等身大の人物彫刻が醸し出す静けさ

ブックギャラリーWALLにて彫刻家・保井智貴の新作展覧会

等身大の人物彫刻が醸し出す静けさ

写真家の泊昭雄がアートディレクターをつとめる『ブックギャラリーWALL』で、保井智貴の新作展覧会『calm』が開催されている。保井は、東京藝術大学で彫刻を学び、2001年に修士課程美術研究科彫刻専攻を修了した彫刻家。人物や動物などをモチーフにした等身大の作品が注目を集めているが、今回、書籍の並ぶ空間にたたずむ女性のオブジェは、今にも語りかけてきそうなリアルさがありながらも無機質で、親しみやすさと不気味さが混在している。保井が表現したかったものは何か、話を聞いた。

どうしてブックギャラリーWALLで展覧会を開催しようと思ったんですか?

保井:アートディレクターで写真家の泊昭雄さんという、広告業界でも有名な人が僕の作品を気に入ってくれて、「展示をやらないか」ということになりました。前々から取り組んでいるテーマがあって、“calm”という静謐や静けさみたいなものに興味があるんです。人が立っているだけで、人はオーラを醸し出していて、その雰囲気や空気感を出したいと思っています。ブックギャラリーWALLは、最近移転したんですが、前はこんなブックショップのような場所ではなく、もっと普通のギャラリーだったんです。僕は、この本が密集している感じが好きなんですが、本と彫刻以外でも、もっといろんな手段で静謐さを感じて欲しいと思い、旅情ファッションブランドのSTOREに洋服のデザインをお願いし、サウンドデザイナーの小野雄紀さんに音楽をお願いしました。ミーティングらしいミーティングはほとんどしませんでしたが、お互いが“静謐”という雰囲気を感じとって、すんなりできた気がします。

この彫刻作品は、何でできているんですか?

保井:乾漆、という技法を使っています。奈良県にある興福寺の阿修羅像と同じ技法なんです。材料は基本的に漆と、補強材として麻布を使いますが、最初はねんどで原型を作って、それを石工で型をとり、そこに漆と麻布をはって元の人形を作ります。僕の場合は、ここからまた漆のパテを使って整形して、色を塗ります。一般的に漆塗りは黒とか朱色なんですが、顔料を混ぜると色が出るので、色漆というのを塗ったり、螺鈿という技法なんですが貝をはっていったりします。目は白目が大理石で、黒いところが黒曜石で、そのまわりは琥珀という石を3つ重ねて作りました。

古くからある技法を使っているんですね。

保井:今は、FRPといって、ファイバーグラスというガラス繊維を化学樹脂で固めて形にする、強いプラスチックのような素材がよく使われます。僕も最初はそういうのを使っていたんですが、出来上がりがわりとカチっとし過ぎてしまって、ケミカル感みたいなものが出る。そのカチっとした感じにもともと興味があったんですが、12年前くらいから、つまらなくなってきてしまって、もうちょっと有機的な自然ぽい雰囲気を自分なりに出せないかな、と思ったときに、漆があるな、と思って使い始めました。

漆はかぶれてしまったり、取り扱いが難しいイメージがあるんですが、実際どうなんですか?

保井:最初はかぶれたりしましたが、僕の場合は意外と早く慣れました。でも漆って、色がどう出るかわからないんですよね。空気中の水分と酸素と反応して固まる性質がありますが、空気に触れると、どんどん黒くなるんです。黒くなって1回固まり始めると、漆分がぬけてきて、顔料の方が強くなってくる。有機的な動きというか、1年2年経つと、色が変わって、最初に作っていたものとはだいぶ違ってくる。そういう時間の流れとか、性質感みたいなものが良かったんですよね。思った色が出るかどうかの不安はあるけど、どうなるかわからないところに魅力があって、人や動物などモチーフが生きているものがほとんどなので、カチっとさせるより、時間の流れを感じられる素材の方が、自分には合っているかな、と思います。それから、漆のせいかどうかはわからないけど、置く場所や時間帯によって、雰囲気が変わるんです。例えば、昼みた状態と、夜見た状態は違う。それが、人らしいというか、生き物らしいな、と思う。

東京という街ではすぐに結果が求められるし、「1、2年経ってからの変化を楽しむ」ということを難しく感じることはありませんか?

保井:自分がやりたいものがすぐできないのは、しょうがないことだと受け止めています。作品をひとつ作るのに3、4ヶ月はかかるし、もっと時間をかけたいけど、そうするときりがないですし。いろいろ試しながらやっていきたいと思っていますが、でも、僕がなんで東京にいるかって言ったら、スピードがある中でこういうことをやる面白さを感じているからです。ゆっくりしたいんだったら、田舎に行けば良いことだし、やっぱり自分でもなんでそうしないんだろう?って思うと、東京のおもしろさ、大都市のおもしろさを感じているんだと思います。街と暮らしと人と、そういう中での人物像を作りたいんですよね。

人物像を作る時に、ここは力を注いでいる、というパーツはありますか?

保井:足と顔です。体は絵っぽく終わらせて、手もいつも作らない。手は主張が激しいし、だからあえて主張する部分をひとつとってしまい、真ん中はすっきりさせ、顔と足の先端を人らしくすることで、しめる。全部リアルっぽいとあんまりおもしろくないかな、と思い、だからお尻もぺたん、としています。体は抽象的にして、膝、足首は地面にしっかり立つというか、人や動物は重力を受け止めないといけないから、足はいつもちゃんと作りたいな、と思っています。

保井智貴 新作展『calm』
日時:2010年2月20日(土) まで
時間:13時00分から19時00分
場所:ブックギャラリーWALL(ヴェニューはこちら
ウェブ:www.yasuitomotaka.com/

テキスト 東谷彰子
※掲載されている情報は公開当時のものです。

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