八木良太展「事象そのものへ」 2010 / 撮影:宮島径 / courtesy of Mujin-to Production, Tokyo
2010年05月07日 (金) 掲載
暗闇を歩いてきた八木良太は、小さなトランクを開けると、なかからいくつものリモコンを取り出した。家電製品を遠隔操作するアレである。スイッチを押しながらリモコンを持った腕を動かすと、前方のスピーカーからブツブツとノイズ音が鳴り出した。どうやらリモコンの電子信号をなんらかの装置で受信し、音声変換して出力しているようだ。そのうちリモコンによってノイズ音が異なることや、リモコンの位置によって音の遠近や左右の出力バランスが変わることがわかる。呼応するように照明が点滅し、カメラのフラッシュが稲妻のように焚かれる。やがてこれは、リモコンから発する信号という目に見えないものを、聴覚によって顕在化させる作品なのだと理解する。
4月18日に清澄白河のSNACで行われた、現代美術作家・八木良太と、WEATHER/HEADZからのリリースもあるミュージシャン・蓮沼執太のライブのひとコマである。八木良太の今回の個展『事象そのものへ』のメインとなる作品『REMOTE CON-TROLL』を“楽器”として用いたパフォーマンスだ。
八木良太は“音の人、というよりは時間の人”という印象があった。それは、『エマージェンシーズ8「回転」』展(NTTインターコミュニケーションセンター 2008年)や『ウィンターガーデン:日本現代美術におけるマイクロポップ的想像力の展開』展(原美術館 2009年)で展示されていた作品『Vinyl』によるところが大きい。氷のアナログ盤をプレイヤーにかけて氷が溶けるとともに音がノイズ化するという『Vinyl』は、音の変化よりも変化していくという時間に焦点が当てられていたように思えたからだ。だがこの認識は改めないといけないだろう。本展において、八木良太はむしろ“意識されないものを認識させる人”である。
例えば冒頭の『REMOTE CON-TROLL』では、リモコンから発する電子信号。腰ほどの高さがあるテーブルの天板を水面に見立て、立った状態で聞こえる波の音が、しゃがむと水中の音に変わるというヘッドフォンの作品『机の下の海』では、かつて誰もが経験した子どもの視点の世界。背中に書かれた文字を当てるゲームのように、耳元のキャンバスで描かれた絵が何であるかを鉛筆がキャンバスを走る音だけで想像し、その絵を隣の人の耳元にあるキャンバスに描いて伝言していくという作品『4つの椅子でできること』では、言語以前のコミュニケーションが持つメッセージへの想像力。
日常生活のツールが持つ機能や意味を別の用途に転用するという八木良太の発想は子どもの手遊びのようでもある。それほどに身近でありながら、普段は気づかず、それゆえ驚きは背後から刺されたかのようで、思わずこちらが反省したくなる。罪のないテロリストか、ただの悪戯っ子か、ともあれその作品は、あったはずのものをなかったことにして気が済んでしまっている、我々の意識の盲点を突いている。
八木良太展『事象そのものへ』
場所:SNAC(詳細はこちら)
会期:2010年4月16日(土)から2010年5月29日(土)
アーティストサイト : www.lyt.jp
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