2010年07月08日 (木) 掲載
“座組”という言葉がある。日本国語大辞典には、「演劇、見世物、寄席など、一座の出演者の組織。江戸時代では、興行する歌舞伎役者の一年間の顔ぶれなどを決めた一座をいう」とある。しっかりした建物の中に客席があり、そこから一段高いところにステージがあるという“劇場”は、日本では明治維新以降の近代化によってもたらされた。明治以前の演劇集団は、各地を旅しながら神社の境内などに臨時の芝居小屋を建て上演していた。そんな昔ながらの芝居の雰囲気を、現代の新宿でも味わうことができる。2010年7月16日(金)から新宿花園神社で上演される座組『椿組』の野外劇『椿版 天保十二年のシェイクスピア』だ。
椿組を率いる外波山文明はアングラ演劇にルーツを持つ演劇人で、現在63歳。アングラ演劇とは、1960年代から80年代にかけて日本で起きた演劇運動だ。前衛的な芸術は、しばしルーツを探り、そのルーツの力を援用することによって、“形式”を脱構築しようと試みるが、アングラ演劇にもそのような面がある。アングラ演劇を代表する人物で、現在も活躍する演出家の唐十郎は、かつての座組のように、神社の境内というこれ以上ないほど日本的な場所で芝居の興行をはじめた。外波山は“アングラ演劇の聖地”とも言える花園神社で芝居を上演することに強いこだわりを持っており、1985年より25年に亘って、この場所での野外劇をつづけている。
また外波山は神社に限らず「公園や駐車場など、どこだって劇場になる」という信念のもと、野外劇・路上劇をはじめ、シルクロードを旅しながらインドやアラブ諸国で芝居をして回るなど、ユニークな演劇活動を続けてきた。そこにあるのはいわゆる“劇場”の一段高いステージの上からではなく「お客さんと地続きで、土の上で芝居をやりたい」という思いだ。
外波山の思いは徹底されている。『椿組』のカーテンコールが終わると、役者は急いで入り口へと走り、並んで観客を見送るのが慣わしだ。それは、芝居は大衆のためのものであり、自分たちは“地面の上”で芝居をする役者なのだから、高いところに陣取らずに、お客さんと同じところで、心から感謝の気持ちを伝えるべきだ、という哲学の表現でもある。
今回上演される『天保十二年のシェイクスピア』は、井上ひさしの書いた作品で、舞台は幕末のやくざ者の世界。シェイクスピアの全37作品が何らかの形で登場するため、人物の名前などが思いも寄らない形で出てくる。刀で人を“ばっさり”切る時の擬音は、『ヴェニスの商人』の登場人物名をもじって「バッサーニオ!」となる。今年、惜しまれつつ世を去った作家、井上ひさしらしい軽妙洒脱な言葉あそびが、歌にもせりふにもふんだんに織り込まれている。東京が江戸と呼ばれた時代の最後に生きた庶民たちが、奥行きのある空間を縦横無尽に走り回り、生と死と笑いのドラマがロックな音楽にのって展開される。
だが、喜劇的要素が強い一方で、悲劇が繰り返される舞台でもある。大した理由もなく、小さな嘘や誤解によって、次から次へと登場人物が死んでゆく。そこには、ユーモアに隠された井上ひさしの民衆への思いがあると外波山は言う。
「世の中には死ぬ必要がないのに理不尽に死んだり、傷つけられたり、虐げられたりする人がたくさんいるという、弱者の目線から書いたものだと思います。ただ生まれただけ、あるいは生い立ちのせいだけで、なんで社会から切り捨てられてしまわないといけないのだ、という想いがいっぱい入っています、それは初演時からまったく色あせていません」
神社の境内にはちょうちんが吊されており、よしずという葦で作った日本の伝統的なすだれで囲まれた芝居小屋に入ると、酒が振る舞われる。ここにも外波山独自の“演劇的空間”の演出方法が活かされている。
「劇場に足を踏み入れた時から芝居は始まるのです。夕暮れどき、神社に吊されたちょうちんに誘われて、ビールと団扇を手に芝居を観る。忙しい日常とはまったくちがう異空間に観客を誘いたい。芝居は、ビデオのような再生ができないもの。映画のように、新宿でも渋谷でも、いつでも観られるものではない。決められた場所に、その時に行かないと、観ることができない。そして、終わってしまうものです。一瞬の、束の間のハレの場所に来て、役者50人のエネルギーと、よしずで囲んだ夏の芝居小屋の空気を吸いに来てください」
演劇はもともと人々の祝祭の中から生まれたものだ。新宿という大都会にある演劇と祝祭の聖地、花園神社の境内で、酒を酌み交わしながら過ごす夏の夜。『椿版 天保十二年のシェイクスピア』で“真夏の夜の夢”に酔いしれてみてはいかがだろう。
作:井上ひさし
構成・演出:西沢栄治(JAM SESSION)
プロデューサー:外波山文明
出演者:山本亨、丸山厚人、恒松敦巳、田渕正博、木下藤次郎、李峰仙、加藤忍、江間直子(無名塾)、長嶺安奈ほか
日程:2010年7月16日(金)から25日(日)まで
時間:19時00分開演
場所:新宿花園神社境内特設ステージ(地図などの詳細はこちら)
料金:指定席4500円(前売り限定60席・椿組のみ取り扱い)、前売り自由席4000円、当日4300円(日時指定・整理番号付き)
電話:080-5464-1350(椿組)
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