偉大な母『キッズ・オールライト』

リサ・チェロデンコ監督と共演スターのジュリアン・ムーアが語る

偉大な母『キッズ・オールライト』

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ジュリアン・ムーアは、長い赤毛をウォルドーフ・アストリアホテルのソファーにたらしながら、「『キッズ・オールライト』は子供を持つ親なら、誰にでも起こりえることを描いているの」と言った。そして「この映画は中年の“夫婦”の肖像そのものなの」と付け加えた。「どんな家族でもそうだけど、お互いを愛し合っているからこそ決意した2人の当事者、それが家族の中心。そして、そんな風に出来上がった家族が、20年後にどのようになっているのか。子供達がティーンになって、独立し始める。残された“夫婦”はどう生きるのか」。

女優ジュリアン・ムーア(49歳)はホームドラマでその名を馳せた。1997年公開の『ブギー・ナイツ(原題:Boogie Nights)』で演じた“ママ”と呼ばれるポルノ界きってのスーパーヒロインに始まり、2002年公開の『エデンより彼方に(原題:Far from Heaven)』と、2010年公開の『シングルマン(原題A Single Man)』で演じた苦悶する役柄まで、幅広い役所を見事に演じきっている。しかし、サンダンス映画祭で話題をさらった『キッズ・オールライト』は、皮肉にも、彼女の出演した映画の中でもっとも議論され、そして、映画業界の中で評価される一作になるかもしれない。『キッズ・オールライト』は長年連れ添ったレズビアンカップルが、精子バンクを利用して息子と娘を出産し、子供達の生物学的父親の存在が浮上したことによって、生活が揺り動かされるというストーリーの、心温まるコメディーである。

監督そして脚本を手がけたリサ・チェロデンコは、「もちろん、その見解に賛同してくれる人達があっという間に集まったわ」と主演女優の隣に腰を下ろして言った。「駆け引きが何もなかったとは言わないけど、聖人ぶった映画を作ろうと思った人は誰もいなかった。考えさせられる何かを作りたかったの。そして私達の出した結論は、2人の女性であっても、どこにでもいるお母さんとお父さんのような家族が作れて、しかもその家族は“一般”の家族となんら変わりがない、ということ」。

『キッズ・オールライト』は2人の主人公を中心として、ロバート・アルトマンの映画を彷彿とさせるロサンジェルスを舞台にストーリーが展開される。ジュリアン・ムーア扮するジュールは家庭を守る主婦、そして稼ぎ頭の医師であるニックを演じたのは、快活なアネット・ベニング。2人は心地よく、非常に明瞭なパートナー関係にある。(お互いを“チキン”や“ポニー”と呼び合うなど)愛情表現に真実味があり、ちょっとした不満さえ見当たらない。

そんな2人の掛け合いは、とても伝わりやすい。アネット・ベニングがこのインタビューに出席できなくなってしまったのは残念だが、彼女の変わりに監督が語ってくれた。ちゃかしたように話す監督は46歳。自分自身もレズビアンであり、パートナーと一緒に家庭を築いている。監督は「この映画に必要だったのは、ぶっきらぼうなくらいのユーモアだったの」と思い返して言う。「ジュリアン・ムーアのパートナー役に求めたのは、その年代のほかの女優が持っているもの、セクシーで、ちょっとありがた迷惑なところがある人だったの」。

「それならアネットにメールで連絡させて!って言ったのよ」とジュリアン・ムーアが会話に割って入る。ジュリアン・ムーアとアネット・ベニングは一緒に仕事をしたことはなかったが、同じエージェントを使っていたことがあった。監督は「ジュリアンは事を進めたかったのよ」と付け加えた。ジュリアン・ムーアは、「なにせ、構想から5年も経っていたのよ。監督はこの映画のためにとてつもなく長い時間を費やしていたの。だから、アネットという女優を監督に紹介することは、私にできる最低限のことだった。自分がキスをする相手よ。誰とならキスをしたい?」そして口元から笑みがこぼれる。彼女は独立系映画を製作する難しさを知っている。「無駄なことは省いて事を進めたほうがいいでしょう?」。

リサ・チェロデンコ監督は現場において、“無神経さ”がネックにならなかったことにほっとしていると言う。「本当に不愉快な質問をされたこともあるの」と彼女は誰を見るわけでもなく肩越しに視線を移しながら肯いた。「レズビアンの役を演じるのに、主人公はどのような役作りをしたのかって聞いてきた人もいるわ。彼女達が何をやってきたかって?何もやっていないわよ。レズビアンを演じているわけではないのよ。3次元の人間を演じて、その人間がたまたま同性愛者だったというだけの話なの。現場でこの手の会話がされなかったことを本当にありがたく思うわ」。

リサ・チェロデンコ監督はジュリアン・ムーアを饒舌にさせるボタンを知っている。ジュリアンは、1998年に公開された監督の長編デビュー作『ハイ・アート(原題:High Art)』を見て、その映画の役に憧れを抱き、監督と仕事をしたいと熱望してきた。冗談交じりの会話は続く。「なんで私は『ハイ・アート』に出させてもらえなかったの?」とジュリアン・ムーアは非難めいて言う。監督は会話の波長を合わせ、「えー、私はニューヨークから来た内気な小さな映画監督だったのよ。もちろんです、あなたの言うとおりに働きます、って感じだったの」少し間を置いて、「それに確かあなたはそのとき何かの撮影中だったわ」と付け加えた。ジュリアン・ムーアは首を振って大笑いをしだした。

これまでもジュリアン・ムーアのための役は書かれてきた。ポール・トーマス・アンダーソン監督『マグノリア(原題:Magnolia)』の、冷淡な女性役もその一つである。しかし、リサ・チェロデンコとスチュアート・ブルムバーグが丁寧に、5年もの歳月をかけて書き上げた本作の台本に、ジュリアン・ムーアは特別な思い入れがある。「観客は自分と役柄を混同してしまうのではないかって不安になるの」とジュリアン・ムーアは言う。「でも、それこそが役者なのよね。それに私は本当にラッキーだったと思う。ジュールという役も大好きだし」ジュールは、弱さと愛らしさの両面を持った母親であり、複雑な役所だった。

ただ、リサ・チェロデンコ監督は、500万ドルという低予算と肯定的な後押しを得ているこの映画が、簡単に売り込める作品ではないことを知っている。「私に門戸は開かれるのだろうか」と彼女は物思いにふけながら言う。「開き戸、それとも引き戸で迎え入れられるのかしら。そうだといいんだけど。大きな映画スタジオのバックアップを受けているようなスタジオ映画を作ってみたいわ。自分自身を表現できる、そんな映画を撮ってみたい」。

ジュリアン・ムーアは監督に本作品について吉報が届き始めていることを告げる。「サンダンス映画祭の前に、スティーブン・スピルバーグから連絡があって、『キッズ・オールライト』を観て良かったって言っていたわ」リサ・チェロデンコ監督は、笑ってこう付け加えた。「そうそう、これで私たちも最初の一歩は踏み外さずにいけたわって思ったわ」。

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『キッズ・オールライト』のクロスレビューはこちら

『キッズ・オールライト』は、2011年4月29日(金)より全国公開

テキスト ジョシュア・ロスコフ
翻訳 タイムアウト東京編集部
※掲載されている情報は公開当時のものです。

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