インタビュー:KENJI IKEGAMI

尺八の幽玄な音色によって紡がれる唯一無二のアンビエント・ミュージック

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インタビュー:KENJI IKEGAMI

日本人ならば誰でも知っている伝統楽器、尺八。日本にはおよそ700年前に持ち込まれ、かつては虚無僧(こむそう)によって各地で奏でられてきたこの楽器の背景には、現代の日本人ですらあまり触れることのないディープな世界が広がっている。今回インタビューをお届けするKENJI IKEGAMIは、その尺八の音色にエレクトロニック・ミュージックの要素をミックスさせ、他に例を見ないユニークな世界を描き出すプレイヤー。JUZU a.k.a MOOCHYの主宰レーベル、Proceptionからリリースされた初アルバム『SILENCE MIND』の話から、一般的にはあまり知られて「ない尺八の背景まで、その話題は多岐に渡った。

-- 尺八をはじめたのは何歳からなんですか。

KENJI IKEGAMI:22歳ぐらいですね。7、8年ぐらい前。十代のころは普通にボブ・マーリーとかジミヘンを聴いてたんですけど、高校になってダブやクラブミュージックを聴くようになって。ハードコア/パンクのバンドも遊びでやってました。ジャパニーズ・ハードコアのコピーをやったり……単に暴れるためにやってた感じですね(笑)。

-- 生まれはどこなんですか。

KENJI IKEGAMI:熊本です。中古レコード屋さんで働きたかったので、18の時に福岡に行って。福岡にいるときにタブラとかシタールを買ってみたりはしたんですけど、教えてくれる人もいないから段々飽きてきちゃって。高校2年ぐらいからDJをやってたんで、そっちに気持ちが向いてたんでしょうね。

-- そのころは何をかけてたんですか。

KENJI IKEGAMI:最初はブリストルのダビーなヤツですね。(マッシヴ・アタックの)『Mezzanine』が出たころだったのかな。トリップ・ホップとかは好きでよくかけてました。

-- それが、どうして尺八に?

KENJI IKEGAMI:自分の好きなものを掘り下げていったら尺八に辿り着いたんですよ。生まれ育ったところが田舎だったので、神楽の習慣があったんです。冬になると笛と太鼓が聴こえてきて……ただ、大人になるまで(尺八に)触ったこともなかったんですけど。DJのときにかけてたものと尺八は、自分のなかでは共通してるものがあるんですけどね。もともと笛の音に惹かれるところがあったし、フリージャズなんかにも怪しい笛が入ってるものがあるじゃないですか。

-- 70年代のファラオ・サンダースとか。

KENJI IKEGAMI:そうそう。そのへんからアジアの笛に対して興味が出てきたんですよね。タブラとかシタールを買ったあたりからアジア全般に関心を持ちはじめてましたし。

-- で、22で尺八を始めたわけだけど……そもそも尺八ってどこで売ってるんですか?

KENJI IKEGAMI:何も分からない状態だったんで、最初の尺八はリサイクルショップで買ったんですよ。でも、どうやっても音が鳴らないし、何をやっていいのか分からない。それで、目白っていう有名な尺八店に行ったんですよ。虚無僧グッズとか売ってる店で(笑)。そうしたら、今の師匠がたまたまそのお店で講師をやってたんです。それが尺八を始めたきっかけですね。

※虚無僧/禅宗の一派である普化宗の僧のこと。尺八を吹き、喜捨を請いながら全国を行脚修行して生計を立てた。

-- その師匠の方はなんという方なんですか。

KENJI IKEGAMI:善養寺恵介さんという方です。この師匠に出会わなかったら、尺八も途中で止めていたかもしれませんね。

-- 虚無僧の世界に興味を持ち始めたのもそれから?

KENJI IKEGAMI:いや、それ以前から興味を持って本を読んだりしてたんですよ。で、一度出家しようと思ってたこともあって。ただ、俗なるものも体験すべきだと思っていたし、両方体験したかった。それで虚無僧のことを調べていたら“半僧半俗”という言葉を知って、ピンときたんです。

-- “半僧半俗”とは?

