インタビュー:KGDRex.キングギドラ)

古きを温め、新しきヒップホップの道と光を知る

インタビュー:KGDR(ex.キングギドラ)

2015年7月5日(日)、渋谷のHMV record shopにて、トークショーを行ったKGDR(ex.キングギドラ)。テーマは、最近発売された3つのヒップホップ作品だ。まずは、リマスター盤として再発されたキングギドラの1995年のデビュー作『空からの力』。そして、1982年に制作され、日本では今年3月にリバイバル上映、7月にDVDがリリースされたヒップホップ映画の名作『ワイルド・スタイル』。さらに、2014年の『VICE JAPAN presents StarFes.’14』でまさかの来日公演を行ったNasの、デビュー20周年を記念したドキュメンタリー映画『タイム・イズ・イルマティック』。いずれもヒップホップの歴史を紐解く上で重要な作品である。




トークショーでは、Kダブシャインの仕切りのもとに各作品を巡るディープなエピソードが様々に飛び出したが、そこに通底していたテーマは、オールドスクールヒップホップを今改めて学ぶことの重要さだった。日本においても、いつしかヒップホップ文化は当たり前のものとして根付き、かつてないほどユースカルチャーと密接な存在になっている。そして、そうした若い世代の間でも、ヒップホップの原点を見つめようとする波は確実に大きくなっているという。その波が意味するところは何なのか。トークショーを終えた3人に話をきいた。

今じゃ当たり前にあるものが当たり前じゃなかった頃の話


ー『空からの力』が発売された1995年からの20年間で、日本のヒップホップは、例えば韻の踏み方やスタイルなど、様々な面で変化してきました。今再び『空からの力』がひとつの作品として聴かれることについて、例えば若いリスナー層にはどう響くと思いますか。



Kダブシャイン:確かに最近はSNSとかがあるから、色々な人がどういう風に聴いているか見えるようになったじゃないですか。韻の踏み方にしても、いままではフリースタイルやラップやってる人たちの中で、あいつは硬いだの甘いだのって話題になったけど、いまはリスナーの間でもそういう話題が共有されるようになっていて、そういうとこを楽しみにヒップホップを聴いてる人も増えた。当時(90年代初頭)は、関係者の中だけで「ラップって韻踏むんだ~」って感じだったから評価も、あの人たちはよく踏むスタイル、くらいで止まっていたと思うんだけど、それが今はファンの中でライミングの楽しみ方や評価がしっかりできるようになった。そんな中で『空からの力』をいま聴き返して、20年前にこんだけやってたんだな、とか、当時25、6歳のやつらがここまで色々考えて韻を踏んでたんだな、ということが響けば良いなと思う。

Zeebra:スティービー・ワンダーとか、ローリングストーンズとか、リアルタイムで買っていない作品を何十年も経ってから好きになって聴きまくっちゃうとかあるじゃないですか。それと同じように聴いてもらえたら一番嬉しい。音楽的に今このアルバムを再発することに意味がある、みたいなものはゼロです。ただ、20年経ったというだけ。




Kダブシャイン:音質の面では、当時やりたかったクオリティーのものが今回できたというのは大事だけどね。

Zeebra:当時は、うちらもマスタリングの重要性をあまりわかってなかったから、海外のヒップホップ作品と並べて聴くとどうしても音質面で聴き劣りするなと思ってたね。あとは、『空からの力』の時のビートの感じって、そんなに昔の感じはしないというか。90’s好きの若い子とか、SIMI LABとかと並べて聴いてもらえるんじゃないかな。今のアメリカのメインストリームとは違うけど、常にあるオーセンティックなサウンドだから。

ー『空からの力』がクラシカルな雰囲気を帯びているのは感じました。

Kダブシャイン:ジャケットに金縁がついたからじゃない?(笑)

ー今回のトークショーのテーマだった映画『ワイルド・スタイル』ですが、あれを今の若いヒップホップリスナーが観るとして、どこに着目したら面白いでしょうか。



Kダブシャイン:サウスブロンクスにいた数十人がやってたことが、その後形になって各地に種を蒔いたんだってことですよね。この人たちが、今あるヒップホップのムーブメントのフォーマットを作るために、毎日努力して曲作ったりしてたわけですから。それを意識して観たら、発見や発明がいっぱい転がっていると思いますね。

