LEO今井、KIMONOSを語る

「東京は、大好きで、大嫌い。曲を書くにあたってはネタの宝庫」

LEO今井、KIMONOSを語る

向井秀徳(ZAZEN BOYS)とLEO今井のユニット、KIMONOSが始動して話題を集めている。共に類を見ないオリジナリティーを確立している表現者だけに、ファーストアルバム『KIMONOS』は2人の個性が火花を散らすスリリングな内容となった。

今回、LEO今井に話を聞いた。日本人の父親とスウェーデン人の母親のもとで生まれ、ロンドンやベルギーで長く生活してきた彼。その生い立ちからKIMONOSまで、多岐に亘って話を聞くことができた。

お生まれはどちらなんですか。

LEO今井:東京の杉並区です。5歳のときにベルギーに引っ越しまして、その後ロンドン。中学3年生のときに日本に戻ってきて、インターナショナルスクールに4年間通いました。それから大学に入るためにロンドンに戻って、音楽活動を始めるため4年前に日本に戻った。ですので、ロンドンと東京で過ごした年月が同じぐらいになった感じです。

LEOさんの歌には東京という言葉が出てきたり、東京の風景が描写されてますが、LEOさんにとって東京とは?

LEO今井:東京に対しては複雑な思いがあります。大好きでもあるし、大嫌いでもあって、相反する感情があるんですね。ただし、曲を書くにあたってはネタの宝庫でもあるし、自分が今住んでいる町でもある。曲を書く場合は身近な環境からインパイアされることも多いし、だからこそ曲やアートワークに“東京”というものが出てくるんでしょうね。非常におもしろい町であることは確かだと思いますよ。イギリスに住んでたころも2年に一回ぐらい東京に戻ってきたんですけど、改めて大都会だなと思いましたし、懐かしさもあった。それが小学生のころだったんですけど、東京に対する感情はそのころから形成されていたのかもしれないですね。

では、子供のときの音楽的環境は?

LEO今井:最初は親のレコードコレクションですね。お母さんはビートルズしか聞かなかったし、お父さんはカントリー&ウエスタン。初めて触れた音楽っていうとそのあたりですね。それから徐々に自分でも音楽を選ぶようになって。きっかけは1990年代のアリス・イン・チェインズとかサウンドガーデン。『オズボーンズ』にオジーの息子のジャックが出てたじゃないですか。太っててメタルが大好きな息子。13歳ぐらいの私はあんな感じでした(笑)。

じゃあ最初はメタルバンドをやってたんですか?

LEO今井:高校のときに初めて組んだバンドはミスター・バングルとかフェイス・ノー・モアに憧れていました。東京に住んでた高校2年ぐらいのころですね。ただ、そういうものを好きな一方で、他のものも聴くようになって。エイフェックス・ツインをきっかけにテクノを聴くようになったり、ヒップホップやジャズも好きになったり。ヘビーなロックサウンドをバンドでやる一方で、電子音楽も聴いてました。

ダンスのための音楽じゃなくて……。

LEO今井:そうです。スクエアプッシャーとかDJシャドウ、DJクラッシュが大好きでした。基本的にパーティーで踊るのがあまり好きじゃなかった。

大学時代は日本文学や和歌の研究をされてたんですよね。

LEO今井:そうですね。大学時代に日本の近代文学と初めて出会い、それがきっかけで比較文学的な視点から古代文学も研究するようになりました。ただ、最終的には学問の世界だけに自分はいたくないと思いまして、それで音楽制作をメインにするようになりました。

現在歌詞を書く際、そのころの研究が反映されたりするんですか?

