松本大洋 インタビュー

自らの少年期を投影した最新作「Sunny」英語版を上梓した著者に聞く

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松本大洋 インタビュー

月刊IKKIにて連載中の松本大洋の最新作「Sunny」だが、その英語版が早くも2013年5月21日に発売となった。発売翌週のニューヨークタイムズ紙のベストセラーランキングでは、マンガセクションで第3位にランクインという快挙を見せた本作は、すでに松本大洋作品の中でもベストとの呼び声も高い。何らかの家庭の事情によって親元を離れた子供たちが暮らす「星の子学園」を舞台に、作者自らの少年期を投影させつつ、そこで暮らす子供たちを生き生きと描いているこの作品について、著者にインタビュー。英語版の翻訳を手がけたマイケル・アリアス(松本大洋の「鉄コン筋クリート」アニメ版監督)も同席し、ざっくばらんに語ってもらった。

「Sunny」英語版ですが、さっそくニューヨークタイムズのランキングでは、マンガセクションで第3位にランクインでしたね。最新刊を引っさげて、「トロント・コミック・アーツ・フェスティバル」に参加されたと聞きましたが、いかがでしたか?

松本: 楽しかったですね。イベントのバランスがよかったのかな、バンド・デシネとマンガっていう。いわゆる少年誌系のイベントなんかだと、僕が行っても何しに来たんだっていう雰囲気があるかもしれないですが(笑)、今回のイベントは自分に合ってたっていう感じがしましたね。

(注)バンド・デシネ=主にフランス、ベルギーをはじめとするフランス語圏のマンガ。イタリアやスペインの作家も含んでおり、ヨーロッパ随一のコミック市場となっている。

ちなみに、普段から海外へはよく行かれるんですか?

松本: うーん、若い頃は関心があったんですけど、僕には日本が合ってるのかなっていう感じはしますね。初めて海外に行ったのは19歳の時で、タイにキックボクシングの取材に行ったんですよ。キックボクシングマガジンみたいなものがあって、そこでレポートマンガを描きましたね。その後、パリ・ダカール・ラリーの取材レポートにも、3ヶ月くらい行ってましたね。長期間のラリーできつい取材でしたが、僕はあんまり車に興味がなくて(笑)、それほど面白い連載にならなかったという……(笑)

たとえば海外のコミックから影響を受けたりということはありましたか?

松本: パリ・ダカール・ラリーの取材中に、ヨーロッパコミックに初めて触れたのですが、とても格好良くて、全然違う世界だなってすごく驚きましたね。ミケラシュ・プラードさんとか、エンキ・ビラルさん、あと昨年お亡くなりになりましたが、メビウスさんはすごく印象に残っています。

そういったヨーロッパのコミックと日本のマンガの間で異なる点はどこにあると思いますか?

松本: 僕はフランス語が読めないので、絵だけを見る感じだったんですが、日本のマンガとは随分リズムが違う感じを受けました。というのも、吹き出しに入る台詞のがすごく多いように思えたんですね。今では少しずつ変わってきて、台詞のボリュームが少ない作家さんとか、カラーじゃなくて白黒で描く作家さんもいると思うんですが、今から25年近く前のバンドデシネっていうのは、みんなカラーでしたからね。それと、捨てゴマがないっていうのかな、日本のマンガだと、場面転換のために作る台詞のないコマがいっぱいあるんですが、バンドデシネにはあまりそういうコマがないですよね。一枚ずつを絵として置いていくというか、読み飛ばすことのできない感じが日本の読者にとってはちょっと読み慣れないのかなって思います。バランスが違うとも言えるかなぁ。

そういったタッチのマンガを描いている人って、当時の日本にはいましたか?

松本: 詳しくは分からないのですが、大友克洋さんとか、藤原カムイさんとか、もしかしたら江口寿史さんとか、影響を受けていたかもしれませんね。実際彼らとバンドデシネの話をしたわけではないので、もしかして……っていう感じですが。

大洋さんは、若い頃かなり大友克洋さんの影響を受けたと言われています。

松本: そうですね。大友さんみたいになりたいってずっと思ってやっていますね。今もそうかな(笑)

大友克洋さんの何に一番影響を受けたのでしょうか。

松本: 高校生の時に母親がくれた「童夢」で初めて大友作品に触れたのですが、それがもう僕の知っているマンガじゃなかった。手塚治虫さんから永井豪さんはじめ、子供の頃からマンガはずっと読んでいて、そういうマンガも大好きだったんですが、とにかく大友作品に冠しては、全然違うものがそこにあったというか。絵が動いているようだったし、自然に演技しているかのような台詞とか、マンガの世界じゃなくて現実の世界に近いっていうのかな。今までに何百回読んだかっていう感じですね(笑)

その他に読んでいる作家さんはいますか?