KENJI IKEGAMI:分かりやすく言うと、半分僧侶で半分一般人。聖と俗の間のような存在ですね。虚無僧は頭も丸めないし、決まりごともそれほどないんです。家の前に立って仏のために1曲吹き、それでいただくお布施で生活をしていくんですが、元・武士の人も多かったそうなんですよ。師匠から聞いた話なんですが、仕事がなくなった武士が生きていくために虚無僧になるケースもあったみたいで。

-- 尺八って穴はいくつあるんですか。

KENJI IKEGAMI:5つなんですけど、基本12音階出るんです。穴を1ミリ開けると違う音が出るし、2ミリ開けるとさらに違う。ただ、それによって音の大きさが変わってくるんで、そこが難しいところなんです。

-- 12音階というのはドレミの西洋音階ではないわけですよね?

KENJI IKEGAMI:いちおう西洋音階に置き換えられるんですけど、音階自体“ロツレチリ”って呼ぶんですよ。

-- 譜面もあるんですか?

KENJI IKEGAMI:そうですね、あります。今日持ってきたんですけど……。

-- ああ、こうなってるんだ。

KENJI IKEGAMI:“ロツレチリ”が書いてあって、文字が大きく書いてあるところは大きく吹いて、波線でブレスを表現していたり、視覚的に読み取れるようになってるんですよ。ひとつの譜面で10分とか、それぐらい。でも、10分なら10分以上でも以下でもいけないんですね。ただ、ブレスの部分はアンニュイに書かれていたりするんで、その人が感じたとおりに吹いてもいいんです。尺八って素直に鳴らすと民謡音階になるんですよ。それは田舎節と呼ばれるもので、改良したのが都節。その両方を足して2で割ったのが、虚無僧の吹く音階なんです。

-- 田舎節というのは、地域社会のなかで庶民が聴くものですよね。では、都節は?

KENJI IKEGAMI:位の高い人が聴いてたもので、雅楽からの流れも強いんですよ。そのなかには多様な要素が入り込んできているので、一概には言えないんですが。

-- そもそも虚無僧が属していた普化宗って、中国から渡ってきたものですよね?

KENJI IKEGAMI:そうなんですよ。尺八自体、中国の洞簫っていう笛が元になったとされてますし。中近東にいったのがネイになり、日本にきて尺八になったと。

※ネイ/尺八の親戚とも言えるトルコの縦笛。イラクやシリアではシャッバーバ、マグレブ諸国ではクッサーバと呼ばれる。

**-- 虚無僧が演奏していた尺八の曲っていうのは自然や生き物を表現してるそうですが、アニミズム的思想がそこに窺えるようでおもしろいですよね。

※アニミズム/すべての物に霊魂が宿っているとする思想。**

KENJI IKEGAMI:“虚鈴”っていう尺八の大元になった曲があるんですが、この曲なんかは普化が街中で振っていた鐘の音を模したものとされてますし、“滝落ち”という曲は山に降った雨一滴一滴が川になっていくことを表現したものであったり。“鶴の巣ごもり”という曲は鶴が巣ごもって、そこから羽ばたいていくという流れを描いたものですね。こういう風に、自然からインスピレーションを受けて描かれたものが多いんです。

-- “虚鈴”が700年前の曲とされてるわけですが、考えてみると、700年前ってすごいですよね。それだけの期間残ってきたメロディーの強さといったら……。

KENJI IKEGAMI:師匠に「僕も古典として残るような曲を1曲でも作りたいです」って言ったら、少し笑いながら「一生無理だね」って言われましたから(笑)。いくら10年尺八をやってきたとしても、700年の前では一瞬ですからね。700年前の曲を吹いていると、当時の人々の精神性や生死感を体感できるんですよ。古い書物を解読していくような感覚がある。生きていくうえでの知恵みたいなものを蓄積できるんです。それは少し吹けるようになっていくと、わずかでも理解できるようになっていくんですよ。

-- では、エレクトロニックなサウンドとミックスさせる現在のスタイルはいつごろから始めたんですか?

