インタビュー:ワイヤー

かつての楽曲でなんとかなると思っている“年代物”のアーティストはたくさんいる

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インタビュー:ワイヤー

Wire in 2010. From left: Colin Newman, Graham Lewis, Robert Grey. Photo by Alex Vanhee

通常、ロックバンドは、“良い状態”でキャリアを長く重ねることはあまりない。その意味で言うと、ワイヤー は、普通のバンドとは違うようだ。ワイヤーは1976年にロンドンで結成され、『ピンク・フラッグ』、『消えた椅子』、『154 』と、3枚のアルバムをリリースし、パンク、ポスト・パンクシーンの主要バンドとされている。1981年に一度解散したが、80年代後半に復活。サウンド面では多くシンセサイザーを使うようになり、ライブでは古い楽曲はプレイしないというポリシーで、活動した。90年代に入ると、再び、長い休止期間が続いたが、2000年に活動を再開し、2003年には新曲を収録した荒々しいなアルバム『Send』をリリースした。2011年、バンドにとって12枚目のアルバムとなる『Red Barked Tree』は、これまでの中でも、最も高い評価を集めている。そして、それに答えるように彼らはツアーに出ている。2011年はすでに、1978年以降のどの年よりも多くのライブを行っている。

タイムアウト東京では、7月2日(土)のUNITの7周年イベントに出演するため来日を控えているワイヤーにコンタクトをとった。ギターのコリン・ニューマン、ベースのグレアム・ルイス(2人ともボーカルを担当) がインタビューに答えてくれた。

リバイバルについて…

コリン:かつての楽曲でなんとかなると思っている“年代物”の域に入っているアーティストはたくさんいる。お客さんはそれなりのお金を払ってライブに足を運ぶ。だけど、残念な事に、“復活劇”的なアプローチは、一回しかできないんだ。残忍かもしれないけど、基本的にお客さんは、アーティストが死ぬ前にライブを見ておきたいだけなんだ。その後、一回見た後は、何が残るんだい?30年とかそれぐれいの時間、作品を作ってないと、新しいのができたからといって誰も聞いてくれないだろう。それは、アーティスト自身で罠にハマってしまったようなものだ。ワイヤーは、最終的にはその罠から出る事ができたんだけど。

ツアーについて…

グラハム:1979年の終わりまで、我々に起きてたことは、メンバー全員がスタジオで時間を過ごす時間のほうがより有意義だった事に気づいたことだ。我々は徐々にそういう意見になっていった。ロキシーミュージックのサポートでヨーロッパを廻ったときは、本当に本当につらいツアーだった。だから、最終的に、みんなそう感じるようになったんだと思う。何がベストなんだろう?と思ったときに、これはやりたい事なのかと、自問したんだ。

コリン:ツアーに出るなんて誰も好きじゃないと思うよ。必要悪みたいな物だ。2006年に活動を再開した頃、言っていたのは、ツアーをするなら、どのくらい量をこなすのか、しっかり考えなければならないということだった。業界はライブを重視する流れにあり、最も重要な要素だ。80年代、我々は、時にいいライブをし、時にひどいライブをしていた。70年代は、いいライブをしていたと思うけど、ライブ自体が重要だと思っていなかった。ただアルバムを宣伝するものだった。でも、そういうのは70年代の考え方だ。2000年代も11年が過ぎた時代だ。今がすべてだ。状況に対応するしかない。

『Red Barked Tree』の制作について…

コリン:我々はジャムをするようなバンドではない。部屋に集まって「じゃ、今から少しプレイしてから、あとで、纏めよう」というような事は言えない。系統立てられた素材が必要なんだ。だから、我々がやるべき事は、私が曲を書いた後、バンドがスタジオに集まって、演奏してみて、それを制作のベースにするとうこと。最初は、私が曲を送ると、ロバートが「70年代みたいだね」とか、グラハムが「アコギが嫌いだ」などと、話をするというのが、ワイヤーのやり方だ。だけど、次第に要素が揃ってくると、みんなの曲になっていく感覚になるんだ。

グラハム:正直に言うと、自分の反応は、凄く奮い立った、というほどではなかった。コリンが、自身の必要にかられて作っている印象だった。ある意味、彼は、止めていた作業の進め方を再発見する必要があったのだろう。実際、どういうつもりで、何故、彼がそうしたか判らないが、この方法は、彼自身にとって、そして、我々にとって、素晴らしく成功だった。彼に、アコギを渡すと、彼はすぐに、素晴らしいものを出してくれる。対照的に、私は決められた音で、ループで、細かいことをスタジオで作業している。私は、そんな錬金術みたいなことを楽しんでやっている。そこから何が生まれるかを見たいんだ。


Photo by Adam Scott

関係性を続けていることについて…

コリン:1990年から2000年の間、我々は一緒に活動をしていなかった。また一緒に集まったときに試したのは、昔の曲を演奏してみることだった。しかし、新しい曲をやりたいという考えを横に置いておくのは無理があった。むしろ、新しい曲をやるほうが、より関係性を見いだす事に繫がると思えた。ある意味、同じような方法で、オーディエンスの想いも高めているんだ。

生活をしていく事について…

コリン:ある意味、善かれあしかれ、ダミアン・ハーストのような人からヒントを貰っているようなものなんだ。なぜなら、アーティストというのは、腰を落ち着けて、スケッチをして、大金を出してくれる人を待って、作品として仕上げるだろ。実のところ今となっては、やや古くさくて、ばからしいことだ。しかも、ある年齢を過ぎると、列をなしてお金を出してくれる人もいなくなる。レーベルのトップとしては、自分の仕事とは、多くの事に責任を持ち、毎日稼ぎを出す事だ。この事は非常に重要だ。これは、欲ありきでやっているだけではない。正しく進めるためにやっている事だ。アーティスト活動から稼ぐ事が出来なければ、アーティストは最高のパフォーマンスをすることが出来なくなる。アーティスト活動から収益を得ることが出来なくなるということは、それが、趣味になるということだ。その場合、お金を稼ぐ為にしていることが、生活の中心になってしまうんだ。

生き残っていくことについて…

我々がひどく姿を消したようになった時が何回があったが、いつも、誰かが、息長く、難しい時期を我々が乗り越えていることを突き止めてくるんだ。

ひどい状況に直面した時に、選んだ方法は、少し離れて違うことをする事、そして、会話を再び始められる可能性があることを見つけつることだ。

グループで音楽を仕事にしている、ということは、そういうことだ。会話がすべてだ。ポジティブなことがなければ、会話は、進めるべきではないんだ。

そういう時は、他の誰かのところに行き、話すのがいいだろう。我々、全員が他の事もできたということは、幸運だったと思うよ。

日本ツアーについて…

コリン:アメリカツアーのハイライトは、ニューヨークだった。マンハッタン、ブルックリンの両公演ともソールドアウトし、全米ネットされているジミー・ファロンの番組にも出演した。クールなWFMUラジオにもでることができた。しかも、それを2日の間にこなしたんだ。本当に「やばい、凄いよ」の感想につきるよ。ちょうど、ホテルで荷物を積んで、いざニューヨークでの公演へ向かうときに、日本公演のオファーのメールが来たんだ。車に乗り込んで、メンバーに伝えたんだ「東京に行きたいやつはいないか?」って。


『UNIT 7th ANNIVERSARY』の詳しい情報はこちら

By ジェイムズ・ハッドフィールド
※掲載されている情報は公開当時のものです。

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