松本: 最近はあんまり読まなくなっちゃったんですよね。僕は基本的に大好きな漫画家さんの作品を何度も読むタイプで、手塚治虫さんの「ブラックジャック」とか、楳図かずおさんの「漂流教室」や、つげ義春さんなんかは今でも2年に1度は読むかなあ。後はやっぱり、大友さんですね。単純にマンガを楽しむというよりは、ちょっと別の感じというか。すごいなーっていう感じで読んでます(笑)

ずっとお聞きしたかったのですが、「鉄コン筋クリート」、「ピンポン」、「竹光侍」、そして連載中の「Sunny」と、どの作品もそれぞれスタイルというかテクニックが違いますよね。その辺り、意識されてるんでしょうか。

松本: 「竹光侍」に関しては、わざとテクニックを変えたっていうのはあるんですが、普段はあんまり意識してないんですよね。ただ、いろんな絵を見ていて、その影響を受けちゃうっていうのはありますね。こんな感じでマンガ描いたら面白いかなっていうか、試したくなっちゃう。ずっと同じ絵を描いてると退屈しちゃうっていうのもあるし(笑)

自分の過去の作品というのは、今でも読み返したりしますか?

松本: うーん、もうあんまり読まないかなあ。恥ずかしくなっちゃうんですよね(笑) 例えば、「鉄コン」とかは、自分の言葉に自信があった時期だったのですが、言葉に頼りすぎるっていうか、僕は人よりも知ってるぞっていうのが出ていて、それが恥ずかしい(笑) 一方で「ピンポン」を描いた時は、編集部側からスポーツものをやれっていうことで描いたこともあって、自分の思想みたいなものがあんまり入ってないし、哲学的なことを言ってないから、今読み返しても照れ臭くはないんですよ。正しいことを言おうって一生懸命になっている20代の自分がいると恥ずかしいですね(笑) ただ、30代の頃はそういうのが絶対イヤだったんですが、40代になったらまぁかわいいかなって思えるようになりましたね。


現在連載中の「Sunny」ですが、この作品を描こうと思ったのはいつでしたか?

松本: デビュー当時からやってみたかったんですよね。子供時代に、親と暮らさない子たちと集団で生活していたっていうのはちょっと面白い経験だったし、いろいろ思い出に残っていることもあったんです。ただ、これについて描いたら、周囲の人たちはどう思うかなっていうのは、ちょっと考えて踏み切れなかった気がしますね。

ということは、この作品は自伝という位置づけでいいのでしょうか。

松本: うーん、自伝ではないんですよね。すごく自分の経験に近いところもあれば、ほとんど作っている部分もあります。実際はもうちょっと自伝っぽくしたかったんですが、本当にあった話半分、作り半分という具合で落ち着いてますね。

作中のキャラクターの中では、やはり主人公の静くんが大洋さんの分身的な位置づけなんでしょうか。

松本: 見た目のせいか、よく静くんが僕かって聞かれるんだけど(笑)、誰が自分っていうのはないですね。なんとなく、主人公は春男かなって思って描いていますが、本当に春男から朝子まで、それぞれのキャラクターみんなに、自分の思い出や気持ちを散りばめてある感じですね。

自分のことについて描くというのは初めてですか?

松本: 初めてです。最初のうちは、もっと自伝的に描こうとしていたんですが、すごく印象に残っていることを描こうとすると、あんまり自分の好みじゃなくなったりして、うまく行かなくて。僕は奥さん(マンガ家の冬野さほ)と2人でマンガを作っているんですが、半分話を作って、もう半分は本当の話っていう具合にやっているのが今はすごく楽しいですね。マンガの良さって、嘘の世界を作り上げることだっていうのもあると思うんです。そう考えると、自分の思い出を描くという行為はズルしてるような気もする。だけど、自分の体験に基づいて描くと、本当にこの子が存在しているみたいな気持ちになったりもする。子供が叫んでるシーンを描いていて、自分とその子供、どっちが叫んでいるのが分からなくなるような気がしたり(笑) そういうのは今までなかった体験ですね。

作中に登場する施設には、どのくらい住んでいたんですか?

松本: 小学校の頃ほとんどっていう感じですね。中学の時に親戚の家に移ったので、6年くらいというところでしょうか。実際には、もっとバカなエピソードとか、楽しい話がいっぱいあるんですが、ちょっと寂しい感じの話が多くなっちゃったりして。

静くんが、星の子学園に短期間やってきた透くんに対して、だんだん寂しさに慣れてくるよって話かけるシーンが非常に印象的だったのですが、これは自分の経験からくるものですか?

