『束芋:断面の世代』とは何か

横浜美術館学芸員に聞く、開館20周年展示

『束芋:断面の世代』とは何か

WANDERING PARTY「total eclipse-トータル・エクリプス-」2008年公演より

2010年1月16日、17日に、横浜美術館レクチャーホールで、劇団WANDERING PARTYによる『total eclipse トータル・エクリプス』の公演が行われた。戦後最大の詐欺商法の首謀者とされている豊田商事会長が、1985年に刺殺された事件を題材にした公演だ。実はこの作品、昨年12月から、横浜美術館の開館20周年記念展として開催されている『束芋:断面の世代』のテーマ展開のきっかけとなっている。週末の公演は、束芋が手がけた最新映像とのコラボレーションとなった。

横浜美術館のコレクションは、19世紀の後半から現代まで、およそ150年ほどの歴史を持った美術品を見せている。2009年は、横浜開港150年の記念の年ということで、大きなイベントも開催された。その横浜の歴史とリンクするように、横浜と関わりのある美術の歴史を見せていくというのが、横浜美術館設立の趣旨でもある。2009年前半には、まさに開港された当時の日本の美術を紹介する、『大・開港展』という歴史を振り返る展示が開催された。

今回の展示『束芋:断面の世代』では、未来に焦点を合わせ、横浜のこれから、美術のこれからを見せるという。横浜美術館の木村絵里子学芸員に詳しい話を聞いた。

京都を拠点に活動している劇団、WANDERING PARTYの公演が、『束芋:断面の世代』のきっかけになったとは、どのようなことなのでしょうか?

木村:「total eclipse トータル・エクリプス」の初演は、2007年なんですが、当時、束芋さんは32歳で、この公演のモチーフとなった豊田商事会長も、刺殺されたときは32歳だったんです。
もともとこの展覧会を企画したのは3年くらい前だったんですが、ちょうど私自身も、束芋さんと同世代だということもあり、私たちの世代の感覚は、他の世代の感覚とは違う、共通点があるんじゃないか、という話をさせていただいていた。そういう共通点を、展覧会として見せられるんじゃないか、という提案が束芋さんからあって、『束芋:断面の世代』という展示になりました。

では、『断面の世代』というのは、30代を指しているのですね?30代のどのようなところに共通項を見いだされたのでしょうか?

木村:おおよそ1970年代に生まれた、30代の人たちが、束芋さんの想定している断面の世代です。別の見方をすれば、昭和の時代をある程度記憶として覚えている世代ですね。
束芋さんは、特に団塊の世代と対比してみるんですが、団塊の世代の人たちが世の中を見る見方というのが、私たちとちょっと違うんじゃないか、とおっしゃるんです。世の中を見る時に、大きな視点で世界をとらえようとするような傾向がある。逆に私たちの世代は、自分の身近なところから世界を見ようとしていると思う。特に顕著に現れているのが、現代美術の世界で、30代くらいの若いアーティストたちの作品の中には、ものすごく緻密に描き込んでいくような人がたくさんいる。緻密に緻密に描き込んでいく、というのは、ひとつの大きな画面の構図はどうかというのとは真逆の感覚で、とにかく緻密に微細なものに焦点をあててそれを描き込んでいくという手法で、自分の身近な範囲、手の届く範囲の人たちとの交流、コミュニケーションを通じて、そこから今の世界というものをとらえようとしている。それが、私たちの世代の共通点だと思います。それを、束芋さんは、断面、という言葉で言い表している。世の中を相対としてとらえるよりも、目の前にある世界の断面、小さな違いの中からリアリティを求めていくようなところがあるように思います。

今回の作品そのものについてもお聞かせください。

木村:束芋さんの断面のイメージには、落下する、というイメージがあったそうです。あるいは、全てがひっくり返され、無に帰してしまうようなイメージですね。実際、価値観というものが、ドラスティックに変わるという経験も、私たちの世代はしている。この20年はやはり冷戦が終わったり、金融危機がおきて絶対だと思っていた銀行がつぶれたり、世の中の絶対だと思っていたものが崩壊し、足下が揺らいでいくような感覚っていうのも、ひとつ時代の空気としてあったと思います。そういうものを、世界の断面としてとらえた時に、自分の生活レベルでとらえ、団地のような身近な社会の断面を見せていくところから、どんどん内の方へ入っていって、身体の断面から、また内へ入って、さらに脳の断面まで見せるような形に展開している。そこがまた、この時代らしさでもあると思うのは、普通自分の世界観を示す時に、一昔前だったら、おそらくテーマは外の方へ広がっていくと思うんですね。例えば、身近なところから社会へ、そして世界へ、そして宇宙へ、というような。大きなベクトルに向かう傾向がひょっとしたら今までのパターンだったかもしれませんが、それを自分の体の内側の方へ切り込んでいって、最後は自分の頭の中を作品として見せていく、というのは、束芋さんの特徴でもあり、同時に、今という時代を特徴的に見せているのかな、と思います。個に執着する傾向、っていうのを、自分自身を表す言葉として束芋さんは使っていますが、それは私たちにもあてはまる言葉だと思う。自分を一生懸命考え、自分は何なんだろうと考えるベクトルが、今の時代の空気としてあるように感じます。

今回の展示では新作が5点ありますが、最初にご覧になった時の感想を覚えていらっしゃいますか?

木村:普通、展覧会は、先に作品があって、それを空間の中にどう配置していくのかを考えるんですが、束芋さんの場合はまったく違っていて、まずはこの場所で個展をすることが決まった時に、この場所をどう使うかを気にされた。この場所を使うには、どういう方法が可能か、という議論を重ねていったんです。例えば、エントランスの部分で、巨大なスクリーンを作って映像を投影するようなこと。実際、ブラインドをおろして、明かりを日中から消すというのは、20年やってきて始めてで、最後まで不安がありました。

木村さんは、束芋さんの発想、感覚を間近で感じられたわけですが、束芋さんはどのような方ですか?

木村:ひとりで作れる作品ではない、というのが束芋さんの作品の特徴でもあると思います。もちろん、アイディアとか、原画を描いているのは束芋さんですけれども、実際展示するにあたっては、映像の技術者の人だったり、大工さんの手も必要だし、それを正しく形にするための説明能力、コミュニケーション能力はとても高いと思います。決して独りよがりなアーティストではないですね。描かれているイメージはグロテスクだったりしますが、すごく緻密だし、とても頭の良い女性です。

テキスト 東谷彰子
※掲載されている情報は公開当時のものです。

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