名知聡子、個展『告白』を語る

「普段隠していているけど、秘めていて、絶対持っている顔を描きたい」

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名知聡子、個展『告白』を語る

名知聡子

是枝裕和の『誰も知らない』でもダルデンヌ兄弟の『ある子供』でも、ひたむきに生きようとするまなざしの強さに出会うたび、身がすくむような思いに駆られる。美術作家の名知聡子の作品もまた、そんな強さを持っている。彼女の実際の知人を描いた肖像画の、厳かで静かな目。自画像に秘められた、自身の埋葬を経て再生に向かおうとするかのような意志。作品では感傷すら後景に沈み、だからこそ人間の生の営みは剥き出しに抽出され、その発端はたとえ見知らぬ個人の物語だったとしても、ある種の普遍性を帯びて鑑賞者の身に迫る。2010年1月16日から、清澄白河の小山登美夫ギャラリーではじまった個展『告白』で出会った彼女は、いじらしくもたくましい女性だった。

名知さんの作品は人物画が多いですが、モデルはお知り合いの方なんですか?

名知:そうですね。今回展示している《S》という作品だけは知っている人を想像して描いたんですけど、他はみんな友達です。

描写がすごく細かいですが、モデルを写実的に再現することにはあまり意味はなさそうですね

名知:外見をリアルに描くより、その人の中身を出したいんです。写真で出るリアルさではなくて、絵しか出せないその人の中身。モデルの子も強さや自分の信念みたいなものを持っている人を選びます。16、7歳の高校生の頃はすごく「無敵!」って感じじゃないですか。私は27歳だからそれはもう違うし、いまの私と同じ年代の女の人の強さを出したかったんです。友達と普通にお茶しているときに悩みとかを聞いたりして、みんな口では「どうしよう」って悩んだりうねうねしたりしているんだけど、結局自分がしたいことをするという選択をしていて、「ああ、すごいなこの子」と思って描きたくなりますね。

まさに“ガールズトーク”の現場ですね(笑)

名知:そう!(笑)モデルの子と私の関係性ではなくて、その絵を人間よりも人間らしくしたい。その人が世間には普段隠していて出さないけど、秘めていて、絶対持っている顔を描きたいんです。今回の展示ではそれを描いたつもりなんです。真実を告げるとか、愛の告白とか、そういう意味で個展のタイトルを『告白』にしたんです。

展示スペースの小さい方の部屋はすべて知り合いの方を描いた絵ですよね

名知:あそこは三方から鑑賞者の方を見ているようになっていて、懺悔する部屋のイメージなんです。

確かに、若干宗教画に近い印象でした。目線が全部こちら側を向いているから作品に没入できなかったんですよ。でも名知さんの自画像は性格が違いますよね。自分を描くときも、自分が持っている強さを出したいのですか?

名知:強さなのかはわからないけど、そのときの生活の99%を占めてます、みたいな気持ちを発散している感じですね。今回展示している《子守唄》は自分を描いているんですけど、描いているときのネガティブっぷりがすごく壮絶だったんですよ。それで「爆発した!」って感じでデカくなって、あの暗い絵になったんです。「もう、キラキラなんかいらないっ!」って(笑)。

絵の中の女の人、思いっきり落下してますもんね(笑)。でも、落下しているけど静的で悲壮な感じもしないから、どこか自分で自分を埋葬している感じがしたんです

名知:そうかもしれないですね。《子守唄》は、落ちて死んでいくんだけど、安らかに眠るような死。壮絶なネガティブっぷりが、描いているうちにだんだん「ああ、死んでいくな、落ちていくわ……」みたいに安らかになって行ったんですよ。

名知さんの自画像は暗いものが多いのですか?

名知:多いです。個人的なことばかり描いているので(笑)。

でも、知り合いの方を描くときはポジティブ?

