ノーギャラだが“本気”の舞台

舞台芸術の原点を感じさせるエアースタジオの“信長”

ノーギャラだが“本気”の舞台

今なお人々を惹きつける武将のひとり、織田信長。今川義元率いる大軍を少ない手勢で打ち破った桶狭間の戦いは広く知られているが、そんな逆転劇を描く舞台が、現在、新宿の全労災ホール『Space Zero』にて上演中だ。出演者は全て男性で、総勢40名を超える。繰り返しテレビドラマや映画でも描かれ、いわば日本のカエサルと言ってもよいほどの人気と知名度を誇る信長を、一体どのように舞台で描くのだろうか。また、騎馬戦と歩兵があいまみえるダイナミックな戦国時代の戦いを、どのように演出するのか、それ自体が興味をそそる。

実際に舞台を目にすれば、おそらくこれまで体験したことのない“不思議な快感”を味わうはずだ。ハリウッドの大作のようにスケールが大きいものの、大劇場で上演されるわけではない。そのため、まるで合戦の中に参加しているような、戦意の高揚感を覚える。舞台の脇には、和太鼓が設置されている。ライブで演奏される音楽は、基本的にはこの太鼓を担当するたったひとりだけ。だが、その太鼓の音と、ライティングと、音響効果が、何層にも重なり、臨場感を増してゆく。

ところどころでユーモアのスパイスが入るものの、徐々に「これは真剣な歴史ドラマなのだ」という感覚になってゆく。その理由には、まず役者のレベルの高さがあげられる。誰も彼もが声の伸びがよく、腹から声が出ている。そして、つまらない役者がひとりもいない。農民から、トップの信長にいたるまで、すべて個性的で、舞台上では存在感を放っている。そしてその多くが、とても若い俳優たちなのだ。

なかでも圧巻なのは“馬”だ。前足と後ろ足を担当する役者2人が“馬”になる。その躍動感は、実際に生きている馬を目の前にしているかのようだ。馬に乗る役者も、ギャロップの動きをそのままに再現している。だが、馬は馬でもストーリーには密接に関わっている。これほど感情移入をさせられる馬は、これまで見たことがない。

だがなぜ、こうも魅力的な役者が揃っているのだろうか。答えは単純だ。誰もが演じたくて演じているからだ。基本的にはノーギャランティなのだが、「どうしても舞台に携わりたい」という情熱に駆られて、次から次へとキラリと光る才能が集まってくる。制作しているのは、もともと自身が役者で、現在は脚本・演出・プロデュースを担っている藤森一朗。彼が主催している制作会社エアースタジオは、“本気”の舞台を作る。そんな藤森を10年にわたり応援しつづけている舞台衣装家の永田光枝に話を聞いた。

「戦国時代の衣装も、出演者がインターネットで古着をまとめて頼み、解体して作り直している。役者も、それぞれ小劇場などで演出をし、舞台作りの現場に携わることをしている人たち。バイトをしながら、どうしても舞台をやりたいという想いひとつでやっている。目標は、全てを役者が自分たちでやる、というところにある。美術や照明のプロに最初は教えてもらうけれど、でも自分たちでやる。誰一人文句を言わず、将来にむけて必死にやってる。俳優は基本的にノーギャランティで、藤森さんというボスがいて、彼にみんながついて行って、みんなでやろうよ、という異色の舞台」

そんなユニークなカンパニーだからこそ、お金はもらわなくともとにかく“修行”をさせたいという大手マネジメントが、スターの卵たちを送り込む。そして、現在、日本人なら知らない人はいないというほどの人気を誇る俳優たちを、数多く世に送り出してきた。今、ひとつの”産業”として成立している演劇・ステージの本質はどこにあるのか、なぜ我々は舞台を観に劇場に足を運ぶのか、エアースタジオはその根幹にあるものを思い出させてくれる。

藤森一朗ひきいるエアースタジオの夢は、いつかブロードウェイで公演を行うこと。役者ひとりひとりが、ビジネス抜きにして魂をぶつけた舞台の底力は、その夢がそう遠くない将来、実現するような気持ちにさせる。ぜひともニューヨークに、いつか必ずこの躍動感を届けてもらいたい。

信長

日程:2010年8月22日(日)まで
場所:新宿・全労済ホール・スペースゼロ
チケット:03-5565-3044((株)エアースタジオ)
ウェブ:www.airstudio.jp/

テキスト 七尾藍佳
※掲載されている情報は公開当時のものです。

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