Zeebra:今じゃ当たり前にあるものが当たり前じゃなかった頃の話というか。



DJ OASIS:今だとさ、ゴールド着けて、PVはお金かかってて、みたいなヒップホップから入ると思うんだけど、『ワイルド・スタイル』を観ると、(当時は)楽じゃなかったんだよね。本気でやっていた人たちが、小さいコミュニティで始めたものだったっていうことを認識してもらえたら。

Kダブシャイン:30年前はこんなに小さいコミュニティから始まってて、その後の広がり方を考えると、ヒップホップってなんなんだ?!ってなるよ。

Zeebra:Nasが『Illmatic』で『ワイルド・スタイル』を使ったように、ある時期までは世代間の断絶って無かったんだけど、2000年くらいから生まれた頃からMTVラップがある子たちが、ヒップホップが聴くようになると、感覚は変わるよね。

Kダブシャイン:そういう中で『ワイルド・スタイル』の時代を振り返るのは重要なんじゃないかな。

Zeebra:あとは、ニューヨークのヒップホップが一回権威を無くした時期を経ているわけだけど、例えば、当時でもサウスの連中がニューヨークのヒップホップを崇拝する図式とかあるじゃん。ディップセットとかをリル・ウェインが大好きで、その憧れを表明するみたいな。

Kダブシャイン:UGKがJAY-Zと『Big Pimpin’』やったときとかそうだったみたいね



Zeebra:だから、ニューヨークのヒップホップが権威を取り戻すということはヒップホップにとってものすごく大切。だから、ASAP Rockyとかが、頑張っているのはすごく良いことだし、彼が成功したのは、ニューヨークのやつらみんなでASAPを担ぎ上げたから。彼の本名の由来になったラキムまで一緒に盛り上げてたわけだから。そのLA版が、ドクター・ドレーが担ぎ上げたケンドリック・ラマー。

Kダブシャイン:ニューヨークのDJがニューヨークの曲をかけないみたいな時期があったからね。

Zeebra:最近になってズールー・ネイション(アフリカ・バンバータが創設したヒップホップDJ、MC、Bボーイ、グラフィティアーティストを中心とした関係者団体)に……

Kダブシャイン:リル・ウェインやNasが入ったり。

Zeebra:そう、そういうもう一度ヒップホップのオリジンを見つめ直す、みたいな空気は今どんどんできているのは感じるかな。

ーニューヨークの盛り上がりがそのまま日本のヒップホップシーンにも密接に関係してくる、という構造はやはりずっとあるんでしょうか。

Kダブシャイン:ヒップホップを凄く分かってるやつは向こう(ニューヨーク)のアンダーグラウンドなものにもアンテナを立ててるけど、(日本の)メディアは、アメリカのヒップホップが全米チャートとかビルボードとかに入ってくるようになると、それを通してコレが売れている、って紹介するでしょ。そうするとやっぱ、聴いている側の意識は変わってくるよね。メインストリームばかり大きくなって、聴く方もそういうものが良い、となると。

ー現在の日本のシーンでも、そういったヒップホップの原初的なものへの意識が欠けているというか、抜け落ちているという感覚はありますか。

Kダブシャイン:あるある。『ヒップホップ家系図』って本が最近出たじゃない?当時のことを懐かしがりたい人たちと、若い子たちは当時のことにすごくハングリーで、その辺のことを知りたいと思う人が世界中で増えたんだと思うんだよね。『ワイルド・スタイル』が今また出たのもそういうことなんじゃないかな。


「生きててくれないと困るよ」って伝えたんですよ


Zeebra:日本のヒップホップのことでいえば、この前のDEV LARGEの追悼イベントがあれだけ盛り上がってすごいことになったということ自体が、もう、そういう波が来ているという感じなんだな、というか。それこそ『空からの力』も、20年前に出したものがおかげさまで……

Kダブシャイン:チャートで良いポジションに行ったもんね。

Zeebra:もしかすると、当時うちらの世代にあったもので今無いものが、あるってことなんじゃないかな。

Kダブシャイン:マグマ沸騰したんじゃないですか~?(笑)。(初期の日本のヒップホップは)流行ってないのにやる、っていうところで熱気はすごかったよね。だから、フラットな感覚で『ワイルド・スタイル』とか『空からの力』を聴いてもらえると、ちゃんとしたヒップホップが根付いてどんどん良いものができるようになる、今がその時なんじゃないかな。



