タイのアーティスト個展開催

アピチャッポン・ウィーラセタクン『NATIVE LAND』

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タイのアーティスト個展開催

『ナブアの亡霊 (Phantoms of Nabua)』2009 ©Apichatpong Weerasethakul courtesy of SCAI THE BATHHOUSE

記憶は目に見えないが映像には映せる。心霊写真の話ではない。タイのインディペンデント映画監督・美術作家、アピチャッポン・ウィーラセタクンのことだ。
一般劇場公開作はないものの、カンヌをはじめとする数々の映画祭での受賞歴と国際評価は華々しく、ここ数年では、無人のベッドルームに無数の羽毛が浮かぶ『エメラルド』(07年、SPACE FOR YOUR FUTURE展、東京都現代美術館)や、宝石や花をモチーフにして肉感的なイメージをあぶりだす『マイ・マザーズ・ガーデン』(09年、横浜国際映像祭2009 CREAM、BankART Studio NYK会場)など、美術展覧会で彼の作品を目にした人もいるはずだ。そんな彼の個展が根津のSCAI THE BATHHOUSEで開催されている。

展示作品は大きく二つからなる。

ひとつは、彼が近年取り組んでいる『プリミティブ』というプロジェクトの一部を成す作品群だ。タイの歴史上で悲しい影を落とすナブアという村を舞台に、そこに住む人々をキャスティングして撮影された作品『ナブアの亡霊』を中心に、写真や本が4点展示されている。いずれも“燃え盛る炎/人工の光”“生身の肉体/闇に浮かぶシルエット”といったダブルイメージによって、“自然と文明”“肉体と霊魂”の狭間にあってそれぞれを架け橋するもの=記憶や伝承による連環を映像で抽出していく。これはあくまで“一部”というから、日本で全貌が公開される機会を楽しみに待ちたい。

もうひとつは、ルイ・ヴィトンのコミッションワークとして制作され、昨年に広島現代美術館に出品・公開された短編映像『ヴァンパイア』。“吸血鳥”と呼ばれる鳥を撮影するため真夜中の森を散策するクルーを描いたドキュメンタリー的な映像だ。台詞はほとんどなく、画面は半分以上が闇で覆われているから、観客の視聴覚は限られた情報の提示に敏感になる。木々のざわめきは鼓膜をそばだて、血を模した赤が闇に鮮烈に浮かび上がり、起こした火や照らされた光に唯一と言っていい安堵を覚える。ここでも“人間と自然”“光と闇”といった対比が用いられるが、両岸を繋ぐのは“吸血鳥”である。それが実在するかどうかは問わない。ただの言い伝えかもしれない。だが、繋がっているという事実こそがアピチャッポンのメッセージではないだろうか。

アピチャッポンの世界はこれだけにとどまらないが、この展示でも彼の表現は十分に楽しめる。光と記憶。その、目には見えないが触感を催す映像を体験して欲しい。

アピチャッポン・ウィーラセタクン『NATIVE LAND』
場所:SCAI THE BATHHOUSE(ヴェニューはこちら
会期:2010年3月12日(金)から2010年4月17日(土)
休廊:日・月・祝日休
時間:12時00分から19時00分

テキスト 岡澤浩太郎
※掲載されている情報は公開当時のものです。

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