名知:そうですね。見た目は深刻だけど、その人の強さを出しているから暗く描いているつもりはないです。

ネガティブかポジティブかで言うと、名知さんの中で二種類のものが同居しているようですけど、自画像の場合も、ある意味で死を通過して再生しようとする強さがある、という意味ではポジティブなのだと解釈しています。写真作品についてはいかがですか?

名知:今回の《bad ending》は私がビルの上に座っているんですけど、ちょうど悲しい出来事があった直後で、「もう死にたい、なにもかもが私を傷つけるっ!」っていう作品なんです。あの家で起こったから余計にそこでと思って(笑)。

名知さんの過去の作品を拝見して、やられていることが写真、特に私写真と言われているものと同じだなと思っていたんです。だから今回の個展に写真作品が展示されると聞いて納得したんですが、展示している写真を見たら想像と違ったんです。写真はコンセプチュアルにつくりこんでいるし演劇的じゃないですか。でもいまのお話だと、やっていることは写真も自画像の絵も変わらないですね

名知:あまり変わらないですね。《bad ending》のときは、うっうっ、って泣いていたけど、作品のアイデアがポンって出たら「よし、やろうっ!」って。絵は構図とかをすごく突き詰める感じだけど、写真の方がドローイング的な感覚が強くて、アイデアが浮かんだらパシャっと撮って出す、みたいにすごく簡単にやっている感じです。

男性の作家さんだと時代に影響されたり対抗意識を持ったりする人も多いと思うんですが、名知さんはすごく個人的なプライベートなところからはじまっていますよね。その辺りが作品の強度を担保しているのかもしれないし、むしろ世の中がどうなっても名知さんはあまり変わらない気がする。ところで男性は描かないんですか?

名知:今年のVOCA展に出展する絵で初めて男の子を描いたんです。

え、初めて?

名知:そう。学生服を着た男の子。私に取り憑いている亡霊を描いたんです(笑)。「すっごい好きになった人がいるのに、またすぐ何年後かに別の人を好きになるのはなんで?」と思って、それを突き詰めたら、「きっと亡霊が自分を忘れさせないように違う男に乗り移って私に恋をさせているんだ」という結論に至ったんですよ。男の子はその亡霊です。この絵がめっちゃいいんですよ。完成してから「いいわー、アンタいい男やわー」ってずっと見てます(笑)。男の人が見てもドキドキすると思いますよ。惚れちゃうかも(笑)。

それは楽しみですね。名知さんは普段は愛知で活動してらっしゃいますが、VOCA展のときはまた東京に来られるのですか?

名知:はい。それ以外にも年に1、2回は友達と展覧会を観に東京の美術館とギャラリーに来ますね。私、森美術館がすごく好きなんですよ。あそこは高いところにあるじゃないですか。いつも遅い時間に行くんですけど、東京タワーの夜景を見て、「がんばるぞっ!」って思って帰るんです(笑)。

東京の空に誓うと(笑)。では最後に、次はなにを描きたいですか?

名知:もっと友達を描きたいですね。いっぱい女の人の持っている強さを描いて、それを30枚くらいバーっと並べて、世の中の男をゾっとさせたい(笑)。

名知聡子プロフィール
1982年東京生まれ。2005年に名古屋芸術大学美術学部を卒業し、現在も愛知県にて制作、活動中。2008年の東京オペラシティアートギャラリーでのproject N 32や、2009年の熊本市現代美術館での展覧会「花・風景 モネと現代日本のアーティストたち」が注目を集め、2010年には、VOCA展への出品が予定されている。

名知聡子個展『告白』
会場:小山登美夫ギャラリー
住所:東京都江東区清澄1-3-2 丸八倉庫ビル7階
電話:03-3642-4090
期間:2010年1月16日(土)から2月13日(土)まで
時間:午後12時00分から午後7時00分
休廊日:日曜、月曜、祝日
ウェブ:www.tomiokoyamagallery.com/

テキスト 岡澤浩太郎
※掲載されている情報は公開当時のものです。

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