ZEEBRA:Rock Steady Crewのクレイジー・レッグスが、日本のヒップホップ第一世代が作ったBボーイのドキュメンタリーみたいなやつでインタビューを受けているんだけど、その中で、「日本のBボーイのスタイルってありますか?」って聞かれてて。そしたら、「そんなものはない」って。「日本が皆同じスタイルだったらそれはヒップホップじゃない」って言ったんだよ。それはどういうことかというと、日本には日本なりのヒップホップがある、という考え方を否定しているわけ。

ー国単位じゃないと。

ZEEBRA:そう、国単位じゃなくて人単位。どこに住んでいようと、俺はこのスタイル、っていうのがヒップホップのあるべき姿。そういう意識をそれぞれが持てれば面白くなるよね。で、レッグスは、 日本はそれがよくできている、と。それはなぜできているかというと、日本には最初にブレイクダンスじゃなくてヒップホップが先に入ってきたから。他の国みたいにブレイクダンスとかが先に入って、形からカルチャーができたんじゃなくて、ヒップホップを研究してそれを良くしよう良くしようと頑張ってきたから。



Kダブシャイン:日本はヒップホップ先進国なんですよ。『ワイルド・スタイル』も当時いち早く上映して、宣教して回ったわけだから。日本人はブラックミュージックに対する造詣の深さとか、楽しみ方を分かっていて、黒人のアーティストがツアーで全米を回っても感じられないような感触を日本で受け取る、ということがある。だから僕たちは良い耳を持っているんだなって自信を持っていい。

ZEEBRA:それは間違いない。ダンスもどう考えても白人より日本人のほうが上手いもん。

ー最後に、故DEV LARGEさんとKダブさんのことをおききしたいんですけど、長らくビーフ(アーティスト間の論争)中だったお二人がMAKI THE MAGICさんの追悼イベントをきっかけに和解した、そのときのことなんですが。

Kダブシャイン:ビーフが起こったのが2004年ぐらいでしょ。それから10年経ってたわけだし、もともとニューヨークで初めて会った時から仲も良かったんですよ。年も近いし。で、お互い切磋琢磨し合う仲でライバルでもあったんだよね。で、サブリミナルなジャブを曲の中で送ったりしてたんだけど、ある曲のある一部分でDEV LARGEがちょっと拡大解釈というか、誤解が生じてビーフに発展したんだけど。

それで10年経って、MAKI君が亡くなって。DJ MASTERKEYと話していたときに、「DEV LARGEも最近倒れて、危なかったんだよ」と聞かされて、それは良くないなと。このまま揉めたままでは後悔する。水に流して和解したいなと思ったんですよ。そしたらたまたまその後、MAKI君の追悼イベントがある日の昼間に、俺の地元の駅でDEV LARGEにばったり会って。で、体悪くしてたこと打ち明けられたから「生きててくれないと困るよ」って伝えたんですよ。それで握手して。それでその夜、BUDDHA BRANDが盛り上げてるのを観て、「うちらもキングギドラまたやるからBUDDHA BRANDもやりなよ、一緒にコンサート回ろうよ」って話をしていたんですね。だから、今回のことはすごく残念。

KGDR公式ホームページはこちら

▼KGDR ライブ情報
2015年7月18日(土)『NAMIMONOGATARI 2015』 場所:愛知県 ZEPP NAGOYA 

2015年8月15日(土)『SUMMER BOMB produced by Zeebra』 場所:ZEPPダイバーシティ東京

2015年9月6日(日)『SUNSET LIVE 2015』 場所:福岡県 芥屋海水浴場

2015年9月19日(土)『第8回高校生RAP選手権』 場所:大阪府 堂島リバーフォーラム

2015年9月22日(火) 『MUSIC TRIBE』 場所:岡山県 岡山武道館

インタビュー 三木邦洋、松田宇貴
撮影 谷川慶典
※掲載されている情報は公開当時のものです。

この記事へのつぶやき

コメント

Copyright © 2014 Time Out Tokyo