松本: そうですね。入った当初は寂しくて死ぬんじゃないかって思うんですけど、だんだん慣れてくるんですよね。1ヶ月、2ヶ月と経つうちに、みんなと笑って遊びに行くようになったりして。だからって心の底から楽しいわけじゃないんですけど、でもだんだん慣れてくる。人間の心って、よくできてるなぁと思いますね。

施設を出て、新しい場所に移ってからはどうでしたか? 慣れるのに時間がかかりました?

松本: 出たくて出たくてしょうがなかったので、嬉しかったですねえ。ずっと普通の子になりたいっていう想いがあったので、施設を出たことは全然寂しくなかったんですよ。「出られたー!」っていう喜びが強くて。

今回発売になった英語版ですが、英訳を担当したのが「鉄コン筋クリート」を監督したマイケル・アリアスというところが面白いですね。全編関西弁ですし、難しかったんじゃないでしょうか

アリアス: 関西弁とか、特有のオノマトペとか擬態語なんかよりも一番手こずったのが、作品の背景にある70年代日本のポップカルチャーというか、その辺りの調べものでしたね。Googleで検索しても出てこないやつとかかなりあったし(笑) ストーリーの中ではそれほど重要ではないんだけど、作品全体を通してそういうディテールがいっぱい散りばめてあるので、それを北米の読者にも分かってほしかったんですよ。単純に北米の70年代カルチャーに置き換えるわけでもなく、というあたりが一番難しかったかなあ。

松本: 以前からマイクとは英語版の訳に関して話すことがあって、僕も奥さんもお願いしてみたかったんです。でもマイクは映像の人だし、本業があるから悪いかなって、ずっと頼めなかったんですけど(笑)

アリアス: いえいえ、僕は楽しくやってますよ(笑)まぁ、どんな翻訳でもやるってわけじゃなくて、この作品だからやるっていうのはありますけど。

いま関西弁の話が出ましたが、それもSunnyの特徴ですよね。

松本: 僕がいた施設が関西にあって、ずっと関西弁を話していたんです。あと、関西弁だと印象が軽くなるような気がするんですよね。どんな深刻なことでも、なんか軽くなる。「もうかなわんわ~」って言うと軽い感じが出るけど、「もうかなわないな」って標準語で言うと悲壮感が出ちゃう。

11月に英語版が出る2巻目の話になるのですが、第9話の締めくくり方が非常に印象的でした。春男が運転中の車の窓から外を眺めて、そっと笑顔を浮かべて目を閉じると、さーっとコマが暗転していって、黒いコマで終わる。ページの中に流れるような動きを感じました。

松本: そうそう、動いている感じですね。映画のイメージのような。というのも、単行本デザインのセキネシンイチさんが各話の最後に1枚黒いページを入れてくれるので、それを踏まえて意識的にやったんです。最後のページの隣には黒いページが来るって分かっているので、じゃあやろうかっていう感じで。単行本化された時のことを予想しながら描いたというか。


©松本大洋/小学館 IKKICOMIX

これまでの大洋さんの作品にはあまり女性キャラクターが出てこないというか、それは女性を描くのが下手だからなんていう声もありますが(笑)、Sunnyには女性キャラが多く登場していますね。

松本: 確かに、自分が若い頃考えていた原作では、まず女の人が登場しないことが多かったですね。それで編集さんに「なんで女性を出さないの?」って聞かれて、「なんで女性出すの?」みたいな感じだったんですが (笑)、自分が施設にいた時ってそこの半分は女の子だったわけで、今回はそれをちゃんと描きたかったんです。女性キャラは、奥さんに絵もポーズも全部手伝ってもらって描いてます。

男性作家が女性キャラを描くのは違和感のようなものがあるのでしょうか。

松本: 僕の場合は難しいですね。Sunnyの作品作りを僕だけとか、(編集長の)江上さんとだけでやってたら、リアルとは違う女性が出てくる可能性はあると思います。でも日本のマンガって、ある意味そこを気にしないっていうのもあると思いますね。こんな女の子実際いないよねっていうほうが、むしろ読者には夢を見せているかもしれないし、逆に女性が描く男っていうのも、その非現実さがもしかしたらウケてるのかなっていうのは感じます。

現在3巻まで刊行中ですが、何巻完結を予定されてますか?

松本: 表紙がこれまでに春男、静、きいこと来ているので、この後レギュラーメンバーの数を考えると、どうでしょうね。6〜7巻くらいにはなる感じかな……。

インタビュー ジェイムズ・ハッドフィールド
テキスト 山田友理子
※掲載されている情報は公開当時のものです。

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