インタビュー:ILL-BOSSTINO

THA BLUE HERBのMC、ILL-BOSSTINOが語る3年間の集大成

インタビュー:ILL-BOSSTINO

90年代末に札幌の地で産声を上げ、その後日本のヒップホップシーンをかき混ぜ続けてきたTHA BLUE HERB(以下TBH)。現在ではジャンルを問わず幅広い層から熱狂的な支持を得ている彼らだが、そうした支持を得る要因となっているのが、その壮絶なライブパフォーマンスだ。この3年半の間全国各地で行われたライブの最後の完成型を収めた2枚組DVD『PHASE 3.9』は、TBHのパフォーマンスの凄みを伝える力作。監督は、ボアダムスのライブドキュメント『77 BOADRUM』も手掛けた川口潤だ。その内容からライブパフォーマンスに対する思いなどを中心に、ILL-BOSSTINO(MC)に話を聞いた。

映像集は今までも定期的にリリースされてきましたが、TBHの活動において、映像メディアのリリースはどういう位置づけにあるんですか。

ILL-BOSSTINO:僕らは基本的に日常的にテレビに出るようなタイプのアーティストじゃないけど、ライブはものすごい数をやってるんですよね。その夜ごとに消えていってしまうライブの一部を、俺らの時代時代の成果をこの世に残しておきたくて。

ライブアルバムではなく映像に残す意味もあると。

ILL-BOSSTINO:間違いなくそうですね。やっぱりお客さんも含めた空気感を残したいし、僕らのライブは残されるべきだとも思ってるんで。

今回は川口潤さんが監督を務めていますが、川口さんとは結構長いおつきあいですよね?

ILL-BOSSTINO:そうですね、長いですね。ごく初期から僕らの映像を撮ってくれてるし、今までの作品に(映像を)提供してくれたこともあるし。前回、森田貴宏監督と作った作品(『STRAIGHT DAYS/AUTUMN BRIGHTNESS TOUR'08』)が彼のカラーも最大限に入った作品だったんで、今回はもう少しフラットに、曲の強さを淡々と見せていく作品にしたかった。それで川口くんと一緒にやろうと。彼は音楽ドキュメンタリー専門の人なんで、そういう意図が伝わりやすいんじゃないかと思ったんですね。今回はベストテイクを2人で探しながら作っていきました。

でも、大変ですよね。膨大な量の素材があるわけで。

ILL-BOSSTINO:いやー、大変でしたね。10月2日に最後のライブがあって、以降の3か月間はこのDVDのためにすべての力を注いできたんで。

07年春のアルバム『LIFE STORY』以降の3年間を、TBHはPHASE3(第3段階)と位置づけて活動してきましたよね。BOSSさんご自身、このPHASE3とはどんな時期だったと思います?

ILL-BOSSTINO:僕自身はこの3年間もいろんな人とコラボレーションさせてもらいましたけど、TBHとして発表したのは1曲だけだったんですよね。とにかく、ライブのレベルを高めようと。そのためにすべての力と精神力を注いで、気づいたら179回もライブをやってたっていう感覚ですね。

それ以前とはライブに対する向き合い方も変わった?

ILL-BOSSTINO:うん、めちゃくちゃ変わった。PAさん、照明さんを含めたチームを作って、同じ方向に突き進もうとしたのもこのタームからですし、練習も比べものにならないぐらいやるようになりました。どう言葉を吐き出すか、考えられることはすべてやろうと。例えば、肺活量が必要ならば走り込むし、言葉を伝えるのに必要な音響面を向上させるためにリハーサルも細かくやるようになったし。1回1回に対する熱量は今までと比べものにならないですね。

