鹿乃子『栗しるこ』
2012年12月28日 (金) 掲載
寒い冬に恋しくなる定番の甘味、おしるこ。地方によって定義は多少異なるが、東京ではぜんざいに比べて水分量の多いものを指し、こし餡を使用したものを御膳しるこ、つぶ餡あるいはつぶし餡のものを田舎しること呼ぶのが一般的である。とはいえ、トッピングや塩分と糖分のバランス、餡の濾し方など、味はその店によって千差万別。ここでは、名店と呼ばれる店の中から、王道の御膳と田舎に加え、黒蜜や胡桃などを使った個性派しるこを紹介する。細部に各店のこだわりが表現されており、単純なようでいて奥深いおしるこの世界を堪能してほしい。
創業約480年を誇る和菓子の老舗『とらや』に併設する喫茶では、御膳、小倉、白小倉の三種類のしるこが楽しめる。厳選された白小豆をベースに、和三盆糖で仕上げた『お汁粉・白小倉』は、東京では珍しい白いおしるこ。ほどよい柔らかさの香ばしい焼き餅が浮かぶクリームがかった白濁の汁の中には、ほっくりと茹で上がった白小豆がたっぷり。食べ進めるごとに、和三盆糖ならではの上品な甘さと、白小豆の自然な風味が口の中に広がってくる。緑茶も合うが、水の代わりに出される冷たい焙じ茶とも相性抜群だ。
小豆やうぐいす豆で餡玉を包んだ和菓子「かのこ」の専門店。銀座のシンボル、三越の時計台を臨む2階の喫茶では、名物の『鹿乃子あんみつ』をはじめとする甘味や食事を提供している。ここで味わえる『栗しるこ』は、北海道産小豆を使ったつぶし餡の汁に、焼き餅と焼き栗をふたつずつトッピング。椀の蓋を開けると同時に漂う、外はカリッと、中は柔らかく焼きあげた餅と和栗の香ばしい匂いがたまらない。汁は小豆本来の風味をいかした味付けで、小腹を満たすのに最適なほどよい甘さだ。特筆すべきは、『かのこ』にも使われる和栗。天然の風味と濃密な甘みがあり、スイートポテトのような味わいが楽しめる。
浅草で甘味といえば、仲道通りの裏手に構える1854年(安政元年)創業の同店を挙げる人は多い。看板メニューの『あわぜんざい』にも使用されるこし餡に、もっちりとした弾力のある焼き餅がのった『御膳しるこ』は、甘みと塩気のバランスが程よく、小豆本来の風味が楽しめる。なめらかだが箸を抜けば角が立つほどコシのある餡は、食べ応え充分。浅草散策の〆に味わうのもいいだろう。
浅草寺の北側にある甘味処の梅むらは、言問通り裏の路地という人通りの少ない場所にありながら、開店と同時に行列ができる。『豆かん』が有名だが、訪れたことのある人ならば、看板の屋号の隣に“御膳しるこ”の文字があることを御存知だろう。そんな同店の影の主役『御前しるこ』は、塩味のきいたこし餡に、柔らかくよく伸びる焼き餅をふたつ載せたシンプルな一品。シルクタッチとでも表現したくなるこし餡のなめらかな口当りは、梅園と双璧をなす浅草の名店という賛辞に恥じない、極上の喉越しだ。
神田須田町、靖国通り裏手の通りにある1930年(昭和5年)創業の甘味処。常連であった作家、池波正太郎が「昔ながらの汁粉屋の風情」と評した店内の様子は、ほぼ当時のままだ。席につくとまず供されるのは、淡い芳香を漂わせる桜の花を浮かべた桜湯。少し塩気があり、甘い汁粉を楽しむ舌構えをさせてくれる。同店の名物といえば『粟ぜんざい』と『揚げまんじゅう』だが、おしることいえば『黒みつしるこ』。その名の通り、黒蜜仕立ての黒々とした汁にこんがりと焼けた餅をのせたもので、濃厚というより重厚と表現したくなるどっしりとした甘さと、上品で奥深い黒蜜の風味が存分に楽しめる。
亀戸天神ほど近く、葛餅で有名な1805年(文化2年)創業の甘味の老舗。古いしつらえを残した喫茶スペースには、同店の黒蜜をこよなく愛したという作家、吉川英治の筆による大看板が掲げられている。この趣ある店で味わえるおしるこは、御膳でも田舎でもなく『白玉しるこ』のみ。上質な小豆の風味が広がる口当りのよいつぶ餡の汁に、もっちりとした弾力のある白玉が5つ、亀戸天神の紋である梅の形に並んでいる様が愛らしい。洒落っ気のあるルックスも良いが、柔らかいがコシのある白玉のマシュマロのような食感は、一度食べればやみつきになるだろう。
外苑前駅3番出口のほど近く、「珈琲とおしるこ」と書かれた看板を掲げる昭和テイストの喫茶店『川志満』。コーヒーやトーストのメニューが充実しており、実際におしるこを注文するのは少数派だが、『あんトースト』、『小倉トースト』といったトースト系あんこメニューをも揃えた、あんこ好きには夢のごときラインナップを誇る。名物と謳うおしるこは、こし餡の『ごぜん』と、つぶし餡の『田舎』という王道の2種。しっかり甘いがしつこさはなく、一口食べれば「ほっ」と溜息がでるような、素朴で家庭的な味わいが楽しめる。
神楽坂下にある有名甘味処には、おしるこのラインナップが充実しており、御膳、田舎、くり、くるみの4種類を楽しむことができる。すったくるみと白小豆餡で仕上げた『胡桃しるこ』は、ナッツの豊かな風味と甘酒を思わせるクセのある味が特徴。抹茶ババロア発祥の店として知られる同店ならではの、和洋折衷の不思議な味わいが楽しめるユニークな和スイーツだ。
春日通り沿いにある、『小倉アイス』を日本で初めて売りだした甘味処。アイスにも使われる自慢の大納言小豆で仕上げたおしるこは、御膳、田舎、栗の3品が基本だが、春季限定で『桜しるこ』もラインナップに加わる。とろりとしたこし餡ベースの『栗志るこ』は、柔らかい焼き餅ひとつに、素朴な味わいのゆで栗、口の中でとろける白玉がそれぞれ2つずつ入った盛り沢山な一品。味付けは濃いめだが、もっと甘さを求めるなら、卓上のポットに入った沖縄産黒糖の黒蜜を足してみるといいだろう。
「あんみつはみはし」のフレーズで知られる上野広小路にある同店は、日を問わず客足が絶えることなく、いつも賑わいを見せている。おしるこメニューは御膳と田舎というスタンダードな2種を提供しているが、選りすぐりの十勝小豆の風味を楽しむなら、つぶ餡の『田舎しるこ』を選ぶといい。小豆本来の豊かな香りとほっくりした食感を、存分に味わうことができる。
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