100年後、映画は生き残れるのか

キネマ旬報映画総合研究所所長、掛尾良夫インタビュー

100年後、映画は生き残れるのか

2月に開催された第60回ベルリン国際映画祭で、映画『キャタピラー』の寺島しのぶが銀熊賞を受賞するなど、明るい話題で始まった2010年の映画シーン。9月には、第34回モントリオール世界映画祭で、『悪人』の深津絵里が最優秀女優賞に輝いた。キネマ旬報映画総合研究所所長、掛尾良夫とともに2010年を振り返り、映画界の未来についても話を聞いた。

2010年の映画シーンで、掛尾さんが印象に残っていることは何でしょう?

掛尾:やはり、2009年12月23日に『アバター』が公開され、『アリス・イン・ワンダーランド』、『トイ・ストーリー3』と、興行収入100億円以上の作品が3本出て、日本映画でも『海猿』が80億円に迫るヒットとなり、3D映画の大ヒットが最大の話題だと思います。当初は、一過性のものじゃないかと危ぶまれていた面もありましたが、今では、定着したと言って良いくらいに認知度が高まってきました。ただ、3Dが目新しくなくなったことで、『トロン』、『シュレック3』の出足も期待ほどではなく、これから先、3Dならなんでもヒットするということはないでしょうね。夏までは、映画産業全体が良かったんですが、11月以降、ちょっと失速してきました。期待ほどではなかったにしろ、『踊る大捜査線THE MOVIE3ヤツらを解放せよ!』もヒットしたし、特に大きなヒットではなかったけれど、『告白』と『悪人』という作品が、テレビ局の力がなくてもヒットしたということがありました。

当然のように3D上映で映画料金があがったので、映画の興行収入全体が、前年対比で110パーセント、過去最高になるであろうと言われています。他の業界が前年割れしている中で、映画産業は2008年に対して2009年は伸びていたし、2007年に対しても2008年は伸びていた。この3年くらいは、微増だけど、市場規模は伸びていますね。デフレの中で、料金単価があがるということも、他の産業では見られないことなので、外見的には、レコードだとか、出版とか、新聞ほかに比べると、良い産業ですね。

とは言っても、支えているDVD市場は、非常に悪い。ものすごく悪いので、そこは心配ですね。映画館が良いのは、特別なイベント感があることですよね。音楽でも、レコードじゃなくてライブにお客さんが集中しているように、映画はライブに近いんですよね。

『トロン』はすごく話題になっていましたし、タイムアウトロンドンでもニューヨークでも、3つ星の評価でしたから、前評判はそんなに悪くなかったと思うんですけど、ダメなんですね。

掛尾:日本はすごく特殊な市場なんです。良く比較されるのは、お隣の韓国ですが、韓国だと、『ダークナイト』とか『アイアンマン』とかがすごくヒットするんですよ。『ダークナイト』は450万人くらい入りましたが、日本では150万人程度。3分の1です。世界的にその種の映画はあたるんですが、日本だけあたらない。だから、ハリウッド映画の日本ブランチのスタッフは頭を抱えていますよ。『ROOKIES』とか『花より男子』に比べれば、約50倍も制作費がかかっている映画があたらないんだから。アメコミとか、SFものの映画は、日本ではあまり受け入れられないんですよ。その理由のひとつに、観客に高齢層が多いということがあげられますね。

年齢層が高いという話になりましたが、通常の興行とは違って、『午前十時の映画祭 何度見てもすごい映画50本』のようなイベントがうまくいっているのは、どのような分析をしていますか?

掛尾:日本ではこの5、6年の間に、映画館と映画の公開本数がものすごく増えたんですよ。増えた背景には、携帯とか、異業種の企業が、配信するコンテンツの確保のために出資したりしていたんです。でも、公開本数は増えても、観客は増えなかった。小規模の新作はたくさん出るんだけど、ほとんど認知されない。そうすると、『アラビアのロレンス』とか、『ウェストサイド物語』みたいな作品は、皆が知っているから、映画館でもう1度観たい、って思ってくれるんでしょうね。 『午前十時の映画祭』は、朝10時から1日1回、1週間で7回しかまわさないけど、1日1回で100人とか、場合によっては満席になることがある。だけどミニシアターでやる新作なんて、初日に100人入らないことがたくさんあります。つまり、新作より、評価されている古い映画のほうが、人が入る。 例えば、その辺の新人ミュージシャンより、ビートルズのデジタルリマスターのほうが売れるのと一緒。信用があるものがうける。ただ、将来的な懸念としては、若い世代が、そういう古典を観て、感動しているか、というとしていない。若い子が、外国の文化に関心がないというのは、映画に限らずで、翻訳小説だって『ハリー・ポッター』くらいしか読まないし、洋楽は聴かないし。やっぱりそれは、日本の閉塞した国の状況を表していますよね。

映画に関して言うと、2010年は、この5年くらいの間に異業種が参入してきて、増えた公開本数や、東京に増えたミニシアターが、ネガティブな意味じゃなくて、適正な数字に調整される過渡期、戻りつつあることがドラスティックに始まった年。中期的に見ると、若い映画ファンが増えていないことが不安材料ですね。

なぜ増えないのでしょうか?

