インタビュー:サルガヴォ

音楽のルーツ、ブエノスアイレスと神保町の意外な共通点

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インタビュー:サルガヴォ

プログレッシブ・ロックからジャズを中心にジャンルレスな活動を展開する鬼怒無月(ギター)率いる5人組バンド、Salle Gaveau。アルゼンチン・タンゴの巨匠、アストル・ピアソラの音楽世界から着想を得ながらも、世界に類を見ない個性的な世界観を獲得する彼らが、3作目となるアルバム『La Cumparsita』を完成させた。かの岡本太郎の作品をジャケット/インナーに使用したそのアルバムの内容のみならず、Salle Gaveauの音楽性の核心からブエノスアイレスと神保町の意外な共通点まで、鬼怒無月と喜多直毅(バイオリン)の2人にたっぷり話を聞かせてもらった。

結成は2003年ですよね。その時のコンセプトはどのようなものだったのでしょうか。

鬼怒:僕はもともと小松亮太さんのタンゴ・バンドで演奏していたことがあって、そのバンドでピアソラのレパートリーを演奏していくなかで「こんなに素晴らしい音楽があったんだ」という衝撃を受けたんですよ。僕はもともとプログレッシブ・ロックが好きだったんですけど、それと同時にラテン音楽の独特のグルーヴに惹かれていたところもあって、ピアソラはまさにプログレ的な構築美と変態性とラテン音楽のねちっこいグルーヴと情感を併せ持った音楽だと感じて。そんなところから、この音楽をさらに現代的に展開させられないかと思ったんですね。そういうアイデアが先にあって、小松さんのバンドを辞めたあとに今のメンバーにほぼ同時期に出会っていったんです。

喜多さんは最初にこのバンドのコンセプトを聞いた時にどう思いました?

喜多:基本的にアルゼンチン・タンゴって一音一音楽譜に書いてあるんですよ。自由度といっても書かれたメロディーをフェイクするぐらいで、アドリブとか即興の要素があまりないんです。僕もSalle Gaveau結成当初はスタンダードなタンゴを演奏するバンドもやってたんですけど、ある時、鬼怒さんから「こんな曲を作ってみたん だけど、弾ける?」って楽譜を渡されて。それが明らかにピアソラを意識したものだったんですけど、「ここからここまで適当に弾いて」って言われて(笑)。それが面白いと思ったし、僕にとって新しかったんです。しっかりと構成されて編曲された部分もありつつ、各人の即興演奏も盛り込んでいるという意味で。

喜多さんはブエノスアイレスに住みながらバイオリンの修行もされていましたが、そんな喜多さんから見たタンゴの面白さとは?

喜多:まず音楽的仕掛けに富んでいること。これでもか!というくらい凝ったアレンジが施されていて、時にプログレや現代音楽的なサウンドにさえ聞こえます。それと同時に、ある種、演歌的なところですね。特に後者。僕はそこに惹かれてタンゴを始めた人間なんです。タンゴって痛みや弱さみたいなところから生まれた音楽でもあって、歌詞なんか確実に演歌なんですよ。男と女の情念の世界だったり、二度と帰ることのない故郷への郷愁だったり。ただし、こういった情緒的な面にばかり流されるのではなく、音楽的にはとてもアグレッシブだったりクールだったり、時にはユーモラスですらある。ちゃんと音楽としての面白さも追求している。情緒的でありながら理性的でもあるんです。そういう部分に惹かれてるんですね。

鬼怒:南米の音楽にはある種、土臭い感情があると思うんです。惚れた・はれたを高尚に歌うプログレッシブ・ロックとは対照的なものなのかもしれないけど、僕自身、演歌的な表現ってすごく好きだし、複雑な構成と土臭い感情の両立は目指すところでもありますね。Salle Gaveauの演奏も確かにプログレッシブなんですけど、特に激しいナンバーにおいては演奏者の表現として目指す所はより直接的な情感の吐露なんです。

喜多:そうなんですよ!

