“バリっ”とした日本舞踊

尾上流と尾上青楓の“カッコいい”日本舞踊の魅力を探る

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“バリっ”とした日本舞踊

撮影/岩田アキラ

日本舞踊には200以上もの流派があるが、それぞれにプロとして活動する多くの舞踊家がいる。中でも、今もっとも面白い舞台活動を展開し、舞踊界のホープとして注目されているのが、尾上流の尾上青楓だ。尾上青楓は2歳の頃より、尾上流三代家元である父、二代尾上菊之丞に師事してきた日本舞踊家だが、狂言や能などはもちろんのこと、伝統芸能の枠を超えて、現代劇から宝塚歌劇、また多くの音楽家などとコラボレーションを積み重ねてきた。

2010年1月に国立劇場で開催された『第3回尾上青楓・日本舞踊公演』で披露した新作舞踊劇『梅雨将軍信長』は、日本舞踊からの新しい試みとして話題を呼んだ。日本舞踊の出し物としては、異例の注目度と言ってよい。残念ながら今日、日本舞踊がミュージカルなどと並列に取り上げられる機会はとても少ない。そのような状況の中でも、注目を集める存在となった尾上青楓に、尾上流の踊りについて、そして自身がどのように芸と向き合っているのかを聞いた。

「尾上流は、六代目尾上菊五郎が創流し、弟子であった祖父が二代目家元を継承した日本舞踊の流派です。だから、歌舞伎としては江戸時代から続く尾上宗家の流れをくんでいるけれど、日本舞踊の流派としての歴史は60年ほどです。六代目菊五郎という方は、我々の世界では“神様”と呼ばれている、サッカーで言えばペレのような、絶対的なカリスマを持っていた役者で、現在一線で活躍されている歌舞伎役者の方で、六代目菊五郎さんの影響を受けていない人はいないと言っても過言ではないくらいの人物。その六代目菊五郎さんは、いろいろと新しいことをはじめた方で。踊りでも、新しい演出や古いものを少し変えるなどして、独自の世界を創った。その生き方を流派として残していこうと思われたのでしょう。祖父が菊之丞という名前を名乗らせていただいて、日本舞踊の尾上流が確立したんです。モットーとしては、“常に新鮮”であり、かつ“品格”があること。見て分かる踊りの特徴としては、“バリっとしていたい”というのがあります」

“バリっとしている”というのは、言ってみれば、すっきりとしていて、かつカッコいい、ということだろう。現代的な“クールなもの”という感覚に通じるところがある。そういう表現を、舞踊家本人が用いること自体が新鮮だ。尾上青楓は、現代人としての感性を“普通に”日本舞踊に持ち込んでいるのかもしれない。というのも、彼が創作した新作日本舞踊には、コンテンポラリーダンスの群舞のようなカッコよさがあるのだ。日本舞踊はバレエのようなユニゾンとは違い、全員の動きがそろわないことはむしろ個性があっていい、という感覚があるという。そこを尾上青楓は、全体のバランスを考えてぴったりと合わせた振付をする。確かに、大勢の日本舞踊家がぴったりと同じ動きをする尾上流の群舞は、観ていると“バリっ”としたカッコよさがある。技法としては、伝統芸能としての日本舞踊ではあるものの、尾上青楓が作った舞台は、何か新しい“ダンス”を見ているような気持ちにさせられる。

そのような新作に取り組む一方で、尾上青楓は古典芸能の技を地道に磨き、同世代の振付家や歌舞伎役者とお互いを高めあう舞台も大事にしている。それが2010年8月14日(土)に日本橋劇場で上演される『第三回 趣向の華』だ。尾上青楓をはじめ、藤間勘十郎、市川染五郎や片岡孝太郎など、歌舞伎界の若手スターが出演するが、三味線や鼓の演奏、あるいは長唄を唄うことに徹するだけの出演者も多い。ふだんは歌舞伎という表舞台に出て主役を張る役者たちがあえて演奏に徹し、誰よりも踊れる尾上青楓が鼓を打つことに専念することには、実は大きな意味がある。

歌舞伎は総合芸術で、歌舞伎役者は三味線も弾けば、長唄も唄える。言ってみれば、オペラ歌手がバレエも踊れてオーケストラの楽器も演奏するようなことが、日本の伝統芸能の世界では当たり前のことなのだ。個々の舞踊家や歌舞伎役者は、自らの専門分野以外の伝統芸能でも日夜研鑽を積んでいるが、その芸を観客が目にする機会はあまりない。それを舞台で観ることができるのが『趣向の華』という会だ。

「僕は鼓などの楽器が好きなんです。この会を共同主催している宗家藤間流の藤間勘十郎さんも、三味線が大好き。それぞれが、その道のプロに負けないくらい、頑張ってお稽古をやってきているという思いがあって、お互い真剣に、舞台の上で演奏できる機会があったほうがいい、むしろ単に演奏したい、というところから『趣向の華』は出発しています。若手の勉強にもなるし、踊りやお芝居をいろいろな角度から見つめる機会になるということです。ですから、市川染五郎さんも、演じるのではなく、演奏をするんです」

日本舞踊は、もともと江戸時代に、歌舞伎の中の踊りを振り付ける振付家たちが、それぞれ自らの流派を興して発展させていったものだが、尾上流はなかでも近代歌舞伎史上もっとも偉大ななもののひとつで、中興の祖とされている尾上菊五郎の流れをくむ流派なので、歌舞伎界とのつながりが強い。尾上青楓が“芸”と向き合う原点には、今活躍している歌舞伎俳優たちとの出会いがあると言う。