何か変化のきっかけがあったんですか。

ILL-BOSSTINO:やっぱりね、PHASE1のときは僕らを知らない人がほとんどだったから、お客がどうこうというよりも、同業者を叩きつぶすことしか考えてなかった。PHASE2になってマーケットが大きくなってもやっぱり自分たちが満足することを重視してたんだけど、PHASE3になるとみんな僕らのことを知ってるし、他のアーティストの方とステージをシェアするよりも、僕らだけのワンマンのほうが圧倒的に多くなってきて。その段階になると、「オレらが楽しければいい」なんて理屈は通用しないね。そもそも、それまでは「客」って言ってたのが「お客」って言うようになったし、「お客」がそのとき使ってくれる時間とお金に対しては誠心誠意向き合って、次もライブに来てもらえるように楽しんでもらわないと、このご時世音楽なんかじゃ食っていけねえから。「仕事としてプライドを持ってちゃんとやろう」っていう風になってきたね。

音楽を取り巻く状況の変化を感じて、そういう風に変わってきた?

ILL-BOSSTINO:いや、そこはね、僕らは「マズイ」って思ったことはなくて。(CDの)数も出てるんで。それでも、駄目になったときに気づいたんじゃ遅いから。今のいい段階のうちから、質を高めていく方向に意識を向けていかないと。

TBHのオフィシャル・ウェブサイト(www.tbhr.co.jp/)で、BOSSさんはこんなことを書いてましたよね。「DVD(『STRAIGHT DAYS/AUTUMN BRIGHTNESS TOUR'08』)で1度手の内のすべてを明かしてしまってるので、 それを観にきてくれるお客をあらためて驚かせ、そして楽しませるにはどうすればいいか、この課題との闘いの2年間でもありました。何度も観られる映像よりも、生身の実物のほうが勝ってる、そんなライブをしなくてはならない」と。

ILL-BOSSTINO:そうですね。でも事実として、あのDVDを2年前に出したときは「これ以上のものはない」って思ってたんですけど、それ以降やり続けていくなかで、やっぱり改良の余地は残されてたんですよ。そこをひとつひとつ修復し、完璧へ向かって再構築する作業を続けてきた。

そこでいう「改良の余地」とは?

ILL-BOSSTINO:DVDに収録されてる曲順やアレンジではやらないし、収録曲も違うバックトラックでやる。曲間のMCも常に変える。その繰り返しですね。ライブが終わった後には(バックDJを務める)DYEとどこが駄目だったか絶対話すし、そうやって続けていくと、10回前のライブより確実によくなってるんですよ。

そうやって常にハードルを上げていると。それってかなりハードな作業ですよね。

ILL-BOSSTINO:でも、それが仕事っすわ。寿司屋にしても、ラーメン屋にしても同じだと思う。他の仕事とまったく同じだし、みんな努力してる。自分たちが特別な仕事をしてるとは思わないですね。

体調はどうですか。ライブを続けていくなかで身体が鍛え上げられていく、みたいな感覚がある?

ILL-BOSSTINO:基礎体力はライブ以外のところで鍛えていかないと駄目ですね。むしろツアーを続けていれば消耗していく一方なので。だから、この3年半はライブに向けた体調管理ばかりやってた。食生活に気をつけたり、ジム通いを始めたり、ノドのケアだったり……そのことばかりに費やした3年半でしたね。

そういった体調管理も含めてキチンとやるのがプロの仕事だと。

ILL-BOSSTINO:そういう意識になってきましたね。オレたちよりデカイ規模でそういうことをやり続けてるバンドの人たちと出会ったことも大きいと思う。自分らも意識していかないと、そういうヤツらとは渡り合えない。

そのバンドっていうのはどういう人たちですか。

ILL-BOSSTINO:BRAHMANだったりEGO-WRAPPIN'だったり10-FEETだったり。彼らがツアーで回ってる数だとか、1回のライブに注ぐ熱量を考えると、僕らもちゃんとやんなきゃと思うようになりましたね。彼らは結果も出してるのがすごい。単にライブの数だけならば結構細かくやってるインディーバンドもいると思うんだけど、来てくれたお客さんを楽しませ、さらにその先に繋げてるっていう意味では彼らみたいなクラスになってくるね。そういう人たちがいてくれてありがたいと思うよ。

ヒップホップではそういう刺激を受けるアーティストはいない?

