インタビュー:佐々木芽生監督

人生をアートに捧げた夫婦を追った映画『ハーブ&ドロシー』について

インタビュー:佐々木芽生監督

ニューヨークを拠点に活動する日本人映画監督、佐々木芽生が初めて監督とプロデューサーをつとめた映画『ハーブ&ドロシー』が、いよいよ2010年11月13日(土)に公開される。

佐々木は、1987年に渡米してから、フリーランス・ジャーナリスト、NHKキャスター、ニュースディレクター、レポーターなどとして活躍し、その後またフリーとなって、数々のテレビ番組制作に携わってきた。

初めて取り組んだ映画の題材に選んだのは、ニューヨークの1DKのアパートに住む1組の夫婦。郵便局員として働くハーブと、図書館司書として働く妻のドロシーだ。夫婦は、決して裕福なわけではなかったが、ドロシーの給料で生活しながら、ハーブの給料をすべてアート作品購入にあて、30年間でおよそ4000点ものコレクションを築き上げた。そして、驚くべきは、そのコレクションのほとんどが、ワシントンのナショナルギャラリーをはじめとする美術館に寄贈されたこと。4年の年月をかけ、夫婦の暮らしや、彼らが交流をもつアーティストなどを丁寧に追いかけたこの作品は、複数の映画祭で、最優秀ドキュメンタリー賞や観客賞など多数受賞した。監督の佐々木に、映画を作ろうと思った経緯など、話を聞いた。

どうして、この夫妻のドキュメンタリーを作ろうと思ったのですか?

佐々木:2002年にワシントンのナショナルギャラリーで開催されたクリスト&ジャンヌ=クロードの展覧会に、テレビの撮影の仕事で行ったんですね。そこで展示されていた作品が全部2人のコレクションからのものという事を知ったんです。ご夫婦の話やコレクションの成り立ちを聞いて、すごいびっくりして、胸を打たれたんです。

コレクターというと、普通はお金持ちで裕福な人が、趣味でやっているというイメージじゃないですか。この夫婦は純粋にアートが好きで、ある意味、命がけでやっている。最後には、一点も売らないで寄付する。そんな、おとぎ話のような話が現実にあるんだなと感動して、いつかこの夫婦を何らかのかたちで日本に紹介できればな、と漠然と思っていたんです。その2年後(2004年)に偶然お2人にお会いして、撮り始めたんですね。

密着して撮影するにあたって、ご夫婦との信頼関係はどのように構築していったんですか?

佐々木:この映画は完成までに4年ぐらい掛かっているんですね。資金が一時途絶えたりしたこともあり、時間が必要でした。色々待っている時に、カメラを持たずに夫婦と会う機会が増えることになって。彼らと、お昼を食べたり、お茶を飲んだり、雑談したりする時間が多くなったんです。カメラ無しで2人に会った時間のほうが長いぐらいです。結果的に、その間に信頼関係が築けましたね。

撮り始めの頃は、本当に信頼してもらえなくて。撮影範囲が限られ、取材のための情報もあまり提供してもらえませんでしたね。2人の聖域とも言えるアーティストのアトリエに行っても、作品を購入する場面は絶対に撮らせてくれなかったんですが、撮影の最後のほうに、ようやく撮らせてくれました。

今では、娘みたいに思ってくれていて。ハービーが病気で手術をした時は、私がついて行きました。ハービーの様子を窺うために、ご家族やナショナルギャラリーのスタッフからは、私のところに電話がかかってくるんですよ(笑)。

ナショナルギャラリーの打ち合わせ室で、ハービーが鋭く立体作品を眺めて、置き方を変えていたシーンがとても印象的でした。

佐々木:2人がアート作品を目の前にした時は、目のクロースアップを必ず撮るようにしたんです。特に、ハービーが作品と向き合った時に彼が発する緊張感のようなもの、目つきに注目するようにしました。そういうアプローチをしたことで、あの場面は本来であれば、ドロシーがキュレーターと話すのがメインの出来事だったのですが、ハービーが隅っこで作品に引き寄せられていくところを上手く撮れました。

それまで、撮影初期の頃は、まず2人のインタビューを撮影してたんです。それが、アートについて好きな理由や購入した理由を質問しても、ただ「好きだから」「綺麗だから」など単純な答えしか返さないんですね。作品の事を説明できないアートコレクターのドキュメンタリーをどうやってつくるのか、と困ったんです。それを、イタリア人アーティストのルチオ・ポッチィに相談したところ「だから2人はすごいんだよ」「2人はアートを説明する言葉を持たないかもしれないが、でも2人の目をみてごらん。特に、ハービーには、他の人には見えてない何かが、見えている。目がギラギラしてくるのを見ればわかる」と、言われたんです。

結局それが、この映画のひとつの大事なテーマになったんです。アートは言葉で語らなくてもいい。本当に、真剣に見る。その作品から何がみえるかを追求することが大事なんだということがわかりましたね。

編集の段階で、人間ドラマとアートのバランスはどのようにとりましたか?