KENJI IKEGAMI:尺八を始めたころって、自分の人生がうまくいってなかった時期だったんですよ。そんな時にビビッとくるものが尺八にあって……自分の人生を清算しようと思って、自分の機材やレコードを全部売っちゃったんです。本当に尺八一本から生活を始めた感じだったんですよ。そのとき師匠にも会えたし、DJをやめて、法身寺という新宿の禅寺に座禅を組みにいく生活を続けてたんですね。で、エレクトリックなスタイルを採り入れだしたのは、最初は遊びだったんですよ。友達の自宅で「ちょっとやってみよう」っていう感じで。シンセと尺八って正反対の性格のものだと思うんですけど、尺八の音の微妙なスレであるとか揺れに僕は魅力を感じてきたし、同時に僕自身はクラブで育ったし、自分のなかに身についてるものがあるので、尺八とエレクトリックな音の両方に魅力を感じていたんです。それを一緒に鳴らすことで両方が際立つんじゃないかと思って。

-- ただ、尺八の音色は西洋的なコードに単純に置き換えられるものではないですよね?

KENJI IKEGAMI:ただ、尺八にもキーはあるんですよ。バックのシンセに関しては、キーの音をドローン(持続音)として鳴らしてるような感覚ですね。あんまりドローンにメロディーをつけちゃうと尺八の音とブツかっちゃうので、空間を作っていくような感覚で。ドローンは昔から興味があったし、すごく瞑想しやすいんですよ。集中力が高まるというか。ただ、尺八は無音と勝負するものなのでタブーなのかもしれないけど。

-- 師匠さんはKENJIくんがやっているをどう思ってるんですか?

KENJI IKEGAMI:師匠とはこれまで聴いてきた音楽も違うし……「いいじゃない?」みたいな感じですかね(笑)。アルバムを出すときは“破門になっても仕方ない”っていう覚悟だったんですよ。でも、これが自分の表現だし、罪悪感もないわけで、思ったとおりにやるべきだと思って。そもそも虚無僧も後期になってくると音楽的側面が強くなってくるし、そういう時代にシンセがあれば、「琴よりもこっちのほうがいいや」っていう人もいたと思うんですよ(笑)。

-- なるほど(笑)。

KENJI IKEGAMI:僕が師匠の舞台を観て一番衝撃を受けたのは、竹一本で宇宙を表現してたことなんですよ。3曲で宇宙の循環を描いてたんですね。僕もそういうことをやりたいって思ったんです。でも、若い聞き手ってほとんどいない。それがもったいないし、その状況を変えていきたいんです。このアルバムはそういうことも多少意識しましたね。一種のアンビエントとしても聴いてもらえると嬉しいですね。

-- 先日リリースされたアルバム『SILENCE MIND』はクラブ・ミュージックを通過してきた人が作った感じがすごくあったんですよ。低音のウネリなんかは、まさに。

KENJI IKEGAMI:クラブミュージックの魅力って身体で感じてこそ分かるものだと思うんですけど、そこは確かに意識しましたね。僕も尺八を吹いているときは頭で考えてるんじゃなくて、全身で体感してる。それをスピーカーを通して表現できるんじゃないかと思って。僕はあんまり日本ということを意識しないで尺八に向き合ってるつもりなんです。海外の音を聴いてきたうえで、尺八の音色に馴染めたところがあったんで……「これだったら自分も深められるんじゃないかな?」という思いがあった。

-- そもそも尺八自体にユニバーサル性みたいなものがありますよね。トルコのネイや南米のケーナとの共通性もあるし、もともと尺八も中国から渡ってきたものだし。

KENJI IKEGAMI:演奏という行為自体はどの国でもそれほど違いがあるとは思わないんですよ。アフリカだろうと中近東だろうと。僕も他の地域の音楽を聴いていると、「言いたいことは一緒なんだな」って思うことも多くて。音階が違ったりリズムが違ったりしても、その根底にあるものは共通してるんじゃないかと思いますね。




テキスト 大石始
※掲載されている情報は公開当時のものです。

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