ILL-BOSSTINO:ヒップホップにはいないからね、オレたちより(ライブを)やってるヤツらは。だから、ライブに関しては影響はまったく受けない。作品制作という面では、この3年間、僕らよりも数多くの作品を発表したラッパーはたくさんいるけど、ライブに関してはひとりもいない。僕らよりも密度が濃く、長く、言葉を伝えてきたラッパーは。だから、作品は別として、ライブに影響を受けるという意味では全然視線は向かない。

なるほど。で、今回のDVD『PHASE3.9』についてなんですが、札幌のライブシーンがおもしろかったんですよ。曲間のMCが東京とは全然違いますよね。

ILL-BOSSTINO:そうだよねえ。札幌のライブでは後ろのほうにウジャッといるからね、昔からのツレというか、顔役たちが。彼らがいるか・いないかはすごく大きいね。緊張感があるし、僕らが今やってることを観てもらいたいという思いも強いし。

沖縄の辺野古で行われたPEACE MUSIC FESTA !の映像も入ってますね。

ILL-BOSSTINO:そうですね、あのイベントは本当に素晴らしかった。あれは全然違う、他のイベントとは。やっぱりノーギャラっていうのが気持ちが問われるところだよね。さらに、交通費も出ないからね。僕ら北海道の人間にとって辺野古はとてつもなく遠い場所なんですよ。でも、去年、沖縄の基地に関する曲を出してたんで(B.I.G. JOE、OLIVE OILとの“MISSION POSSIBLE”)、僕としては「行かないわけにはいかない」という意識もあって。

東京でのライブシーンも数多く収められていますが、BOSSさん自身、東京という町にはどんな思いを持ってるんですか。

ILL-BOSSTINO:今やね、札幌よりも東京や大阪でライブをやることのほうが多いわけですよね。東京の方々がTBHを一番観てるオーディエンスになってる。みんな本当にね、札幌からやってきた僕らを温かく迎えてくれて、本当にありがたいですよ。去年、リキッドルームで東京のラッパーたちと一緒に出るイベントがあったんだけど、そのうちのひとりが「ここはBOSSくんのホームだね」って言うんですよ。それを聞いて不思議に思ったね。僕らは明日になったら札幌に帰る人間なのに、東京のラッパーにそう言わせてしまうお客の熱意といったらね。ありがたいわ、本当に。

10年前とは東京に対する思いもだいぶ変わった?

ILL-BOSSTINO:だいぶどころじゃないと思う。最初のころは東京の同業者に対するフラストレーションだけで生きてたところもあったし、その後に東京のオーディエンスたちが僕らを迎えてくれて(意識が)変わった感じですね。オーディエンスが変えたよ、僕らを。

あと、3月にはBOSSさんが選曲したコンピ『Inspirations - Compiled by ILL-BOSSTINO from THA BLUE HERB』がリリースされますね。

ILL-BOSSTINO:これはヒップホップ以外のものが中心で、僕が札幌のダンスフロアで聴いてきたものや、DJでかけてきたもの、それと中学生のころから聴いてきたものとかが入ってます。僕にとってヒップホップはアウトプットするものなので、それ以外のもので何を聴いてきたか、そこをちょっとだけ露わにした感じですね。こういうものを作らないかって話は前からちょこちょこ出てたんですけど、今回いいタイミングじゃないかと思って。SIONさんとかティナ・ターナーも入ってますし、いい曲たくさん入ってますよ。SIONさんは中学のときから大好きなんですよ。

しかも初回限定でミックスCDが付いてるんですね。

ILL-BOSSTINO:そう、そっちにはコンピに入ってないもので作りました。中身は聴いてもらってからのお楽しみということで。


『PHASE 3.9』
2011年2月16日発売
4500円(税込み)

テキスト 大石始
※掲載されている情報は公開当時のものです。

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