

「若柳流の初代流祖は東京で、僕の父の代から京都に移って、今も宮川町(京都に古くからある花街)にお稽古場があるんですが、花柳(かりゅう)界とつながりがある流派です。青楓さんの尾上流は歌舞伎舞踊の流派ですが、それと若柳流はだいぶ趣が違いますね。若柳流に伝わっている古い踊りですと、芸子さんに踊っていただく踊りがたくさん残っています。ですから、若柳流のもともと持っているものと『祈願(いのり)』は違ったものになっています。今でも宮川町さんで(芸子さんに)振付をさせていただいたりしますが、あちらにはあちらの雰囲気がありますし、自分は自分、という感じです。とにかく今の自分は“動く踊り”が好きですし、やりたいと思っているので」

若柳吉蔵の話を聞いていると、家元として流派の伝統を保ちつつ、教えるという立場の重要性もしっかりと認識し、プロの踊り手として自身が目指すべきもののイメージも明確に持っていることが伝わってくる。若柳吉蔵は、生まれながらにして日本舞踊を担っていくことを宿命づけられていたわけだが、自らの進むべき道に迷いを持ったことは無いのだろうか。

「まだ十代で遊びたい盛りだった頃に突然、父親が亡くなって、踊りを継ぐことになって、いきなり自分に重圧がかかってきて、もうやりたくないだとか、色々と周囲に反発した時期もありました。でも元々小さい時から、自分は流派を“継ぐものだ”と思っていました。何でかと言うと、サラリーマンにはなれない性格だということは自覚していたんで(笑)。決められた時間に行って、帰ってくる、といのが苦手で(笑)。その分踊りは自分で時間配分を決められますし。それに踊りがすきなんです。やったことが直接舞台に出ますし、一発勝負。失敗してもビデオのように撮り直し、ということはできません。やったらやった分だけ返ってくる。お客様が喜んでくれはったり、お弟子さんが喜んでくれはったり、というのもあるし。自分が振りを付けて、お弟子さんや芸子さんがいい舞台をやってくれたらそれも喜びになります。だから踊りが好きですね」


日本舞踊の会というと、“プロのパフォーマンスを観にいく”というよりは、やはりお稽古事の発表会、というイメージが先行してしまう。だが今回の会は、あくまで“プロ”の会だ。お稽古ごとの延長では決して到達できない高みの芸を見せてくれるし、他の日舞の会には無い他流試合の様相を呈している。新しい踊り、自分らしい踊りを見せることにこだわる若柳吉蔵もまた、“プロの踊り”としての日本舞踊を確立して行きたいと考えているのだろうか。

「これを僕が言うのはよくないかもしれませんが、やっぱり観ていて退屈な踊りってあるんですよ。20分から30分も静かな踊りが延々続いたら、現代のお客さんは飽きてしまいます。もちろん、伝統的なものは、残さないといけないものは残さないといけないんです。でも、もっとたくさんのお客様に観ていただく、新しいお客様にも来ていただくためには、わかりやすい、感動する、びっくりする、といった要素がないと、だめだと思います。言葉も昔の言葉で聞き取りにくいですし、踊りも難しい、となると、お客様はやっぱり飽きると思うんです。だから今回も、古いものはこういうものです、とお見せした上で、今はこういう新しいものがある、と対比させたいと思ったんです。伝統的な『三番叟』と新作の『祈願(いのり)』の並びにはそういう狙いがあります。若柳流の弟子たちも、今回の『祈願(いのり)』の様なものは、初めて目にする踊りだと思います。でもこれからの日本舞踊は、こういう新しいものを取り入れて行かないと駄目だと思います。お客さんに飽きさせない、ということを一番に考えていかないと。日本舞踊には色々な流派があります。それまで自分の流派を支えてきて下さった方々ももちろん大切にしていかないといけません。でも他の流派の方とももっと交流して、色んなジャンルの方と交流して、今回の様に自分の持っている志にぴたっと合うものがあればどんどん挑戦していきたいです。僕は嫌だと思ったら嫌だ、これだ!と思ったらいくらでもやりたい、という性格です。これからも『祈願(いのり)』のような作品にどんどん出会っていきたい、踊っていきたいと思っています」

日本舞踊を観ていて、思わず体がリズムを刻んで動き出しそうになったり、驚きの声を挙げそうになった経験は、他ではあまりしたことがない。今回の若柳吉蔵リサイタルに関しては、そういった“びっくり”するような瞬間がたくさんつまっている。新しく、かっこよく、ノリのいい日本舞踊があることをぜひ知ってほしい。


第十回リサイタル 若柳吉蔵の会の詳細はこちら

テキスト 七尾藍佳
※掲載されている情報は公開当時のものです。

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