掛尾:いろんな理由があるけど、まず、2時間という時間。24時間の中の2時間を、継続して使うというのは、今の若い人には、たぶん難しくなってきているのだと思います。携帯でちょこちょこメールしたり、ツイッターしたり、彼らは時間をコマギレに使いたい世代。だから、2時間集中しているのが苦痛になってきているんでしょう。あとは、習慣もあります。映画を観る習慣は、親の問題もありますから。スマートフォンやDVDのモニターで映画を観たりして済ませているから、家族で映画館に行く習慣もだんだん減ってきていますよね。 映画は110年前に発明されましたが、集団で観るというのは、もともと芝居の代替物でした。テレビができて、携帯やiPhoneができて、映像エンターテインメントというものがどんどん多様化していっています。一方、小説を書いたり、芝居を演じるというのは、極めて人間の本質的な行為です。そういった意味では、100年後にも芝居は残っていると思うけど、現在のかたちでの映画は残っているかわからないですね。 特にこの3、4年のデジタルという時代に、急速に変化して、先を予測できなくなりました。

若い世代は、映画だったり、舞台だったりといった非日常より、もっと自分の身近なところに“文化”を求めるようになった気がします。

掛尾:文化といっても、作り手の周辺の世界で、広がりや普遍性がない。つまり、長い歴史の中から生き残ってきた文化を吸収して、99パーセントはコピーでも、1パーセントの新しいものをプラスしてくれるだけでも良いのに、99パーセントを知る努力もしない。やっぱり、本を読まない、映画を観ない、下積みをやりたくなく、友達同士で集まって、手短にやっている。天才はそれでもいいけど、普通の人たちがちょこちょこっとやっても、売れるわけがない。

例えば、デジタル化がすすむことで、小さい作品の公開が3、4館から始まって、話題を呼んだときに一気に広がることも考えられますか?

掛尾:そういう可能性もありますよね、『ブレア・ウィッチ・プロジェクト』みたいな。でも、そういう可能性はある一方、マイナーとメジャーの2極化して、中間がなくなるんですよね。アニメでいえば、ジブリとピクサーはお金をかけられるけど、ほかはほぼ予算なしで作るような。だから、デジタルがコンテンツ制作者にとって良いかというと、現実的には消耗するほうが大きいのではないでしょうか。

確かに、制作費は2極化すると思いますが、これはしばらく続いていくんでしょうか。

掛尾:大きい部分でいうと、完全にハリウッドの世界流通があって、ヨーロッパのドメスティックな映画産業はなかなかシェアをとれない。フランスはなんとか30パーセント。イタリアとかは10、15パーセントくらいですね。日本や韓国は5割くらいもっています。とは言いながらも、映画という大きいビジネスは、日本は幸い入場料金が高いから国内市場が大きいのですが、韓国では、国内だけでは回収できないから、結局世界へ出ていくしかない。日本の映画産業は、ガラパゴス化しているとも言えますね。ただ、そこで、少子高齢化していくなか、中国語圏の映画と、英語圏のハリウッド映画の中で、日本映画がどうやって生き残るのかは、映画産業の問題ですよね。まぁ、そういうのがわかっていても、目先の問題として、ハリウッドや中国と組むのはリスクが大きくて難しいというのが現状です。

掛尾さんが、今注目している監督はいますか?

掛尾:ここ15年くらい、韓国の映画関係者と仕事をする機会が多く、どうしても韓国の映画監督に注目してしまいます。実際、若い才能が次々と誕生していると思います。

何が違うんですか?

掛尾:観察力というか、時代に対して何を発信するか、自分と社会という関係をしっかりとらえている。自分たちのまわりだけじゃなくて、もっとそれが、普遍的に広がっていく。去年韓国で、『チェイサー』という、実際に、デリヘル風俗嬢を7、8人殺していった事件を、ナ・ホンジン監督が映画化しているんですが、犯人には動機がないんですよ。ナ・ホンジンは、その心の闇を描いたんですね。現在の犯罪というのは、ほとんどがそうですよね、秋葉原の歩行者天国にトラックで突っ込んでいった事件とか。今のクリエイターは、そこに迫ってほしいと思います。『チェイサー』は、カンヌ映画祭に出品されたとき、20世紀フォックス・インターナショナルの担当者が見て、その才能を見込んで次回作に出資することになりました。まさに今、12月にソウルで公開されています。

なにか、今後の日本映画界に、明るい話題はないですか(笑)

掛尾:今、数年前に比べて、製作費を集めるのがとても難しくなってきています。だからこそ、逆に、こういう厳しい環境だからこそ、本気でやりたい人が出てくると期待しています。映画って、途上国など、問題を抱えているところのほうが、力強く、面白いものが多く出ています。日本も、これから、厳しい環境に向かわざるを得ない中で、パワーのある人が出てくると思います。

テキスト 東谷彰子
※掲載されている情報は公開当時のものです。

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