インタビュー:菊地凛子と菊地成孔

歌手Rinbjöとしての新たな挑戦

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インタビュー:菊地凛子と菊地成孔

※2014年12月発行『タイムアウト東京マガジン5号(英語版)』に掲載した日本語翻訳記事を転載

『バベル』の綿谷千恵子役でアカデミー助演女優賞にノミネートされてから8年になる菊地凛子だが、彼女がその栄光に甘んじることはほとんどなかった。日本映画で複数の役を演じる傍ら、彼女はさらに『ブラザーズ・ブルーム』や『パシフィック・リム』、『47RONIN』にも登場し、ジュリエット・ビノシュ、ガブリエル・バーンと並んで2015年『Nobody Wants the Night(邦題未定)』にも出演する予定だ。しかし、こういった映画スターとしての成功も、野心溢れる34歳を満足させるには至らない。ニューヨークやローマでの撮影の最中に彼女は歌手に姿を変え、2014年12月にRinbjöの名でデビューを飾る。

「女優として年齢が有利にならない地点に達しつつあると感じています。10年以上演じ続けて、あちこちで私のやっていることに対する関心がただ薄れていくかもしれないという不安を覚えました。なので、新たな表現形態を探さなくてはと思ったんです」と凛子は言う。次の計画は、女優としてのキャリアに直接繋がりのないものと決め、彼女は音楽を選んだ。

プロデューサーとして起用したのは、音楽監督、コラムニストなど複数の役をこなすジャズミュージシャン、菊地成孔。「音楽ライターである友達の野田努くんから電話を受けて、菊地凛子を知ってるか?と聞かれて。そしたら彼女本人が電話に出て『音楽をやりたいです。プロデューサーになってください。あなたにしか頼みたくないんです』と」と成孔は回想する。「正直最初ははいたずら電話だと思ったよ」。しかし人の直感を強く信じる成孔は、彼女の頼みをすぐに承諾した。凛子も同じように、一緒なら上手くいくだろうと感じたと言い、「本能的な直感に従えば、いつでも正しい方向に導いてくれると信じている」と話す。

成孔は、音楽的に彼女がどれだけのスキルを持っているかまったくわからなかったとは言うが、それでも直感は功を奏したようだ。「当時彼女について知っていたことといえば、顔と声と演技だけだったんですよ。歌手にキャリアを切り替える人のほとんどは、とてつもなく良いかその真逆かの2種類のどちらかに陥る。でも凛子さんの場合、彼女の歌は素晴らしく上手でも下手でもなかった。彼女はただ経験が足りないだけで、だから最初は少しだけぎこちない感じになって」このため成孔は最初からフルアルバムをプロデュースすべきだと決心する。1曲だけで彼女の能力を披露しようとするより、聞き手にフルパッケージを届けようというわけだ。結果、完成した14曲を収録するアルバム『戒厳令』は、2014年12月24日に店頭に並ぶ。

アルバムで成孔は自身のルーツであるジャズから離れ、スパンク・ハッピーやジャズ・ドミュニスターズでの活動経験をいかしつつ、エレクトロ、ポップ、ハードコア、ヒップホップを組み合わせたマルチジャンルなテイストを選んだ。ラップで凛子はその手つきにすら挑戦した(成孔曰く、彼女のスキルは「本当に締まっている」とのこと)。ゲストアーティストには、ヒップホップユニットであるSIMI LABからラッパーのI.C.I、韓国アーティストのPaloaltoなどを含み、これはロマンチックなバラードやポップソングの陳腐な寄せ集め以上のものであると十分に言える。成孔は「現在の音楽シーンは、皆が単純な愛の歌を求めることで歪んできた」と嘆く。「元気なラブソングは凛子のスタイルにはあまり合わないから、エッジが効いたアート指向のアルバムを作ることを選んだんです」。

演技という居心地の良い場所から抜け出すのはどんな気分だっただろうか。「音楽と演技の業界は言うまでもなくまったく違うので、私にとっては新鮮で楽しい経験でした。もちろん良い仕事をできたかどうか心配したし、逃げているように感じた時もあったけれど、全体的には楽しく面白い経験でした」。

現代のプロデューサーが自由に行うボーカルエフェクト技術を考えると、成孔がアルバムをプロデュースしすぎないよう努めたということに注目するのは興味深い。彼は凛子の自然な声を披露したかったのだ。結果として、彼は含み笑いを浮かべながら、Rinbjöはある種「するめ型」だろうと言う。「でも彼女はとても美味しい料理だよ」。

撮影 Manabu Morooka
テキスト 鈴木幹也
※掲載されている情報は公開当時のものです。

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