インタビュー:マフト・サイ&クリス・メニスト

知られざるタイ音楽を世界へと紹介する2人のキーパーソン

インタビュー:マフト・サイ&クリス・メニスト

タイ・バンコクを拠点に、同地のアンダーグラウンド・クラブシーンを牽引するDJ/ショップオーナー、マフト・サイ。そして彼のパートナーであるイギリス人DJ、クリス・メニスト。バンコクで行われているパーティー“Paradise Bangkok”の共同主催者であり、現在では世界的な注目を集める2人にインタビュー。ここしばらく毎年のように来日し、ルークトゥーンやモーラムといったタイの酩酊歌謡曲を日本に紹介してきた彼らに話を訊いたのは、2011年2月のことだった。

去年日本に来た時はどうでしたか?

マフト・サイ:すごく楽しかったね。同じ曲をかけても東京と大阪では反応が違ってて、とても興味深かったよ。前回は東京のOTOでDJもやらせてもらったんだけど、東京には色々な音楽があるからモーラム、ルークトゥーン、タイ・ファンクを期待してるかもわからなかったし、とても新鮮な体験だった。

クリス・メニスト:どの国に行っても反応は違うし、それはいつも僕らにとって興味深い体験なんだけど、日本はまさにそうだったね。東京でも大阪でもみんな楽しんでくれたしね。

マフトは東京と大阪の反応が違ったって言ってましたが、どう違ったんですか?

マフト・サイ:東京の人は静かにノッてる感じだけど、大阪の人は跳ねまわったりと騒がしいんだよね(笑)。同じような曲をかけても、全然反応が違う。大阪の人は、早いテンポの曲で盛り上がるけど、東京の人はベースが効いてるヘビィ・グルーヴのほうが盛り上がったね。

クリス・メニスト:大阪も東京も、反応は違えどどちらも楽しんでくれたね。3セット・プレイして、まずタイの音楽、レゲエ、ナイジェリアやインドの音楽などいろいろかけたけど、それぞれ反応も違ったし。

マフト・サイ:そういえば、昨日ディスクユニオンの人とも話したけど、タイのレコードを買いに来る人の多くはコレクターで、DJのために買うんじゃなくて家で聞くためだって言ってたな。

昨日のパーティーはどうでしたか?

マフト・サイ:楽しかったよ。まずガーナやセネガル、南アフリカの音楽をかけて雰囲気を作っていきながら、徐々にタイの音楽に入っていったんだけど、それって普段バンコクでやってるスタイルなんだよね。日本のお客さんは新しい音楽でもすぐに反応してくれるし、タイでもかけたことのないようなリスキーなトラックでも理解しようとしてくれるからね。

タイと日本以外でも2人でよくDJをするんですか?

クリス・メニスト:いや、そんなにやらないね。お互いロンドンにいた時はそれぞれ別のパーティーをやってたしね。そういえば2人でロンドンに戻ってトロピカル・ミュージックをかけたことがあったんだけど、すごく反応が悪かったよ(笑)。ロンドンの人たちは独特のメンタリティーがあるから。

今のバンコクの音楽シーンについて教えてください。

マフト・サイ:タイのクラブシーンもいろいろあるんだけど、まずひとつめはラチャダー地区。ここは観光客も多い商業的な地区で、大衆的なヒップホップやトランス、ファンキーハウスなどがほとんど。で、小さなエレクトロニック・ベース・ミュージックのシーンがあって、そこではディープハウスのパーティーもあるね。あと、5つのオーガナイザーが共同主催するドラムンベースのパーティーがあって……去年はエレクトロばっかりだったな。タイのエレクトロDJはデジタルでオートマチックにミックスするDJばかりで……。

クリス・メニスト:それ、なんて言うんだっけ?(註:セラートのことと思われる)

マフト・サイ:ちょっと分かんないけど、とにかく、タイのレコードのシーンはすごく小さくて、レコードをかけるDJは数えるくらいしかいないんだ。新しいDJも大抵CDかMP3。パーティーの写真を見てもターンテーブルの上にレコードじゃなくてCDケースが置いてあるんだよ。数人はレコードを使ってるけど、ヨーロッパに比べて遅れてるんだよね。いくつかのバーではソウルやファンク、ディスコなんかをかけ始めたけど、そこはハイソサイティのための高級なバーで、“いい音楽を聞いていいお酒を呑んで人生を謳歌しましょう”っていうのが売りの店だからね(笑)。タイの大きいクラブのオーナーに“毎日お客さんをたくさん呼んで金を稼げ”って言われたこともあった。毎日アンダーグラウンドでいる必要もないけど、1日でも僕らのシーンに触れ、そこでかかってる音楽に注目してくれたら嬉しいんだけどな。そうそう、3カ月前(2010年12月)に自分のレコードショップがオープンしたんだけど……。

それがエレファント・ヘッド・レコーズ?

