夜の東京は文化のゆりかごになるか

改正風俗営業法が変えるナイトライフの未来を斎藤貴弘弁護士に聞く

夜の東京は文化のゆりかごになるか

一定の条件を満たすことでナイトクラブの深夜営業が可能になるほか、ダンスホールやダンス教室を規制対象外とする改正風俗営業法が、2015年6月17日(水)の参議院本会議で可決され、成立した。このニュースは多くの人の関心を集めた一方で、規制緩和に対して反発する声もあり、また、クラブに足を運ばない人にとっては依然として遠い話題として映っている。1年後の改正法施行は、都市を、街をどう変えていくのか。法改正運動の先頭に立って活動してきた弁護士の斎藤貴弘は、今回の法改正の意義は「クラブのため」だけにとどまらないと話す。その言葉の真意には、旧風営法の規制によって押さえ込まれていた文化の発展が、はじめて健全に花開くことへの期待があった。




ー今回、改正風営法が成立して、1年後には施行となりますが、施行後は具体的にどのような変化が起こるのでしょうか。

まず、デイイベントが、飲食店としてまったく許可が必要のないかたちでやれるようになりますよね。既に最近は深夜ではなく終電までのイベントが増えてる気がしますし、更に増えていくことになるのではないでしょうか。たとえばこれまでは、深夜前の時間帯だったとしても、ライブハウスでDJを入れたイベントをやることも厳密には許可が必要だったわけですが、それも合法になる。そして、深夜営業、24時以降に関しては許可をとれば可能になる。今までの法的なグレーゾーンがクリアになりコンプライアンスが意識されるような大企業も入ってこれますし、融資も受けられるようになります。

ースポンサーがついてしっかりとお金をかけたイベントが広く可能になるのですね。

そうですね。そのなかで才能のある人がちゃんと育って活躍できるようになればいいですね。今まで本当に音楽が好きな人が、とてもいいコンテンツを作りながらも小規模に、場合によっては身銭をきってやらなければならない状況もあったように思いますが、風営法改正によって経済的な基盤をもう少ししっかりさせる、ひいては豊かな才能を育てていくことができるようになればと思います。

ー今回の改正案の成立にあたって行われた審議においての警察庁担当局長の答弁では、野外のコンサートやフェスに関して、設備を設けて深夜に営業すれば許可が必要、ただし反復継続利用が前提で、年1回、数時間程度の開催であれば規制対象としない、ということでしたが……。

このようなライブコンサート業界のヒアリングなどほとんどなされないまま法改正が進んでしまったという経緯があり、このあたりは施行までの検討課題として残っています。まさか、このような大型フェスの深夜時間帯を中止に追い込むような状況を作ってしまうということははあり得ないと思いますが、これから急いで検討していく必要があります。

ー海外のナイトライフ事情で、なにか参考になるものはありますか?

つい先日、アムステルダムのナイトメイヤー(※)のMirik Milanとスカイプ会議をしたんですが、彼曰く、まずナイトクラブやナイトライフという言葉が間違っていると。「ナイトカルチャー」なのだと言ってましたね。文化的なものという意識が強いわけです。すごく考え方が進んでいて、昼間はビジネスの世界で仕事をして役割を担って、夜はその枠が外れて、自分の好きなことができるプレイグラウンドになる。そのプレイグラウンドから昼には生まれない文化が生まれて、それが循環して、新しいビジネスに繋がる。その最たるものが、ロンドン五輪の開会式と言っていました。あの煙突を作ったAirworksは、80年代〜90年代のアムステルダムで遊んでいた人たちです。そうやって、昼間に還元されていって、昼間も面白くなっていく。「夜」に対して非常に寛容なんですね。そういった夜と昼、文化と経済を連続したものとしてつなぎ、多様な生態系を作っているというその姿勢は東京の街づくりでも重要な視点だと思います。



※ナイトメイヤー(Night Mayor)は、2002年にアムステルダムで発足した「夜の市長」として活動するボランティア。アムステルダム市長公認の団体で、2015年には5人目の「夜の市長」としてMirik Milanが選出された。ナイトカルチャーは社会的、文化的、経済的側面から、土地をより画期的で活発な都市たらしめるとして、夜間のアクティビティに参加するすべての人のための中間的な代弁者となり、クラブ運営における規制やルールをアムステルダム市長にアドバイスするなどの活動を行っている。




ー音楽に限らず、文化が熟していく場所として夜があるんですね。それは日本ではまだ根付いていない意識ですね。日本だと夜には性的ないかがわしさが先にあって、なかなか文化という言葉と自然と結びつく感覚は薄いのが一般的かもしれません。

深夜以降のダンス営業や遊興を一律に禁止していた従来の風営法は、そのような価値観に基づいています。ヨーロッパではオランダ以外でも、お金持ちはまだ無名のアーティストたちのいる店に積極的にお金を落としていくという、ちょっとしたパトロンみたいな意識を持っている人が多く、アーティストがたむろしていたり、良いDJのいる店は文化拠点として人気の店になっていくという話を聞きます。なので、お店も音楽やアートに対して寛容になり、サポートしていく。そのような文化をサポートするという姿勢が、結果としてその街を魅力的なものにしていくように思います。このようなお金の使い方のセンス、非常にうらやましく思います。

ー本来、良い音楽の鳴っている場所というのはそういった人々が集まるものなのでしょうか。

日本では風営法が、いかがわしい風俗営業と定義し、本来文化の源泉であるはずの夜の時間帯に蓋をしてしまっていました。これからオープンになることで、そういった人たちが流れていったらいいなとは思います。そのために思いのある企業や人たちと風営改正後のビジョンを色々と話をして、一緒に多様な文化が生まれる豊かな土壌作りをしていきたく思っています。



ー改正案成立後で、斎藤さんが風営法関係で関わっているものにはどんなものがありますか?