LEO今井:たまに引用します。“Word”(LEO今井アルバム『Laser Rain』収録)という曲では和歌に使用される枕詞を使ってみたり、そういう実験はしてます。言葉遊びとして。和歌にも言葉遊びが多いんですよ。その意味でロックやポップソングと通じるところがあるんです。シンプルで語呂がいい。読み上げるだけで気持ちいいし、歌い上げても気持ちいい。そのなかに普遍的なテーマが描かれていたり、誰もが共感できるようなシチュエーションや感情が込められている。シンプルな感情をちょっとヒネって表現するのが和歌の特徴なんです。私の歌詞全般に直接影響を与えているとは思いませんが、歌詞に対する考え方そのものに関しては影響されてると思います。

では、向井さんとのKIMONOSはどういうきっかけで始まったんでしょうか。

LEO今井:ここ2年ぐらい向井さんと交流があるんですが、遊びでカバーを録ってみようという話になって。それでちょうど1年ぐらい前、向井さんのスタジオで録り始めたんです。それがだんだん本気になってきて。最初に手を付けたのが(アルバムにも収録されている、細野晴臣のカバー)“Sports Men”。それ以外にも候補曲はあったんですけど、その曲を録ってみたらカバーというアイデアが物足りなくなってしまった。それでオリジナルを録ってみたらものすごく上手くいって、2人ともテンションが上がってしまったんです。

LEOさんと向井さんは世代も違いますけど、どうしてウマが合うんでしょうね?

LEO今井:なんででしょうね?ただ、向井さんはなによりもおもしろい人なんですよ。人間的にウマが合う。実際に聴いてきた音楽は結構違うんですよ、年も離れてるから。向井さんの音楽もヌルくなくて好きです。がっつりドープで、パンチが効いてて。

今回のアルバム『KIMONOS』を制作するにあたって、なにか具体的なイメージはあったんですか。

LEO今井:基本的にはやりながらスタイルが形成されていった感じですね。例えばキング・クリムゾンの80年代初期の作品に現代音楽やミニマル音楽の要素が入ったものがあるんですけど、私はそういうムードのものをやりたかった。向井さんは向井さんでプリンスの90年代初期の作品だったりキップ・ハンラハンやYMOの作品だったり、いろいろインスピレーションはあったと思います。それと同時に、私のなかでは初期インダストリアルだとかゴッドフレッシュ、もしくはティアーズ・フォー・フィアーズのような80sロックもアイデアとしてあったんですけど、2人でそれを付き合わせたわけじゃなかった。お互いにやりたいことはあったわけですけど、それを融合させないとやる意味がない、というビジョンはありました。本質的なコラボレーションじゃないと意味がないので。ナンバーガールやZAZEN BOYSでもなければ、私のソロでもない、本当の意味でオリジナルなものじゃないと。

KIMONOSというバンド名はどういうところから?

LEO今井:大正時代の美人画をアートワークのモチーフにしたいと思ってまして、それを向井さんに説明してたんですよ。こういう絵があって、着物を着た女性が描かれていて……と。そうしたら向井さんが「着物?それをバンド名にしよう!」と言い出して。ただ、調べてみたら“KIMONO”というバンドがすでにいたので、“S”を付けて“KIMONOS”にした。

LEOさんにとっても今まで出してなかった部分が向井さんによって引き出されたような感覚があったんじゃないですか。

LEO今井:それはお互いあると思いますね。向井さんにしてもZAZENの作品ではそれほどコーラスワークを意識してなかったと思うんですけど、今回は一緒に考えたりしました。また、ここまで向井さんがメロディアスに歌った作品もないと思うんですね。私の場合、作曲に関してはこれまでオーソドックスな作り方をしてたんですけど、ワンアイデアで曲を発展させていくような作曲手法を今回たっぷりできました。それと、プログラミングに関してもこれまで以上にいろいろやってみましたし、向井さんからエンジニアリングのスキルも学ばせてもらいましたしね。

今後、KIMONOSは続けていくんですか。

LEO今井:具体的な予定はないですけど、また向井さんと作れたらおもしろいと思います。もともとは友人同士の戯れから始まったものなので、またそういう時期がきたらいいものができるとは思ってます。


『Kimonos』
2010年11月17日発売
2500円(税込)
ウェブ:www.kimonosmusic.com/

テキスト 大石始
※掲載されている情報は公開当時のものです。

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