マフト・サイ:いや、店が入ってた建物の問題があってね。古いビルだったから水漏れが酷くてさ……それでエレファント・ヘッド・レコーズを閉めて、新しい店を開いたんだ。それがスーレンマHQレコーズ・ストア(Zudrangma HQ Records Store)。

それはどこにあるんですか?

マフト・サイ:トンローだよ。もともとはバンコクにレコードのシーンがないから始めたんだけど、開けてすぐに何人かのお客さんが熱心に来てくれるようになった。ほとんどがタイか隣国に住んでる外国人だね。サウンドウェイやオネスト・ジョンズ、ソウル・ジャズ、東京のDubstore、大阪のRock-a-shakaのレコードもストックしてるからね。最初はどうなるんだろう?って思ってたけど、みんなDJするために買うんじゃなくて、個人的にコレクタションとして買っていくってことがわかったんだ。どちらにしてもミュージックシーンとしては同じことだし。

さっき言ってたバンコクのDJはみんなタイ人なんですか?

マフト・サイ:エレクトロみたいなコマーシャルな音楽をプレイしているのは大抵タイ人だね。あと、アメリカやヨーロッパに行ってて帰国した人たちも多いし、日本人のDJも多いよ。

クリス・メニスト:とにかくバンコクにはたくさんのバーがあるんだ。それこそロンドン以上の数だね。クラブも多いし、毎週末さまざまなことが起きてる。はじめてバンコクを訪れたときは一体何が起きているのか分からなかったぐらいだよ。

クリスがバンコクに住み始めたきっかけは?

クリス・メニスト:最初は家族と一緒にパキスタンに住んでたんだよ。その後妻の教師の契約が終了してね、まだイギリスに戻る理由もなかったのでインターネットで仕事を探していたらホイクワンのインターナショナルスクールの仕事が見つかったんだ。私には2人の子供もいるし、妻と同じ学校にも行けるし、じゃあバンコクに行こうということになっただけで、特別大きな理由はなかったんだよ。バンコクに引っ越した当初はイギリスに戻ってかつてやってたドラムとパーカッションの先生をやろうかとも思ってたけど、とりあえず一年やってみてみようってことになってね。バンコクに越してきたのは2008年のことだよ。

クリスから見て、タイの音楽の魅力とはどんなところにあると思います?

クリス・メニスト:タイの音楽にはたくさんの魅力があるよね。最初はルークトゥーンを聴いたんだけど、その前に聴いていた南アフリカや西アフリカ、エチオピアの音楽を思い出したよ。特にタイとエチオピアの音楽には共通点が多い。なかでもルークトゥーンはエチオピア的だね。モーラムは私にとってちょっと難解な音楽だった。なにせ歌詞が分からないし、歌い方なんて西欧のものとはまるで違っているから。でも、どうしてこんな歌い方なんだろう?何を歌ってるんだろう?っていう興味がすぐに出てきたんだ。そのなかにヨーロッパやアメリカからの影響が残されていることにも気づいたしね。

マフトとクリスのそういう音楽観は共通してるんですか。

マフト・サイ:そうだね。初めて彼に会ってタイのレコードについて話したとき、同じようなトラックやプロダクションが好きだってことがわかってね。それから少ししてからタイ音楽のイベントをやろうってことになった。まあ、タイ音楽だけじゃなく、アフリカンファンクなんかも混ぜる感じのイメージだね。で、失うものもないし、オーディエンスに受け入れられなかったら止めればいいやぐらいの感じでParadise Bangkokっていうパーティーを始めたんだ。最初のイベントで200人ぐらい集まってくれたのかな。最初は交互に1時間づつやってたんだけど、そのうちバック・トゥ・バック(註:1曲ずつ交互にレコードをかけるスタイル)でやるようになって、そっちのほうが楽しくなっちゃった。“この曲はお客さんのため、この曲はクリスのため”って感じで……いや、クリスに対しては“こんなレコード、知らないだろ?”って感じかな(笑)。クリスとのバック・トゥ・バックは楽しいんだよ。それから2年くらい一緒にやってるのかな。Paradise Bangkokを始めたのが2009年だから。

クリス・メニスト:そうか、もう2年になるんだね。

マフト・サイ:ただレコードに針を落とすだけのDJなら誰でもできるけど、僕たちは他の人と違う、新しい音楽を発掘しないと意味がないと思ってるんだ。DJになりたがる若い子たちは多いけど、自分がかける曲でみんなが叫んで盛り上がっている光景に憧れてるだけでしょ。僕たちなんて本当に汚いレコード屋でウジ虫がついてるようなレコードを手に取ったり、家に帰って真っ黒になった体を洗い流したりしてるんだから(笑)。そうそう、チャイナタウンのレコード屋で体中真っ黒になってからパラゴンのショッピングモールに行ったらさ、警備員にホームレスと間違われて追い出されたこともあったよ(笑)。

クリス・メニスト:レコード屋でのディグは本当に大変なんだよ。一枚最高のレコードを見つけても次には屑のようなレコードだったり……フィッシングのようなものだね(笑)。

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インタビュー 大石始
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