「実は、僕は小学校高学年くらいまで、(伝統芸能に対して)あまりやる気はありませんでした。踊りも三味線も適当にやっていたようなところがあった。中学生くらいに、同年代の市川染五郎さんや尾上松緑さんなど、歌舞伎の家の方々と出会うようになりました。彼らは25日間の歌舞伎公演を必死にやっている。でも僕は、日本舞踊の家だから、歌舞伎のように連日舞台に出る、という環境ではない。その中で、若くして真剣に舞台に向き合っている人たちを見て、自分は“このままではマズイ”と思ったんです。この人たちに自分の専門分野である“踊り”で引けを取ってはいけない、と。僕も彼らと同じレベルで自分の芸に向き合わないと、対等に付き合えないな、と感じました。どちらかというと、僕は小さいころから劣等生だったんです。だから自分の中の“負を埋める”ところからスタートしたところがあります。せっかく与えられたすばらしい環境があるんだから、平凡で終わったらみっともないし、もったいないことに気がついた。だからこそ人より優れないと、と思って、負けないように、負けないように、と思いながらやってきました。日本舞踊は良くも悪くもマイナーなものです。外国の方のほうがよっぽど日本の伝統的なものに興味をもっていらっしゃいます。日本人は、歌舞伎にしても日本舞踊にしても、なんとなく自分の国のものだから、知っているような気がしているんです。自分も学生のころ、日本舞踊の家に生まれたものだから、知っていると思っていた。でも実際は何にも知らないんです。僕は小さくて、色白だったから、女形が似合う、かわいい、と言われていたんですが、そういうのが嫌で嫌でしょうがなかった。でも、一生懸命踊りに取り組みはじめると、女形が楽しいなと思えるようになった。ひとつの様式として、女性を演じることが“面白いな”と思えるようになった。僕は普通の現代っ子となんら変わらない人間だったんですが、その僕が面白いと思えるようになったのだから、これは他の人も思ってくれる可能性があるんじゃないか、と考えたんです。だから、何かのきっかけで、一般の方が踊りに触れる機会があったときに、ちゃんと憧れられるようなものを見せられるようなレベルに自分を高めていかないといけない、と思っています」

エンターテインメント産業として成立し、人気を誇る伝統芸能の歌舞伎。その歌舞伎界に隣接する形で“踊り”に徹する家に育ったからこそ、尾上青楓は“今、ここ”を希求し、より広い観客にうったえかけて行きたいという気概を持ったのだろう。それが、彼にしかない“カッコいい日本舞踊”という個性の源泉なのかもしれない。若手歌舞伎役者の中でも、同じく個性を感じさせる市川亀治郎とも近く共演する。このようなコラボレーションを続けていく中、尾上青楓はまた一段高いレベルでの競演を目指している。2010年10月17日に東京のセルリアンタワー能楽堂で催される、狂言師、茂山逸平とのコラボレーション、『逸青会』だ。どのような意気込みで創作に当たっているのだろうか。

「最近は伝統芸能によるコラボレーションも結構多いのですが、お互いが正面からぶつかり合って、競うような、本当の意味での“コラボレーション”はなかなか難しいんです。僕も数々のコラボレーションをやってきましたが、本当の意味で競い、共鳴できるような舞台にはなかなか巡り会えませんでした。そういった経験も踏まえて、年齢的にも、もう一歩踏み込んだものをやりたいな、と思う段階に来ています。狂言師と舞踊家が普通に、何の違和感もなくひとつの演目で同じ舞台に立っている、そういうものにしたい、という考えで取り組んでいます。狂言は笑えて楽しめるものだから、客層で言えば若い人で、古典への知識がそんなになくても楽しめる舞台になると思います。だから、一般にも通用するもの、どんな人が見ても“わぁカッコいいなぁ”と思っていただけるような舞台もどんどんやって行きたいし、一方で、もっともっと奥が知りたい、という方に向けた舞台も同時にやって行く流れができたらいいな、と思っています」

舞台ごとに尾上青楓の印象は大きく変わってゆく。あるときは音楽家で、あるときは歌舞伎役者のようだ。だが、彼の軸にあるのは飽くまで日本舞踊。ぶれない軸があるからこそ、自在に異分野へと飛び出して行き、自身の世界観と異分野の世界観を違和感なく融和させ、伝えることができるのだろう。同時に尾上青楓は、古典に対してあまり興味をもてなかった“普通の少年”が、少しずつ“面白さ”を発見していった感覚も忘れないでいる。だからこそ古典というよりは、もっと現代的な感覚で、尾上青楓というアーティストの踊りを観に行きたい、と思わせるような魅力があるのかもしれない。「バリっとしていて、カッコいい」日本舞踊を観に行こう。

『第三回 趣向の華』

日程:2010年8月14日(土)
場所:日本橋劇場
昼の部 正午開演
夜の部 午後4時30分開演
出演者:尾上青楓、藤間勘十郎・梅若玄祥・片岡孝太郎、市川染五郎ほか
チケット問い合わせ先:尾上流事務所 03-3541-6344

『第八回 亀治郎の会』

2010年8月24日(火)から27日(金)
場所:京都芸術劇場春秋座
出演者:市川亀治郎、尾上青楓ほか
チケット問い合わせ:京都芸術劇場チケットセンター 075-791-8240

『第5回 菊寿会』

2010年9月27日(月)
場所:国立劇場小劇場
出演者:尾上菊之丞、尾上青楓ほか
チケット問い合わせ:尾上流事務所 03-3541-6344

『逸青会』

2010年10月17日(日)
東京セルリアンタワー能楽堂
出演者:尾上青楓、茂山逸平・茂山七五三、尾上菊紫郎
チケット問い合わせ:尾上流事務所 03-3541-6344

尾上流ウェブサイト:onoe-ryu.com

テキスト 七尾藍佳
※掲載されている情報は公開当時のものです。

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