これまでボランティアとして仕事の合間にやってきましたが、もうなんか最近はこっちも仕事みたいになってしまっていますが(笑)。いまやっていることのひとつとしては、先ほどのアムステルダムのナイトメイヤーを世界に広めていこうということをやっていて、2016年の4月にヨーロッパを中心とした28都市が集まってナイトメイヤーのカンファレンスを行う予定です。そのサミットをキックオフにして、ナイトカルチャーの世界的なネットワークを作ろうという計画があります。せっかくだからこのタイミングで日本もそれに参加しようと。世界の輪の中に東京も入るための活動、これがひとつですね。

あとは、東京都にとって改正案を意味のあるものしなくてはいけないという点。ナイトエンタテイメントのコミッションというのが世界中の主要都市にはあって、行政と事業者、有識者がプロジェクトを組んでナイトエンタテイメントを推進していくというものなんですが、それを東京にも作っていくために色々と動いています。なので、東京や日本の各都市でナイトカルチャーコミッションを作り、これを世界とのネットワークの中に位置づけていくというのが最近の主な動きです。あとは、仕組みや制度も重要ですが、今回の風営法改正により、また新しいプレイヤーが登場すると思うので、どんどん現場が盛り上がり、都市が文化的にも経済的にも面白くなっていってもらいたいです。

ー先日は「踊る弁護士」なんて見出しで紹介もされていましたが、学生時代には音楽活動をされていたということで、今回の風営法改正を進めることが、日本の音楽をとりまく環境をもっとあるべき姿に変えるための一歩となるとお考えでしょうか。

仕事後に踊ったりとかそういうことはまったくやってないんで、全然「踊る弁護士」じゃないんですが(笑)。そうですね。まわりにいる人たちを見ていて、お金儲けとしての音楽ではないにしたって、社会的な認知度が低すぎるという状況はあるように思います。空間を作るという意味では、店の内装のデザインは仕事して認められ、デザイナーという職業は市民権を得ていますが、たとえば音楽や音響による演出だってそれらに相当するものだと僕は思います。音楽を聴く場所ももっと、クラブはもちろんとして、ギャラリーや飲食店、ショップなどもっと複合的になっていいと思います。海外に比べて音楽のパブリックイメージが全然アップデートされてない日本は、いまだにOSが『Windows 95』で動作しているみたいな感じです。魅力ある文化都市として音楽やその周辺文化はとても重要ですが、それが圧倒的に遅れてしまっていると思います。

ー改正案施行後の日本では、こういうことをしてみたら良いんじゃないか、というものはありますか。

たとえば飲食店の事業者の人たちは、お店の価値を高めるためにもっと音楽を活用する余地は大いにあると思います。イベントによる集客に加え、音楽はマーケティングやプロモーションの観点からも存在感を増してくると思いますが、僕はそれを悪いことだと思いません。飲食店は音楽をもっと有効に賢く活用することで、お店のブランドイメージを格段に高めることができると思いますし、それによって才能あるミュージシャンの活躍の場も増えます。先のヨーロッパのパトロン文化にも通じるものがあると思います。また実験的な音楽の表現の場としては、クラブや飲食店よりも、ギャラリーや美術館の方が適しているかもしれません。音楽とアートの境界はテクノロジーの進化とともにどんどんなくなってきています。ギャラリーなどでアートと同じ感覚で最先端の時代の音楽を楽しむということはもっとあっていいと思います。音楽を聴くといえば、派手にライブハウスかクラブで聴くものという感じですけど、もっと広く、音楽の違う価値を音楽以外の業界が掴み取っていけるようになればと思い、風営法改正運動と並行して、そのためのネットワークを少しずつですが作っています。

ー今回の改正は、ただクラブにまつわる話題ではないということですね。

そうですね。クラブを守る、ということにとどまらず、クラブに限られず音楽、さらにはそれまつわる文化がどんどん発展していってほしいんですよね。生き物と一緒でDNAが進化すれば入れ物は古くなっていきますから、クラブカルチャーが生まれる場所としてはクラブじゃなくてもいいと思います。もっと柔軟に生物の進化と同じイメージで、時代の空気を感じ取りながら有機的に形を変えて面白くなっていけばいい。形を変えて広い世界に飛び火していけばいいですね。

ーそう考えると、これまでは規制があったからこそライブハウスはライブハウス、クラブはクラブ、という枠組みが現実的にも意識的にも強固だったのかもしれませんね。

凄い音響で音を浴びて朝まで踊るというのもストイックで伝統的なクラブのあり方としてすばらしいと思います。最高峰の音響で身体で音楽を浴びるというフィジカルな体験は、インターネット全盛の今、とても重要だと思います。強調したいのは、それにとどまらず入り口は多くあった方がいいということです。それは飲食店かもしれないし、ギャラリーかもしれない。今回の風営法改正は「朝まで踊るために」ということだけではなく、もっと幅広い文化圏の人たちも含めたインフラ整備だと思います。音楽やその周辺文化が市民権を得て、都市が魅力的な文化のゆりかごとして機能するために重要なことだと思います。


インタビュー 三木邦洋
※掲載されている情報は公開当時のものです。

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