中村勘三郎が目指す“今の歌舞伎”

赤坂大歌舞伎2010『文七元結』、理解できて、泣いて笑える歌舞伎

中村勘三郎が目指す“今の歌舞伎”

(C)松竹株式会社

歌舞伎という伝統芸能に、どこか苦手意識を持つ人は少なからずいる。一度観たがよくわからなかった、あるいは、何となく敷居が高いような気がして二の足を踏んでしまう、といったように。歌舞伎に足しげく通う人なら“常識”である『俊寛』、『平家女護島』の二段目などは、そもそも『平家物語』から来る能の作品なのだとか、わかった上でないと、なかなか楽しめないものも多いのは事実だ。上演されるのがたった一場であっても、観客がその物語の全容を“知っている”ことを前提とし、いつ観ても変わらない名場面、名台詞、役者の“見得”を楽しむという、いわば様式芸術の性格が強い。だから、初めての人はどこか気後れしてしまう。

だが、限られた客層だけでなく、誰にでも楽しめる歌舞伎もある。まずは肩に力をいれず、勉強せずに楽しみたい。そういった観客の要望にきっちりと応えてくれるのが『赤坂大歌舞伎』だ。今回が2回目にあたるこの公演、赤坂という、芸事に縁の深い町で開催される。今でこそ赤坂サカスなどの現代的ビルが立ち並び、世界各国の料理を出すレストランがところせましと軒を並べるコスモポリタンな町並みだが、かつては日本でも有数の花町だった。現在も、一本路地を入ると粋な日本家屋が散見され、細々とだが芸者を招いてのお座敷遊びも続けられている。

赤坂サカス内にある赤坂ACTシアター前には、歌舞伎の“のぼり”が並べられ、まるで縁日のように出店が並び、赤坂名物の甘味などを購入することができる。芝居が終わったら赤坂の町にくりだして、余韻を楽しんでもらいたい、“今”の歌舞伎を現代人に合ったかたちで満喫してもらいたい、というのが『赤坂大歌舞伎』の立役者、中村勘三郎のテーマだ。

だからこそ、演目を選ぶにあたっては、「敷居が高くなく、誰にでも理解できて、笑えるもの」が前提となった。そして選ばれたのは、江戸の町民文化を描く“世話物”で、三遊亭円朝が作った『文七元結(ぶんしちもっとい)』を下敷きに、108年ほど前に作られた歌舞伎作品。今回は、『寅さん』シリーズで有名な映画監督、山田洋次が補綴(ほてい)した。
落語通で知られる山田は、脚本を書くにあたり落語の歴史的資料を調べ、歌舞伎の作品では実の親子となっているところを、より自然な流れとするために、義理の親子関係に変えている。これにともない、役者はそれぞれが新しい設定に適した芝居の動きを作り出した。そして、中村勘三郎による歌舞伎の醍醐味のひとつとなっている“アドリブ”も随所に入り、公演ごとに変わっていく生きた舞台となった。そのアドリブはしかし、何十年と共に舞台の上にたち、技に磨きをかけてきたベテラン役者どうしだからこそ成立するもの。 まさに“あ・うん”の呼吸で展開されるスリリングな丁々発止のやり取りは、息をつく間もなく観客を笑いの渦に巻き込んでゆく。

古典、あるいは原作という型はあっても、それを生かすも殺すも演出次第、最終的には制作にたずさわる役者、脚本、演出次第だ、という覚悟が伝わってくる。歌舞伎は博物館に陳列されるような過去の遺物なのではなく、今も呼吸し、変化し、成長を続ける舞台芸術なのだ。プログラムに、中村勘三郎の盟友で、落語界の風雲児であり重鎮でもある立川談志師匠が文章を寄せているが、こうある。「少なくとも勘三郎は“明日は歌舞伎よ”という客の連中に喜ばれる役者ではあるまい」。

これはどういう意味だろう。「明日は歌舞伎よ」といって、歌舞伎がオペラのように“様式美”であることにこそ価値を見出す観客のことだろうか。もちろん、そういった客も大事だし、“文化の伝承”という意味でも歌舞伎のそういう面はやはり大切にされるべきだ。だが、そういった限られた客層の中での“社交クラブ化”に依存することを“芸の道”においてはよしとしない、己に対する“厳しさ”が立川談志と勘三郎には共通しているのではないだろうか。

夏休みということもあり、客席には子供づれの家族姿が目立つ。明らかに、いわゆる「明日は歌舞伎よ」というお客とは雰囲気がちがう。年齢層も若い。人情に深くうったえかける作品なので、泣かせるところでは鼻をすすっていた子供たちが、ひとたびドタバタ喜劇が展開される場面になるとお腹を抱えて笑い転げている。心から芝居に入り込む、そんな小さな観客たちの姿こそ、赤坂大歌舞伎がめざすところに痛快な満塁ホームランを打ち込んでいることの証明だ。  

赤坂大歌舞伎

『文七元結』、『鷺娘』
日程:2010年7月29日(木)まで
場所:赤坂ACTシアター
出演:中村勘三郎、中村扇雀、中村勘太郎、中村七之助、中村芝のぶ、中村鶴松、片岡亀蔵、坂東彌十郎、片岡秀太郎
電話:0570-00-3337(サンライズプロモーション東京)

テキスト 七尾藍佳
※掲載されている情報は公開当時のものです。

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