佐々木:私自身も現代アートの勉強をしていたこともあり、最初は、専門家への解説や資料映像などアートについての教科書的な要素を多めに詰め込んでいたんですね。でも、テスト試写で、「つまらない」という反応が多くて、評判が悪かったんです(笑)。その後は、アートを説明するような要素はほとんどカットして、2人の人間ドラマに集中するようにしました。キュレーターなどの専門家の話ではなく、拙い言葉でもいいから、ハード&ドロシーに、例えば、彼らがコンセプチュアルアートをどう理解しているかをシンプルな言葉で語ってもらうということにしたんです。

同時に、私自身の役割は、観ている方をアートの世界の扉、その入り口までお連れする事だと気づいたんです。映画でアートについて、教える必要はないんですね。アートについて知りたいと思えば、扉を開けるのはお客さん自身で、その後は、本を読むなり、美術館に行くなりして頂ければよいのだと思います。アートを知らない人にも、まずは、楽しんで観てもらえるようしました。

この作品は日本では、自主配給ですが、この方法に到るまでどのような経緯があったのですか?

佐々木:全世界の配給権を持っていたニューヨークの会社が日本でも配給できるように各社と交渉していたのですが、映画業界の低迷もあって、結局、日本でやってくれるところが見つからなくて。それで、私のほうに権利を戻してもらって、なんとか公開したいと思って自分で色々な方に相談しました。

たまたま、今年の春頃に内輪で開いた試写会での反応が良く、さとなおさんのブログで紹介された後、あっという間に色々な方から応援のメッセージを頂いて、手応えを感じたんです。それをきっかけに、編集者やクリエイティブ業界で働くメンバーが、ボランティアで集まってくださり、既存の配給会社を通さずに、私たちで公開してみようということになったんです。映画配給のプロではないので、本当に手弁当でやっています。印刷物や予告編の制作など最低限の経費はかかってしまうのですが、広告費をかけないようにプロモーションしています。

この映画の場合は、アートに関心のある方なら気に入ってくださるだろうと思い、まずは、“アート好きの方”をターゲットにしました。その方たちが、この作品の応援団になって、ツイッターやブログなどの口コミで広がるといいなと思い、アート関連の方が集まるようなギャラリーや美術館で試写会、上映会を開いてます。

まさに、D.I.Y な映画制作、宣伝の流れですね。

佐々木:そうですね。アメリカでは、インディペンデントな映像作家を支えられるような配給会社が潰れてしまって、配給がなかなかできないというのが、現実問題としてあります。そういう背景もあり、口コミで映画作品を広める方法が支流になりつつあると思います。劇場で公開すらされないケースもあって、図書館や美術館、学校などで自主上映会がたくさん開かれています。劇場でかからなくてもいい、という割り切りがありますね。

そのような手法を日本でも試したいなと思っていました。そうすることで、日本で映画を作っている方にとって、配給会社を必ずしも通さなくても、自分たちでできるという、ひとつの成功例になればいいかなと、思っています。

次のプロジェクトのお話を伺えますか?

佐々木:『ハーブ&ドロシー』の続きのような、プロジェクトがあります。4000点を超えていた彼らのコレクションのうち、1000点はナショナルギャラリーが引き取りました。その残りから、50作品をひと纏めにして、全米50州へコレクションが行き渡るという、アメリカの歴史のなかでも、最大クラスのアートの寄贈プロジェクトについての映画になります。受け取った側が、それぞれのコミュニティで、ハービー&ドロシーのコレクションを迎えて、どういう反応があるのかというのを追います。例えば、保守的なエリアの美術館だと、ヨーロッパ絵画などが中心で、今まで現代アートのコレクションをしてないところもあるんですが、この寄贈プロジェクトをきかっけに、コンセプチュアルアートの扱いが増えたところもあります。逆に、アートコレクターが多く、アートの拠点になっているマイアミなどでは、コレクター達が自分の名前のついた美術館を建てる傾向にあるので、地域の美術館が公共的、奉仕的なスピリットの大切さを発信する例として、ハーブ&ドロシーのコレクションを紹介しています。州によって、アートの受け止め方が違うのが面白いですね。

同時進行で、もうひとつ、捕鯨紛争を題材にした映画も撮ってます。太地町にも、何度も行って取材しています。

お住まいのニューヨークで、最近お気に入りの場所はどこですか?

佐々木:最近は、映画の仕事で出張が多いので、“自分の家”がいちばん良いですね(笑)。ブルックリンの橋のたもとに、新しく『ブルックリンブリッジパーク』という公園ができたんですよ。そこは、川沿いですごく綺麗ですね。



映画『ハーブ&ドロシー』
11/13(土)よりイメージフォーラムにてロードショー
オフィシャルサイト: http://www.herbanddorothy.com/jp/
ツイッター:http://twitter.com/herb_dorothy

『ハーブ&ドロシー』クロスレビューはこちら

インタビュー / テキスト タイムアウト東京編集部
※掲載されている情報は公開当時のものです。

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