鬼怒:言ってしまえばプログレ演歌みたいな感じ(笑)。自分が日本人っていうところもあるのかもしれないですけど、もっと直情的なものをやりたいんですよ。最終的には音楽的な、例えばハーモニーの複雑さやアンサンブルの緻密さと言った構造を乗り越えて狂ったような情感が聴こえてくる音楽。それがやりたい。

曲名もこちらのイマジネーションを膨らませるものばかりですよね。喜多さんが作曲された『神保町夕間暮れ』とか。

喜多:僕、神保町が好きでよく行くんですよ。西日の似合う街ですよね(笑)。ただ、神保町ってブエノスアイレスにちょっと似てる気がしません?レトロなところが。本屋さんとか古い喫茶店があって……ブエノスアイレスに行った時、神保町の空気をちょっと感じましたね。

確かに。僕もブエノスアイレスに行った時、どこか懐かしい感覚を覚えました。

喜多:でしょ!不思議ですよね。ブエノスアイレスのカフェでお茶を呑みながらボーッとしてた時、ここは結局、寄留者の町なんじゃないかって思ったんです。虚構の街というか。南米大陸の川岸の土地に入植してきたヨーロッパ人が故郷を真似てスペイン風やイタリア風の建物を建てていった結果できた街。常に故郷のヨーロッパを意識しているというか、ヨーロッパに帰属していたいっていう思いが町に染み付いていて、それがどうしようもない郷愁となって地面から立ち上がっている感じ。ただ、神保町は別に移民の街ではないですよね。誰しも心の中に学生時代とか青春時代に対する郷愁があると思うんですけど、その象徴としての神保町。だから本当は早稲田でも本郷でも江古田でもいいの(笑)。だけど神保町 もブエノスも郷愁に彩られた街という共通点があって、そこで2つの街が繋がるのかもしれませんね。

ところで、ヨーロッパでも頻繁にライブをやっていらっしゃいますが、向こうでの反応はいかがですか?

鬼怒:おおむねいいと思います。僕が一番感動したのはパリ。ファースト・アルバムに入ってる『Null Set』っていう曲のエンディングに辿り着いた時、お客さんが一斉に「あー」って言ったんですよ。「なるほど、そういう終わり方をするのか」っていう「あー」だったんですね。僕が言いたかったことを分かってくれた気がして、すごく嬉しかったことを覚えてます。

2010年6月23日(金)にはリリース記念ツアーの一発目として、六本木STB139でライブがありました。そもそも東京でライブをやるっていうのは皆さんにとってどういう感覚があるんでしょう。

鬼怒:僕らにとってのベースだし、ここで評判を取らないとっていうのはありますよね。世界でもっとも情報を発信してる都市のひとつですからね、東京は。昨日のライブも、STB139っていうフォーマルな場所でできたんで良かったです。

喜多:このバンドで、広い場所でできたのが嬉しかったですね。やっぱり大きいところだと気持ちよく弾けますから。

鬼怒:お客さんに「小さい場所だと僕らのエネルギーが過剰で辛いことがある」って言われたことがあるんですよ(笑)。その意味では、あれぐらい大きい会場だとちょうどいいのかもしれませんね。

今回の『La Cumparsita』は3枚目のアルバムになるわけですが、ここにきてバンドが固まってきたような感覚はあります?

鬼怒:レコーディングをしてからさらに固まってきましたね。1月に録音して、そのあと3月に久々にライブをやったんですけど、その演奏がものすごく良かったんです。今回のアルバムは録音するまでに各曲をかなり練り上げてきたつもりなんですけど、録音することでさらに楽曲が良くなるんですね。

喜多:やっぱりレコーディング自体が最高の練習になるんですよ。「弾いて・聴き直して」っていう作業を繰り返していくんで。

鬼怒:今回で僕が理想とするサウンドに近づけた気がしますね。インプロビゼーション(即興演奏)も入ってるんだけど、それもまるで(楽譜に)書いてあるような演奏というか……そういう演奏に近づけてる気がする。

この7月には全国ツアーが予定されてますね。

鬼怒:いろんなところでSalle Gaveauの演奏を聴いてもらえるのは嬉しいことだし、なによりも、連日演奏することによって確実にバンドが強固になれるんです。それが楽しみですね。

喜多:あとは喧嘩せずに仲良くできればね(笑)。

鬼怒:あと、8月10日は吉田達也さんをゲストに迎えて新宿PIT INNでライブをやります。Salle Gaveauには打楽器奏者がいないんですけど、吉田さんと一緒だったら面白いことができそうな気 がしてね。吉田さんを交えて新しい音楽を生み出せたらいいと思ってます。


SalleGaveau『La Cumparsita』
・amazon.co.jpで購入

www.youtube.com/watch?v=a5xvShB6ayA&feature=related

ツアー情報
7月 9日(金)高崎 カフェ・アンティーク ランディ
7月13日(火)岡山 城下公会堂
7月14日(水)広島 オリエンタルホテル 広島3階 天使のチャペル
7月15日(木)大阪 Mister Kelly's
7月16日(金)名古屋 ボトムライン
7月17日(土)甲府 桜座
7月18日(日)豊橋 ジャズ・イン・チェロキー

ウェブ:www.myspace.com/sallegaveau

テキスト 大石始
※掲載されている情報は公開当時のものです。

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