Ryoichi Yamazaki ‘haven’t eaten anything yet’ 2010
2010年06月02日 (水) 掲載
アーティスト、山崎龍一の個展が、新宿区にある中落合ギャラリーで開かれている。テーマは、現代社会を象徴する現象と言える“ひきこもり”だ。
山崎はこれまで、『Culture-Bound Syndrome』というシリーズで、比較的サイズが小さい彫刻作品、ドローイングなどを発表している。今回は、シリーズ5回目。作品に登場するのは、白い衣装に身を包んだ子どもだ。男の子なのか、女の子なのかはよくわからない彼らは、お化けのような白い顔で、しょげているようにも、身構えているようにも、何かを望んでいるようにも思える表情をしている。
山崎にとっては、中落合ギャラリーでの個展はこれが初めてとなる。古い商店街の店舗を再利用したギャラリーの、普段はプライベートとしているエリアもあえて開放し、建物全体を使った展示構成になっている。畳と障子がある純和風の部屋に作品が展示されることで、作品と空間との良好なシナジーが生まれているのだ。これが、白い壁に囲まれた普通のギャラリーのような空間だったとしたら、作品の面白みを抑えてしまって、味気無いものになっただろう。
『まだ何も食べていません(うそ)』という作品は、お腹を空かしたような子どもの表情をした人形のような彫刻作品だ。部屋の中にお皿が配されたちゃぶ台があって、その上に顎を置いた格好で作品が展示されている。その部屋に作品が住んでいるような状況を作り出し、われわれ人間が異質なものになったかのような違和感さえする。
「普通のギャラリーで展示をするよりは、むしろこういう(古き良き時代の家のような)雰囲気の場所で展示するほうが自然でした」と、山崎はいう。中落合ギャラリーの全体を展示場所にしなければならないというタスクは、面白みと同時に、不安でもあったようだが、大きな成果になった。「実際、またホワイトスペースで何かをやらなければならないとしたら、どうしようかなと思います(笑)」
中落合ギャラリーの中でも、普段ギャラリースペースとして機能している空間の中に、もうひとつの空間が作られた。モチーフは駄菓子屋だ。山崎の年代なら誰もが思い出のある真っ赤なすももなどの駄菓子やスーパーボールなどのおもちゃが、実際の店舗のように所狭しと並べられた。その中に混じって、山崎の最初のエディション作品である『どうせ誰も助けてくれない』が掛かっていたり、『ダメ!!万引き』のようなお店の張り紙風のドローイングが貼ってある。アートワークが施された缶バッジが買えるガチャガチャマシーンも置かれ、駄菓子屋のシチュエーションを活かした展示会場になった。お菓子屋、おもちゃ、作品など、もちろんすべてが、購入可能である。
このような子ども時代への回帰を意識した展示方法は、作品が持つ雰囲気にも共通したノスタルジアや無垢さを作り出す。加えて、駄菓子屋に至った経緯としては、別の意味合いもある。中落合ギャラリー自体が、60年ほど前は、和菓子屋だったというこの場所の歴史との対峙だ。「山崎は、かつてこの場所にあったであろう懐かしい雰囲気を呼び戻してくれました」と、ギャラリーディレクターのジュリア・バーンズは語る。
地域に溶け込むというのは、中落合ギャラリーが大事にしている哲学だ。「私達はアーティストに対し、ここが普通のギャラリー環境とは違うというところを活かしてもらうのに加え、地域との関係性を探ってもらうことにも期待しています。このギャラリーで駄菓子屋をモチーフにすることは、近所の子ども達やおばあちゃんなどにとっては、本物の駄菓子屋になるということを意味します。既に、彼らが馴染んでいる状況を作って、その結果として現代アートも楽しんで貰えたら嬉しいです」と、バーンズは説明する。このような考え方は、当然のようにアーティストにも影響をあたえる。山崎は、会期の前に、実際にギャラリーに“住んで”、地域を経験し、展示準備をしたのだ。
山崎がバーンズに出会ったのは、2008年だ。バーンズは山崎の“特徴のあるメッセージ”に感銘を受け、2009年の101アートフェアや、その後の展示機会に作品を扱ってきた。「お客さまからはものすごい反響を頂きました」と、バーンズが語ったように、この展覧会でも、オープニング・レセプション当日に、全作品の三分の二を売り切ってしまった。
山崎が作り出す子どものようなキャラクターをみて、奈良美智の作品が思い浮かぶかもしれない。しかし、山崎の作品には、奈良作品にあるような、反抗的な表情や作家自身を投影したような表現はあまり見られない。その代わり、山崎の作品には、かわいさがある。それは、触れられるもの、モノとして実際に存在する、落としたら壊れてしまうような彫刻作品だから感じるのかもしれない。山崎は、東京造形大学を卒業。4年間の学生時代には、よくあるような裸体の彫刻を作っていたようだが、卒業後の制作環境の変化も手伝って、サイズを縮小し、服をまとった作品を作るようになった。その頃の作品には、今より実際の人間に近い表現もあり、髪の毛や手まだ表現されていたが、しだいに、今のようなキャラが立った表現に落ち着いた。
山崎自身も作品を表現するときに「かわいい」という言葉を使う。そのことについて山崎は「(ひきこもりという)重たいテーマおもったいテーマだから軽くなればいいと思い。また、入りやすくするためにかわいく見せているのもあります」と説明した。入りやすくするという考えは、駄菓子屋を作ったということにも繋がるだろう。作品のテーマになっているひきこもりに、詳細な説明を求めると、照れたように、小難しい話は避けて語る。「そんなに強い願望はないですけど、基本的に家の中にずっといたいです」山崎は、社会問題云々より、ある種の共感からひきこもりというテーマに取り組んでいるようだ。
展覧会のタイトル『Do you remember me?』について、山崎はこのように説明してくれた。「ここが和菓子店だったこと、“そういう昔の記憶を覚えている?”ってのもあるけど、まあ最初に思ったのは、ぼくの顔ってすごい覚えられないか、若しくは、間違われることから思い立ちました。よく、中学生に同級生でいたタイプだって、言われるんですよ(笑)」
Ryoichi Yamazaki ‘Untitled’ 2010
山崎龍一展 『Do you remember me?』
日程:2010年6月5日(土)まで
場所: 中落合ギャラリー (地図などの詳細はこちら)
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